第百話 早すぎる発現の代償
エラルドジェイに教えてもらって地下室の螺旋階段を降りていたオヅマは、剣を振り上げてマリーに襲いかかろうとしていたダニエルを見て、一気に憎悪した。
階段の途中で跳躍する。
ザンッ!
殺すつもりなどなかったのに、気づけば剣が吸い付くようにダニエルの喉元を狙っていた。
オヅマが地面に着地すると同時に、重い音をたててダニエルの首が落ちた。
「キィャヤアアアアアァァ!!!!」
マリーの絶叫が地下に響き渡る。
オヅマはゆるゆると振り返って、アドリアンに抱きかかえられ、白い顔で気を失っているマリーを見つめた。
それからダニエルの首を見て、信じられないように自分の剣をまじまじと眺める。
赤い血がべっとりついた剣。
オヅマは必死で強張った手を開いて、その血のついた剣を抛り出した。それでもはっきりと、首を斬った感触が残っている。
意味がわからないのは、その感覚に憶えがあることだ。
命を奪う。息していたものを殺す。拍動していた心臓を止める。
どうしてその行為に馴染みがあるのか?
ガタガタと震えながら、オヅマは自分を抱きしめる。
自分は誰かを殺したことなんてない。
今初めて、殺した。
仕方がなかった。
マリーが殺されそうだったから、自分は助けた。
それだけだ。
それだけ。
仕方がなかった…。
必死で何度も言い聞かせて、オヅマはガクリと膝をつくと四つん這いになった。
いきなり汗が噴き出してくる。ポタポタと信じられない量の汗が額から落ちてくる。
「あ……あ……」
急に胸が苦しくなった。
ぐるぐると中で何かが渦巻いて、喉をせり上がってくる。
ゴボッ! と吐いたのは大量の血だった。
見る間に地面に広がって、ダニエルの首も血溜まりに浸かっていく。
「オヅマ!」
アドリアンがマリーを抱きかかえたまま叫ぶと同時に、階段の上からヴァルナルの声が響いた。
「そこにいるのかッ!? 誰か、返事しろっ」
アドリアンは必死に叫んだ。
「ここです! 早く来て下さい! オヅマが血を吐いてるんです! 早く!」
ヴァルナルは転びそうな勢いで階段を駆け下りると、そこで倒れていたオリヴェルを見て蒼白になった。すぐに抱き起こして必死に声をかける。
「オリヴェル! オリヴェル!! しっかりしろ! オリヴェル!!」
アドリアンは自分の息子が倒れている姿を見たヴァルナルが動転するのは無理もないことだと思ったが、オヅマの様子が気になった。
マントを脱いで地面に敷き、その上にマリーをそっと寝かせた。
目覚めた時にまたダニエルの首を見ないように、階段の方に頭を向けておく。
それからすぐにオヅマに駆け寄ったが、血溜まりに倒れ込んだオヅマの惨状に、一瞬、声を失った。
「オヅマ、しっかり…」
地面に突っ伏していたオヅマを抱き起こすと、その目はカッと見開かれ、キョロキョロと眼球が動いていた。
「あ……」
自分に声をかけられていることがわかったのか、手を伸ばして声を出そうとするが、同時にゴボゴボっと血が噴き出す。
「オヅマ! オヅマッ!!」
アドリアンは伸ばしてきたオヅマの手を掴んで必死に呼びかける。
オヅマはアドリアンの手を掴むと、かすかに、囁くような小さな声で言った。
「……見え……な…い」
アドリアンは泣きそうになった。
こんな弱々しいオヅマは見たくない。
頼むから誰か助けて――――と、救いを探した時に、ヴァルナルがアドリアンの肩を叩いた。
「お待たせした。……すまない」
「ヴァルナル……」
アドリアンが見上げると、視界の端で、オリヴェルを抱えて階段を上っていくゴアンの姿が見えた。その後を、マリーを抱えたサロモンが続く。
ヴァルナルはアドリアンの腕の中にいるオヅマに声をかけた。
「オヅマ………大丈夫だ」
言いながら、オヅマの目を大きな手でそっと覆う。
「『千の目』を使ったな? お前には、まだ無理だと言ったろうに……」
「………たす…け……たかっ…た……」
かろうじてつぶやいたオヅマを、ヴァルナルは沈痛な面持ちで見つめながら、明るい口調で言った。
「あぁ、助かった。皆、無事だ。マリーもオリヴェルも、アドルも。お前が助けたんだ。安心しなさい。もう、大丈夫だ。少し……寝るといい」
掌でオヅマの瞼が閉じたのを確認して、ヴァルナルはそっと手を離した。
さっきまで見開かれたまま震えていた薄紫の瞳は閉じられ、穏やかな寝息が聞こえてきて、アドリアンはホッとした。
いつの間にか側に来ていたアルベルトが、オヅマを軽々と抱き上げる。
「あ…一緒に行ってもいいですか?」
アドリアンが尋ねると、ヴァルナルが頷いた。
「……私もすぐに向かう」
アドリアンは軽く辞儀して、オヅマを抱えたアルベルトの後に続いた。
「………こいつが首魁でしょうか?」
カールが血溜まりに落ちたダニエルの首をランタンで照らしながら尋ねる。
ヴァルナルもしゃがみ込んでダニエルの首をまじまじと検分した後、首をひねった。
「あれ…この男……どこかで……」
「ご存知なのですか?」
カールが驚いて問うと、ヴァルナルは頷く。
すぐにカールは問い詰めた。
「誰です? 思い出して下さい。重要なことです。どこで会いましたか? 何か言葉を交わした憶えは?」
「そう矢継ぎ早に言ってくるなよ。確か…あの時だ。公爵閣下の逆鱗に触れて追い出された男だ。アルテアン侯のご息女の婚約者か何かで、一門の会同に参席していて……名前は…えー……ダミアン…じゃない。ダ、ダ……ダグラス…だったか……?」
ヴァルナルの脳裏には、情けなく騎士達に連れてゆかれるダニエルの後ろ姿が印象的で、正直、あまり顔も名前も覚えていなかった。
元々、見知った顔でない上に、公爵の怒りを買ったのであれば、今後会うこともないと、記憶からすっかり消し去っていたのだ。
カールは眉を寄せた後、すくっと立ち上がった。
「とりあえず、一度、小公爵様と話す必要があるでしょう。ここは私の方で検分も含めて処理しておきますので、領主様は館にお戻り下さい」
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