第六十九話 七色トカゲの子守唄

「今日は、ここで皆で寝るとよい」


 そう言ってヴァルナルに案内された部屋に入った子供達は、中に入るなり、中央にどでーんと置かれた巨大なベッドに目を丸くした。


「うわぁ! すっごいおっきいベッド!」


 マリーが一番に走っていって、ポンポンと羽毛を詰め込んだ白い布団に触れる。


「ふわっふわ!」

「乗ったらいいぞ、マリー」


 ヴァルナルが遠慮している様子のマリーに言うと、マリーはキラキラとした目でヴァルナルを見てから、


「わあぁいっ!」


と、靴を脱ぎ飛ばしてベッドに倒れ込んだ。


「オリヴェルもお兄ちゃんも、アドルも来て! すっごいよ…見てみて、でんぐり返ししても落ちなーいっ!」


 ベッドの上で転げ回るマリーを見て、オリヴェルも思い切って靴を脱ぐと上に乗った。バタリと大の字になって寝転んで、「うわぁ…広いなぁ」とつぶやく。


 前回と同じようにオリヴェルの体調のこともあって、神殿内の宿泊施設に泊まることになったのだが、領主用にと用意された部屋の、自分が五人寝ても余るほどの大きなベッドを見て、ヴァルナルは閃いた。

 これほどまでに大きなベッドで自分一人が寝るより、子供達が一緒になって寝た方が楽しめるのではないか……と。


 思い浮かんだのは自分の小さな頃の思い出だった。

 昔、兄弟たちと一緒のベッドで寝て、いつまでもしゃべっていたこと。おしゃべりが過ぎて夜中まで起きていたら、母親にこっぴどく怒られたこと。

 あの時はこんなに大きなベッドでもなかったが、冬になるとまるで小さな動物が温めあうかのように重なり合って寝たものだ。


「うん。いいかもしれん」


 思いつくと、ヴァルナルはすぐ行動に移した。


 騎士達に用意された宿泊所の一室で寝る準備をしていたオヅマとアドリアンを呼び寄せ、ミーナと一緒に寝ようとしていたマリー、既に寝間着に着替えていたオリヴェルを連れてくる。

 アドリアンは、はしゃぐ年下二人を微笑ましく見ていたが、ふと気になってヴァルナルに尋ねた。


「もしかしてここはご領主様の部屋ではないのですか?」

「あぁ。でも、お前達で一緒に寝るといい」

「それは……」


 アドリアンが戸惑っていると、眉間に皺を寄せたオヅマが尋ねる。


「じゃあ、領主様はどこで寝るんです?」

「私か? 私はお前達の部屋で寝るよ。一人には、やたら大きい部屋だと寒いばっかりだからな」

「そんな……じゃあ、俺はそっちで寝ます。ベッド二つあったし」


 オヅマは遠慮ではなく希望で言ったのだが、アドリアンが余計な気遣いをする。


「いや。君はマリーのお兄さんなんだし、オリヴェルだって喜ぶだろう。僕があっちの宿舎で……」


 言い合う二人に、ヴァルナルはいかにも偉そうに腰に手を当てて命令する。


「駄目だ。お前達はここでマリーとオリヴェルと一緒に寝ること」


 ヴァルナルが言った途端、マリーが歓声を上げる。


「やったー! お兄ちゃんと寝るの久しぶりね。お歌うたって」


「歌?」

「歌?」

「歌?」


 その場にいたオヅマ以外の男全員が聞き返す。

 オヅマは真っ赤になって怒鳴った。


「歌わねぇよ! もうそんな年じゃないだろ!」

「何よぉ。一緒に小屋で寝てた時には歌ってくれたじゃない」

「嫌だ! 歌わない!!」


 言っている間にも、マリー以外の三人の目が興味津々と自分を見てくるので、オヅマは念を押した。


「絶対に歌わないからな!」


 マリーはオヅマの態度があまりに剣呑としているので、メソメソと泣き始めた。ひっくひっくとしゃくりあげる女の子とオヅマを見比べて、男達の非難めいた視線がオヅマに集中する。


「……な…んだよ」

「そんなにムキになって言うことでもないだろう」


 アドリアンが半ばあきれた口調で言うと、オリヴェルも珍しく同調した。


「ちゃんとマリーに謝って!」


 ヴァルナルはさすがに多勢に無勢で責められて困った様子のオヅマを見て、フッと笑った。


「オヅマ。別にお前が歌を歌うことを馬鹿にしたんじゃない。少々、驚いたが……マリーも久しぶりに聴きたかったんだろう。いつも一生懸命頑張っている妹のささやかな願いくらいきいてやれ」


 そう言って軽く肩を叩き、部屋を出て行く。


 残されたオヅマはじろっとアドリアンとオリヴェルを見てから、部屋に灯されたランプの火を消していった。ベッド脇のテーブルに置いてあった一つだけを残して、ゴロリとマリーの横に寝そべる。


「早く寝ろよ、お前ら。明日は朝早いんだからな」


 不機嫌に言って目をつむる。


 アドリアンは嘆息し、オリヴェルは少ししょんぼりして、ベッドに乗ると横になった。すぐさまベッドを覆うくらい大きな羽毛たっぷりの布団が上から掛けられる。怒っていても兄らしい性分が出てしまうオヅマに、マリーはクフフと笑った。


「みんなで寝たら、あったかいね」


 マリーの隣で寝ていたオリヴェルはホッとした笑みを浮かべる。


「そうだね。こんなの初めてだもんね」


 マリーとオリヴェルは二人で笑いあった。初めてのことで興奮して、なかなか眠れそうにない。


「寝ろ」


 ぼんやりとした灯りの中でムッスリしたオヅマの声が響く。


「寝れなーい。やっぱりお兄ちゃん歌って」


 またマリーが甘えた声で言うと、苛立たしげな溜息が聞こえてきた。


「僕はもう寝たら何も聞こえないよ、オヅマ」


 オヅマと一番離れた端から言ったのはアドリアンだった。


「たぶん、もうすぐ寝る……オリヴェルも、そうだろう?」


 いきなり尋ねられ、隣からそっと手の平に合図されたオリヴェルは、どぎまぎしながら頷いた。


「うん。僕も、もう眠たくなってきたから……」


 うすらぼんやりした部屋の中は静かになり、規則正しい寝息が聞こえ始める。


 オヅマはマリーが寝たかとグルリと寝返りをうって見れば、マリーの目は爛々らんらんと開いてオヅマが歌うのを待っていた。

 軽く溜息をついた後に、昔 ―― といっても、まだ一年ほど前だが ―― よく歌っていた、母に教わった西方地域に伝わる子守唄を小さな声で歌う。



 金の砂が動いて

 七色トカゲが顔を出す

 銀の月見て

 真珠の涙ぽろぽろ

 瑠璃るりの涙ぽろぽろ

 

 朱色の風が吹いて

 七色トカゲが歌うたう

 紫の雨に打たれて

 真珠の涙ぽろぽろ

 瑠璃の涙ぽろぽろ


 真珠の涙ぽろぽろ

 瑠璃の涙ぽろぽろ………

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