第三十一話 騎士は堂々たるべし
「謝ってこい」
マッケネンの答えは単純明快だった。
「………」
オヅマは押し黙ったまま、目も合わせない。
マッケネンはフゥと溜息をついた。
仏頂面で修練場に現れるなり、ひたすら木剣の素振りをし始めたオヅマを見て、その場にいた騎士は誰もが異変を感じた。周囲からの視線の集中砲火を浴びたマッケネンが仕方なくオヅマに理由を聞く羽目になったのだが、なかなかオヅマは口を割らなかった。剣撃訓練の相手をしてやってから、ようやく口を開いた。
そこで母親と喧嘩して、妹に泣かれ、若君に咎められ、いたたまれなくなって飛び出してきたことを聞き、出てきたのがさっきの答えだ。
「……………嫌だ」
ボソリとオヅマがつぶやくと同時に、マッケネンはベシリと頭を叩く。
「
「阿呆が。お前が悪いだろうが。そんなこともわからないほど阿呆なら、騎士になるなんぞ諦めるんだな。女子供をいたぶるような男は騎士になれんのだ」
「俺は叩いてない!」
「実際に手が出ているかどうかじゃない。度量の問題だ。お前は極めて了見が狭い」
「……俺馬鹿だから、何言ってるかわかんねー」
今度は拳骨が頭に降ってきた。
「
「悪いか。俺の方が悪いと思うなら、ご領主様に言えばいい。言えるか? お前のその短気で傲慢な態度も含めて説明する必要があるぞ」
オヅマは途端に黙り込んでうつむく。
マッケネンはふぅと吐息をついた。どうやら悪いことをした自覚はあるらしい。
「いいか、オヅマ」
マッケネンは優しく諭した。
「騎士というのはいつも堂々としていなければならない。堂々と胸を張っているためには、いつも心が明快でないと駄目なんだ。今のお前は堂々としているか? 騎士として、己に間違いがないと、胸を張っていられるか?」
オヅマは黙ったまま、それでもプルプルと首を振った。
「だったら、今お前がすべきことは、忠告してくれた母親に謝ることだ。確かにご領主様は、若君の友達でいてくれとお前に頼んだが、やはり
「…………わかってる」
オヅマは震える声でつぶやいた。
「でも、俺…見せたかったんだ。オリヴェルに…」
マッケネンはフフンと笑った。
「お前…自分のいいトコを見せたかったんだろ? 若君に自慢したかったんだな?」
「………」
オヅマは一気に赤くなった。
それまでハッキリと自覚していなかったが、マッケネンに言われてみると、なるほどそうだった。
子供っぽい自分勝手な感情で、オリヴェルに見せて、単純に「すごい!」と言わせたかっただけだ。
マッケネンが声を上げて笑う前に、こっそり聞いていたゴアンが大笑いしながら、柱から現れた。
「ハッハッハッハッ!! オヅマもまだまだ小僧だな~ッ」
大きなダミ声が修練場一帯に響き渡る。
「う…っ、うっせえ! なに勝手に聞いてんだよ!」
「いつもは若君に会いに行ったら上機嫌で帰ってくるお前が、いかにも何かありました~ってな顔して戻って来るから、何があったか気になるじゃねぇか」
「そんな顔してない!」
「まるきりわかりやすく出てたけどな。オラ! さっさと謝って来い!」
バシッとゴアンが背を容赦なく叩いてくる。オヅマは痛みに顔をしかめながら、ゴアンを睨みつけた。
「……わかったよ」
むくれた顔で、渋々了承する。手早く稽古道具を片付けてから、何度も溜息をつきながら帰って行った。
ゴアンはヒラヒラと手を振ってオヅマを送り出してから、マッケネンの肩を小突いた。
「オイ」
「なんだ?」
「お前、さっきの騎士の心得……領主様の受け売りだろ?」
「………知ってたのか」
マッケネンは軽く頬を赤らめた。
実のところ、騎士は堂々たるべし…という訓戒は、ヴァルナルが言っていたことだった。
しかしいつもなら混ぜっ返すゴアンは少し自嘲めいた顔になって、昔話を始めた。
「昔、
「……素直に言わなかったら大変なことになっていたな」
「あぁ。
マッケネンは無言で何度も頷いた。
ヴァルナルの温情は苛烈さと表裏一体だ。
今のところ、オヅマも子供であることも含めて、大目に見てもらえているが、あの態度をいつまでも貫いていたら、いつか厳しく叱責されるだろう。
「ミーナ殿が賢くていらしてよかった」
「まったくだ。そういや、知ってるか? なんと今日また領主様から手紙が来たんだってさ。ミーナに」
「また? この前、公爵領に着いたって来たばかりじゃなかったか?」
「そうだよ。もう三通目だとよ。去年とは大違いだ」
「なるほど……女中達が騒ぐわけだ」
「いい加減、あの人もやる気になってきたんだな。いや、良かったよかった」
ゴアンが無邪気に喜んでいるのを、マッケネンはややあきれたように見ていた。
実際に、一召使いが領主と一緒になることなどあるのだろうか?
身分違いの恋。それこそ、婦女子の好きそうな夢物語ではないか。
それに、もし万が一、ミーナとヴァルナルが結婚するようなことになれば、オヅマは領主様の息子という立場になる。
「…………」
そこまで考えて、マッケネンはいや、と真面目な顔になる。
ヴァルナルがオヅマの才能を相当にかっているのは確かなことだ。何せ、副官であるカールと、アルベルトという、レーゲンブルト騎士団における実力トップである二人に稽古をつけさせているのだから。
あるいはヴァルナルは、ミーナへの恋慕とは別の意味でも、結婚をすすめるかもしれない。それに元々貴族の出でもないヴァルナルにとっては、身分の隔たりはさほど気にならない。むしろ先妻もそうであったが、貴族令嬢などの方が合わなそうだ。
「うん…有り得るかもしれんな……」
いつもはその手の話は馬鹿にしたように皮肉を言うマッケネンが、真剣な顔でつぶやくのを、ゴアンは不思議そうに見ていた。
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