断章 ―千の目― Ⅱ

「……助けて」


 視覚が戻ると同時に目の前で震えて泣いている少女に、オヅマは困惑した。


「お願い、助けて」


 少女が呆然とするオヅマに縋って頼んでくる。

 浅黒い肌は、おそらく西方の民族。オヅマの母と同じかもしれない。涙を浮かべた赤茶の瞳が、必死に懇願していた。


「あ……」


 オヅマは後ろによろけかけて、ドンと何かに当たった。

 振り返ると、リヴァ=デルゼが酷薄な笑みを浮かべてオヅマを見下ろしている。


 剣を持ったままだったオヅマの左手を掴むと、グイと前に突き出す。

 鋭い銀色の鋼は、女の子の細い首を正確に刺し貫いた。


 目を見開いたまま、女の子はビクビクと痙攣した後、グッタリと力を失った。


 リヴァ=デルゼはオヅマの手を抛り出した。

 途端に重くなった剣は、オヅマの手から離れる。


 女の子は首を串刺しにされたまま、地面に倒れた。

 ゆっくりと血が広がって、石畳を濡らし、割れ目に染み込んでいく。


「駄目な子だ」


 リヴァ=デルゼはあきれたため息をついた。「こんな簡単なこともできないなんて」


 オヅマは死んだ女の子を凝視しながら尋ねた。


「この子は……なんですか?」

「そうだ。あと四体いるが…あぁ、一体はこっちを見てるな。奴を片付けてこい」


 オヅマは視線を感じる方向へと目を向けると、巨木の大きな葉が落ちた灌木のところにチラチラとこちらを窺う少年の姿があった。オヅマと目が合うなり、あわてて逃げ出す。


「ふん…逃げたか。早く行って片付けてこい」


 オヅマはそこでようやくリヴァ=デルゼを見上げた。その目には困惑と嫌悪と反抗が浮かんでいる。握りしめた手は震えていた。


 リヴァ=デルゼはクスリと嗤うと同時に、容赦なくオヅマの頬をなぐった。オヅマがよろけると、その足を払い、地面に倒れ伏したオヅマの頭を踏みつける。石畳にめり込みそうなほど力をこめて、後頭部をグリグリと圧迫しながら言った。


「いい気になるな、小僧。閣下の命令だから、仕方なく面倒みてやっているというのに…」

「嫌だ…子供を……人を殺すなんて…嫌だ!」


 オヅマが叫ぶと、リヴァ=デルゼはドスリと腹を蹴る。

 ゴロゴロと転がって、オヅマは女の子の死体の横で止まった。

 見開いたままの目がオヅマを見ていた。赤茶の瞳からこぼれた涙の跡。口から垂れた血。


「………ごめん」


 小さくつぶやいたオヅマの目からも涙がこぼれる。上からリヴァ=デルゼのあきれた溜息が聞こえた。


「これは報告せねばならないな」


 吐き捨てるように言って、リヴァ=デルゼはつかつかと歩き出す。

 足音が遠ざかってから、子供の悲鳴が何度か聞こえた。


 オヅマはむくりと起き上がり、すぐさま走り出す。悲鳴の上がった方をあちこち走り回ったあと、入り口近くに捨てられた四人の子供達の死体を見つけた。

 リヴァ=デルゼの姿はなく、入ってきた扉は閉じられて外から鍵がかけられていた。

 温室の硝子を破って出ることはできた。だが、オヅマはそのままそこに留まっていた。


 自分の訓練の為に集められ、殺される予定だった子供達。

 オヅマが拒否しても、結局彼らは死ぬしかない運命だった。


 いや、オヅマが先生リヴァ=デルゼを怒らせなければ死なずに済んだのだろうか。だが、リヴァ=デルゼを怒らせないためには、自分がこの子達を殺すしかないのだ……。


 延々とループする思考にオヅマは疲弊した。

 気力が削ぎ落とされて倒れ込む。


 そのまま遠のく意識の中でねがった。

 どうかこのまま目が覚めないことを。……

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