第百一話 聴取(1)

 ヴァルナルはアドリアンも休ませたほうが良いだろうと思い、質疑は明日に行うつもりだったが、アドリアンの方から執務室に訪ねてきた。


「小公爵様、とりあえず今日のところはお休みになられた方がよろしいのでは?」

「休めるわけがない。今回のことは、全部僕の責任だ」


 眉を寄せて苦しげに言うアドリアンを、ヴァルナルはすぐに否定した。


「そんな訳がありません。今回のことは、すべて私の油断が招いたものです。この平和な田舎町であれば、謀略や悪意からは無縁であろうと…」


 言いながらまた、怒りがこみ上げてくる。

 ヴァルナルは拳を握りしめた。


 アドリアンはヴァルナルの震える拳をじっと見つめた。

 それからゆっくりと首を振る。


「ヴァルナル、今回のことは間違いなく僕のせいだ。僕をおびき寄せた人間がはっきりとそう言ったのだから。マリーもオリヴェルも……僕のせいで攫われて、あんな辛い目に遭わせることになった。………すまない」


 謝ったのは領主であるヴァルナルでなく、オリヴェルの父親であるヴァルナルにである。仄暗い地下の中で倒れていた息子に狼狽して、必死で呼びかけていた姿は父親のものだった。


 ふ…と、アドリアンは自分をオリヴェルに当てはめてみる。だが、より暗い顔になるだけだった。あの父が自分を心配するなんてことは有り得ない。


 ヴァルナルはアドリアンの沈んだ顔を痛ましく見つめた。

 本当はアドリアンに少しの間だけでも公爵家のくびきから自由になって、同じ年頃の子供達と遊び、時にケンカもして、子供らしい生活を満喫してもらいたくて連れてきたのに…。

 結局、グレヴィリウスの後継という現実は、こんな北の辺境までも追いかけてくるのか。


 ヴァルナルは軽くため息をついて、気持ちを切り替えた。


「謝罪は…今ので最後にしてください。いくつか伺いたいことがございます。よろしいですか?」


 アドリアンが頷くと、ヴァルナルはマッケネンに書記を頼んで、事情を尋ねる。


「まず、あの紙は?」

「スリに革袋金入れを取られて、戻ってきたら中に入っていたんだ」

「インクが特殊なものであることも気付いた上で、あえて残されていったのですね」

「ヴァルナルなら気付くだろうと思って。すぐに教えることは出来なかったから…」


 申し訳なさそうに言うアドリアンに、ヴァルナルは頷く。


「わかっております。『誰にも知られてはならない』と書かれていれば、騎士団が動いたと向こうが感知した瞬間に、マリーもオリヴェルも…」


 言いかけてヴァルナルは口を噤んだ。たとえ未遂に終わったとしても、そもそも未遂であったことも含めて、口に出したくもない。


 アドリアンはその危険性を回避しつつ、どうにかして伝えたかったのだろう。だから、ある程度の時間が経過した―――自分が誘拐犯と接触した―――後に、第三者が気付くようにしておいたのだ。


 ヴァルナルは苦い笑みを浮かべた。

 小公爵のなんと冷静で周到なことか。


 確かに火事も含めた一連の出来事が誘拐犯の奸計によるものであるなら、領主館に共犯者がいる可能性は高い。もし、館内で騒ぎたてれば、たちどころに犯人の知るところとなるだろう。

 もっとも、言ってくれればやりようはいくらでもあった。到底、褒める気にはなれない。


「それで指定された場所に行くと、あの男…首を斬られた男が待っていたと?」

「いいや。待っていたのは、別の男だ」

「別の男?」

「スリだ。でも、同一人物かどうかはわからない。雀の面をしていたから」

「雀の面でしたら、倉庫内に真っ二つに割れて落ちていました」


 パシリコが口を挟むと、筆記者のマッケネンも言い足した。


「雀の面と、白い…おそらく頭の巻き布が落ちてました。小公爵様が仰言っていた西方民族衣装ドリュ=アーズを着た男のものと考えられます。鋭利な刃物で切られた形跡がありました」

「それは…」


 ヴァルナルは考え込む。アドリアンに一応尋ねた。


「その男と交戦したのですか?」

「いや。男は依頼を受けて、僕をおびき出したみたいだ。あの首の男から金貨を受け取っていた。それと……僕に剣を残して去って行った」


 ヴァルナルは眉を寄せる。

 マッケネンも書いてから尋ねた。


「剣を小公爵様に渡して…ということですか?」

「正確には、僕の足元に剣を放り投げて出て行ったんだ。お金の支払いのことで、少し不満があったみたいだ。『依頼は完遂した』と言っていたし、おそらく金で雇われたんだと思う」

「闇ギルドの人間か…」


 ヴァルナルは苛立ちを含んだ声でつぶやいた。

 現宰相ダーゼ公爵によって、帝都の闇ギルドはほぼ駆逐されたが、やはり帝国内において、まだその勢力は健在らしい。


「では、雀の面の男と対峙したのは、オヅマでしょうか?」


 パシリコが言うと、ヴァルナルは頷いた。


「おそらくそうだろう。『千の目』を発動したのも、その雀の面の男に対してだったのやもしれぬ。他の死体はなかったのだな?」

「はい。首を斬られた男以外は」

「オヅマの発現がどれほどのものであったかは知らないが、あの倉庫内で『千の目』で捕捉され『まじろぎの爪』で攻撃されているのに、生き残っているのであれば、その男もまた相当の実力者というわけだ…」


 そう語るヴァルナルの脳裏には、冬に神殿でオヅマに木剣を突きつけられた時のことが思い浮かぶ。あの時の、まだまだ不完全な発現であっても、オヅマの鋭い突き攻撃にヴァルナルは目をみはったものだった。

 本気を出していない状態であのはやさであったのだから、今回のように本気で向かったのであれば、そう簡単に切り抜けることはできなかったはずだ。


 もっともその反動として、オヅマの身体的負担は甚大なものになってしまった…。


 ヴァルナルはまた自分への苛立ちが再燃しそうになるのを押し留めて、一度目を閉じてから、質問を再開する。

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