第九十九話 アドリアン対ダニエル
アドリアンはエラルドジェイの残していった剣をすぐさま拾うと、ダニエルに向かって構えた。
背後にマリーとオリヴェルを隠す。
「あの野郎…裏切りやがって」
ダニエルはアドリアンに武器を残していったエラルドジェイを恨んだが、おそらく当人がそこにいたら「そもそも仲間でもない」と
「やる気か? えぇ? このクソガキめ…卑しい血を受け継いだくせに、威張りくさって」
ダニエルはフラフラとよろけながら、アドリアンに充血した目を向ける。
腰の剣を抜くと、ブンと振った。
「キャアッ!」
マリーが悲鳴を上げ、アドリアンのマントを掴む。カン、と弾いてアドリアンはオリヴェルに声をかけた。
「相手の目的は僕だ。隙を見て逃げてくれ!」
「アドル!」
オリヴェルが叫んでいる間にも、ダニエルは応戦してくるアドリアンに血が昇って遮二無二、打ちかかってくる。
騎士に比べればまったくなってない戦いぶりだったが、それでも大の大人が渾身の力でしつこく打ち込んでくると、アドリアンも防戦一方になる。
しかも、背後ではマリーとオリヴェルが恐怖で足がすくんでいる。
アドリアンはダニエルの剣を弾かずに受け止めた。ギギギと刃が擦れ合って不快な音をたてる。正直、力勝負となれば子供の腕力でそう持つ訳もない。
だが、今はダニエルを足止めさせなければ、マリー達が動けない。
「行け…っ! 早く!!」
アドリアンが怒鳴りつけると、オリヴェルはゴクリと唾を呑み込んで、マリーの手を引っ張った。
「駄目よ、アドル! 一緒に…」
マリーはどうにかしてアドリアンも一緒に逃げて貰いたくて声をかけたが、オリヴェルが遮った。
「僕らがいたら邪魔だ!」
白い顔で怒鳴って、マリーを引きずるように走り出す。
剣を交わらせたまま膠着している二人のそばをすり抜ける時に、ダニエルが大声で怒鳴った。
「待て! ガキ共ッ」
ダニエルの気が逸れた一瞬の隙を狙って、アドリアンは彼の腹を思い切り蹴った。ダニエルはどぅと倒れ、置かれていた椅子に腰を打ち付けた。
「ぅぐあッ!」
悲鳴と同時に、空きっ腹にさんざ流し込んだワインが逆流して辺りに飛び散る。
地面に無様に転がったダニエルの目の先に、アドリアンは剣の
「誰だ…お前は」
問いかけると、ダニエルは血走った赤い目でアドリアンを睨みつけ、精一杯ふんぞり返って名乗った。
「ダニエル・プリグルスだ!」
「……………誰だ?」
アドリアンは本当にこの男のことを知らなかった。当然のことである。ダニエルがまだプリグルス伯爵であった頃でさえ、二人に面識はない。
しかし、ひたすらアドリアンを殺すことだけを考えて、はるばる帝都からこの北の果てのレーゲンブルトにまでやって来たダニエルは、アドリアンのこの態度に怒り心頭になった。
「おのれ…罪人の血を引く卑しいガキめ!! 貴様などがグレヴィリウスの後継など、許されるものか!」
アドリアンはあからさまな誹謗にも、わずかに眉を顰めただけだった。静かに問いかける。
「僕を殺すように指示したのは誰だ?」
「………」
ダニエルはその問いに一瞬、顔色を変えたが、ヒクヒクと頬が痙攣した後には、口の端を歪めて笑い出した。
「ハハ…ハ………。いいや、俺だ。俺が貴様を殺さねばならぬと思ったのだ。貴様のせいで俺の人生は滅茶苦茶になった。全ては貴様が招いたことだ……」
「何を言って…」
アドリアンは意味がわからず重ねて問おうとしたが、その時、マリーの甲高い声が響いた。
「しっかりして! オリヴェル!!」
アドリアンがハッと扉の向こうを見た途端に、ダニエルは思いもよらぬ素早い動きで走り出した。
「待てッ!」
あわてて追いかけるが、ダニエルは開け放たれた扉から出て、一目散にマリー達のもとへと近づいていく。また人質にとるつもりだ。
壁に灯ったランプの明かりに照らされ、オリヴェルが階段の下で倒れているのが見える。マリーが必死でオリヴェルを抱き起こそうとしていた。
しかし、こちらに剣を振りかざして走ってくるダニエルに気付いて硬直する。
「マリー! 逃げろッ」
アドリアンは叫んだが、マリーは動けない。
恐怖と、自分がここで逃げれば確実にオリヴェルが殺されると思った。
もはや声も出ず、マリーは心の中で叫んだ。
―――――お母さん! お兄ちゃん!
ギュッと目をつむると同時に、頭の上を何かが飛ぶ気配がした。
ビュン! と剣のうなる音。
それから重い……何かが落ちた音。
マリーはそろそろと目を開いた。そこに兄の後ろ姿を見てホッとなったのも束の間、地面に落ちたダニエルの首とまともに目が合って、喉が千切れんばかりに絶叫した。
「マリー!」
アドリアンがあわててマリーを抱きしめて、ダニエルの首を見せないようにしたが、既にマリーは気を失っていた。
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