第五十二話 白蛇と大公
「……グレヴィリウス公はなんと?」
ヴィンツェンツェ老人は、大公の身体に刺した
寝台にうつ伏せになりながら、ランヴァルト大公はグレヴィリウス公爵からの
「他愛も無い。
「………ほぉ?」
「北部の辺境の地で、しばらく騎士としての修行をさせるらしい。念のいったことだが…これは罰なのかな? ピクニックに行くのと変わらぬ気もするが…」
「
ヴィンツェンツェ老は喉奥で笑みながら、慎重に鍼を抜いていく。
「それで、こちらの馬鹿はどうしている?」
大公は枕の上でとぐろを巻いて眠る白蛇をゆっくりと撫でながら、
大公の言う馬鹿というのは、息子であるシモン公子のことだった。
「北の塔に閉じこめましたが、すぐに
大公は長く煙を吐いた。
口元にはあきれた笑みが浮かんでいたが、紫紺の瞳は脳裏に浮かぶ息子と妻の姿を冷たく見ている。
「まったく
「は?」
「
「ホッホホ!」
ヴィンツェンツェ老は声を上げて笑った。ゆっくりと最後の鍼を抜いて、「終了致しましてござります」と静かに告げる。
大公が起き上がり衣服を整えていると、寝ていた白蛇がゆっくりと動いてその背を這っていく。
「シモン公子もあれで、目端のきくところもございます。『割れた皿も使いよう』と、申すではありませぬか」
「フン…いつまでも母離れできぬ
「残念ながら、公子様のご容貌は瞳の色を除けば、若き日の殿下によく似ておられます。
「……男狂いが」
大公は吐き捨てると、ヴィンツェンツェ老に命じる。
「その替え玉の乞食とやら、殺さずにおけ」
「おや? よろしいので?」
「割れた皿より使い道があるやもしれぬ」
「………かしこまりました」
ヴィンツェンツェ老は深く辞儀をして、その場を去った。
大公は煙を吐ききると、窓を開けてバルコニーに出た。
既に夜は深く、ザザザと葉を渡る風の音と共に
「つまらぬな……レーナ」
大公はバルコニーの柵に手をついて、首元に絡まる白蛇に話しかけた。
「最近になって、やたらとお前の妹のことを思い出す。お前が夢でも見せているのか?」
チロチロと白蛇は赤い割れた舌を動かした。
首から腕を伝って下りていくと、バルコニーの柵を這っていく。
音もなくスルリスルリと端まで行き、そのまま闇に消えたかと思うと、キキキッと小さな鳴き声が聞こえてきた。
しばらくすると、喉を太らせて戻ってくる。
大公は満足気に微笑んだ。
「
ビクビクと蛇の喉の中で、鼠が動いていた。
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