第百二話 聴取(2)
「つまり依頼した人間というのが、あの首の男という訳ですね。何か話しましたか?」
アドリアンはふっと、目線を伏せてから、暗い声で言った。
「僕のことを恨んでいるようだった。おそらく誰かからの指示かと思って訊いたけど、答えずに…自分の意志で僕を殺しに来たのだと言っていた。自分が不幸になったのは、僕のせいだと…」
ヴァルナルはあきれたため息をついた。自分の失言によって公爵の怒りに触れた挙げ句に、このような暴挙に出るとは…つくづく馬鹿としか言いようのない男だ。
だが――――
「口止めされていたのか…? どう考えても奴のような軽輩が、今回のような大胆な行動を起こすとは考えにくい。誰かに焚きつけられでもしない限り」
「でも…嘘を言っているようには見えなかった。僕は彼のことを知らなかったから、どうしてあんなに恨んでいたのかわからない。名前も言われたけど、何度思い返しても覚えがなくて…」
「奴の名前をご存知なのですか?」
尋ねたのは筆記者のマッケネンだった。顔に見覚えのあるヴァルナルは、とうとう男の名前を思い出せなかったのだ。
「ダニエル・プリグルスと名乗っていた」
「あぁ!」
ヴァルナルはパンと手を打った。
「そうだ。ダニエルだ。ダニエル・プリグルス。伯爵だったはずだ」
「彼は一体、何者だ? どうしてあんなに…」
アドリアンはダニエルのことを知っているらしいヴァルナルに反対に尋ねた。
「知る必要もないですよ。ただの逆恨みです。自業自得だというのに、反省できないから、いいように利用されるのです」
ヴァルナルは吐き捨てるように言ってから、釈然としないアドリアンの目に見つめられて、眉間の皺を揉んだ。
「会同で…閣下を怒らせたのです。それで閣下には刃向かうことができぬから、小公爵様に恨みを持ったのでしょう」
「父上を怒らせた? なぜ?」
「………小公爵様の配慮がなければ、シモン公子もまた公爵閣下の逆鱗に触れていた、ということです」
ややあってヴァルナルが答えると、アドリアンはすぐに納得した。
恐れ知らずにも母のことを父の前で誹謗したのだろう…あの愚かな男は。
それまでは自分の預かり知らぬところで傷つけることでもあったのかと、アドリアンはかすかに罪悪感を持っていたのだが、理由を知れば、もはやダニエルに気兼ねする必要もない。ヴァルナルの言う通り、ただの逆恨みに過ぎない。
むしろ、そんな男に振り回されてマリーやオリヴェル、オヅマまでもが、心身に傷を負ったことの方が腹立たしい。
「念のため伺いますが、そのダニエル・プリグルスの首を斬ったのはオヅマですね?」
マッケネンが尋ねてくるのを、アドリアンはキョトンとして見つめる。目の前で一部始終を見ていたアドリアンからすれば当たり前のことなのだが、考えてみれば、あの場で剣を持っていたのはオヅマだけではない。直前までアドリアンがダニエルと対峙していたのだから、アドリアンがダニエルの首を斬ったと考えることもできる。
アドリアンは頷いてから、すぐにハッとなって大声で訴えた。
「でも! あの男は…ダニエルはマリー達を襲おうとしていたんだ! オヅマはマリーを助けるために仕方がなかった。あの時には、選んでいられる余裕なんて…」
まさかオヅマが殺人犯として糾弾されるのかと思って、アドリアンは一気に青ざめた。
慌てるアドリアンをヴァルナルがなだめる。
「落ち着いて下さい。ただの事実確認です。オヅマを責めるつもりはありません」
「ヴァルナル! オヅマは…殺したくなんかなかったはずなんだ。あの男の首を刎ねた後に、ひどく震えて、怯えているみたいだった! だから、今回のことを父上に報告するなら、すべて僕の責任だと言ってくれ!」
アドリアンもまた、あまりに立て続けに起こった非日常の出来事に、神経が昂ぶっていた。自分のせいで、これ以上ヴァルナルやオヅマを振り回したくなかった。
いつもの冷静な小公爵からは考えられぬほど取り乱した様子に、ヴァルナルは立ち上がると、アドリアンの前にしゃがみこんで、両肩に優しく手を置いた。
「大丈夫です、アドリアン様。事実のままに伝えるだけです。それで、公爵閣下は十分に事情を汲まれることでしょう」
「いいや! 必ず父上に言ってくれ。すべての原因は僕にあると。僕を守ろうとしないでくれ、ヴァルナル。父上は、僕に期待なんかしていない。今更、僕の評判が悪くなっても、不出来な息子だってことに変わりないんだ。僕は平気だ。鞭打ちでも、幽閉でも…!」
ヴァルナルは愕然とした。
アドリアンの肩に乗せた手が震える。
どうしてここまで自分を追い込むのだろうか、この若君は。否、彼にこんなことを言わせているのは、大人の側に問題がある。
「……少し、休みなさい。アドル」
ヴァルナルはあえて命令した。
オヅマやマリー、オリヴェルだけでない。
アドリアンもまた、
人殺しを目の当たりにし、初めての友達が瀕死となる姿を見て、普通の子供が落ち着いていられるわけがない。
マッケネンが扉の横で警護にあたっていたアルベルトに声をかけていた。
「アドル、アルベルトが部屋に案内する。聴取はこれで終わりだ」
マッケネンが優しく促すと、アドリアンはまだ何か言いたそうにしていたが、ヴァルナルはあえて背を向けた。
「………失礼します、領主様」
アドリアンは辞儀すると、静かに執務室を出て行った。
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