第二十七話 書簡往来
ヴァルナルよりミーナへ向けて。
レーゲンブルトを
『
新緑の芽が萌えたる時候、
公爵領に到着した。
いつもであれば雪解けしたばかりの
レーゲンブルトを発った時には、まだそちらでは咲いていなかったアーモンドの花がこちらでは満開である。この手紙を読む頃にはそちらでも咲いているかもしれない。
息子については色々と面倒をかけていると思うが、
マリーがとてもオリヴェルを慕ってくれているようで、あの子にも年上としての自覚が生まれたようだ。また、オヅマのように時に喧嘩しても友として向き合える存在ができたことは、有り難いことだと思う。
私が離れている間、もし無理難題を言ってくるような者がいたら
今後はしばし公爵邸に
では、これにて失礼する。
◆
この手紙についてミーナから教えてもらったソニヤは言った。
「これだから…ご領主様は。そんな手紙
「そういうモンなのかねぇ…?」
ゴアンが不思議そうに首をひねると、ソニヤはその大きな背中を容赦なくぶっ叩く。
「そういうもんよ! アンタもそれくらいの気配りができないと、いつまでたっても男やもめのまんまだよ!」
「はぁ……」
ゴアンはその後、アーモンドの花が咲いた途端に、その枝を切ってソニヤに持っていったのだが、枝を勝手に切ったことでパウル爺に大目玉を食らい、久々に年上の大人にこってり叱られるという醜態をオヅマ達に見せることになった。
この事はしばらく騎士団の笑い話になった。
◆
ミーナよりヴァルナルへ、前回の手紙の返信
『萌芽の月
芽吹きたる新緑も色濃く青の影を落とす時候にて、
道程ご無事に到着された由、なによりでございました。
そちらはやはりレーゲンブルトよりも先に春が訪れているようで御座いますね。
若君はとても元気にお過ごしです。先だっては食事量が足らぬと、初めておかわりされておいででございました。以前は苦手でいらっしゃった
若君のご希望で、食事の際、私とマリーがご
よろしゅうございましょうか。
一介の使用人とその娘に許されぬことと申されるのであれば、すぐにも改めるつもりでございます。
ですが、若君にはご領主様が発たれてより、一緒に食事を召し上がる人もおらず、寂しそうにしておいでです。どうかお許しを賜りたく存じます。
こちらでもアーモンドの花が咲き始めております。若君と一緒に押し花にして
オヅマについても、最近ではマッケネン卿に文字を習い、騎士としての
数日中には帝都にお
◆
実はミーナがこの手紙を送った同日、ヴァルナルもまた再びミーナに宛てて手紙を書いていた。つまり、ヴァルナルはミーナからの返事を待たずして二通目を書き送っていたことになる。
◆
ヴァルナルよりミーナへ
『萌芽の月
青き影深くなる時候、手翰にて申し上げる。
明日よりしばらく帝都への旅支度で忙しくなる。道中、書き送ることができるかわからぬ
オヅマとの出会いから、貴女…達(*『達』は後から書き加えられているようだ)が領主館に来て早三ヶ月が過ぎようとしている。
まだ、三ヶ月しか経っていないことが意外なほどに、貴女…達(*くどいようだが、『達』は後から書き加えられている)は馴染んでいるように思う。
無論、それは貴女の努力によるところが大きい。今更ではあるが、先の
これはマリーにも、オヅマにも伝えて欲しい。二人は自らも病にあって不安であったろうが、息子のためによく辛抱してくれた。子供ながら、その謙譲の精神には、深く頭を垂れるものである。
きっと貴女の教えが良いためであろう。
本日は久方ぶりに公爵家の騎士団が一同に集まっての結団式が行われた。各地領主騎士団と本領地における直属騎士団は互いに
明日には先行隊が帝都に向けて出発する予定だ。私は公爵様と同日の出発の予定となっている。あちらに着いたら、また報告する。
◆
「いや…報告って!? なんでミーナに報告してくんの? これ報告書なわけ? ほんっとにご領主様ときたら…なんだってこう……」
この手紙を読ませてもらったソニヤは頭を抱えた。
こちらに帰郷してから、館の使用人から、街の昔馴染みに至るまで聞き込んだ結果、ご領主様がどうにもそうしたことに関して不器用な人であると予想はしていたが、これは聞きしに勝るぶきっちょだ。
まぁ、多少(実際は多少ならず)好意を示していることはわかるのだが、それもある程度相手に自分の気持ちが通じていればともかく、この手紙をすんなりソニヤに見せて、隣でニコニコ笑っているミーナを見る限り、そこのところに気付いていないのは明白だ。
「でも、わざわざ帝都に出立前の忙しい中、書き送って下さって…よほど若君のことが気がかりでいらっしゃるのでしょうね」
案の定、ミーナは見当違いのことを言っている。
「いや、若君のことよりあなたのことを褒め称えてるんだと思うけど…」
ソニヤは不器用極まりないご領主様の為にそれとなく援護射撃してみたが、ミーナは
「そうね。こうして認めていただけると、私ももっと心を込めて若君のお世話をしなければと思うもの。本当に、ご領主様は人の心をつかむのが上手でいらっしゃるわね」
「………」
肝心な部分はまったく掴めてないけどね…とは、もうソニヤは言わなかった。黙り込んだソニヤにミーナは話題を変える。
「それにしても、やはりグレヴィリウス公爵家というのは大貴族なのですね」
「そりゃあね」
ソニヤは頷いて、ゴアンから聞いたグレヴィリウス公爵家のことを話して聞かせた。
「いっても、
「まぁ…
「そうそう、それ! でも、ご領主様は忠誠心の厚い方だから、公爵様の為に断ったっていうんだよ。大したもんだよねぇ」
「そんなことして、大丈夫だったのでしょうか?」
「それが断り方もうまかったらしいんだよ! まぁ何を言ったのかは、知らないんだけどね」
ソニヤは肝心なことが言えなくて残念だった。
この話を教えてくれたゴアンは何かくっちゃべっていたのだが、誰かから聞いたとかいういいかげんな話を、順序もぐちゃぐちゃに話されて、さっぱり意味が不明だったのだ。
ミーナは微笑んだ。
「ご領主様のことですから、誠心誠意、
「うん…そうだね。まぁ、そういうことだけはできるよ、あのご領主様は……」
ソニヤはややあきれ顔で頷くしかなかった。二人ともが誠実だと、周囲はどうもじれったいことになるようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます