第二十二話 領主様の度量

 白い寝間着の上にベージュのショールを掛けた姿で、ミーナが頭を下げていた。

 沈着な態度ではあったが、よほど急いできたのは裸足であるのを見れば明らかだ。


「このような身なりでご領主様にお目にかかりますこと、平にご容赦下さいませ。我が子達が若君に対して失礼があったこと、聞き及び、まかり越しましてござります」


 ヴァルナルを初めとして、子供達以外の大人は、ミーナのその古風ながらも分をわきまえた物言いに、思わず息を呑んだ。


 ミーナはオリヴェルが出て行った後、血相を変えたアントンソン夫人に叩き起こされ、そこで我が子の不行状を聞いて、あわててやって来たのだが、青い顔をしつつも落ち着いた所作でマリーのかたわらにしゃがみこんだ。


「おっ…お母さ…」


 マリーはしばらくぶりに会えた母に抱きつく。

 ミーナはマリーの背中をさすりながら、オヅマに目配せして頭を下げた。

 オヅマは母の隣で再び平伏した。


「申し訳ございませぬ、領主様。さきに若君の病もあってご猶予ゆうよをいただきましたが、再度謝罪に参りました。重ね重ね、親である私の責任でございます。許されぬ身なれば、いかようなる罰もいといませぬ」


 ミーナの声は少しだけ震えていたが、きっぱりと言い切る姿はある種の崇高ささえ感じられた。

 ヴァルナルはふぅと溜息をもらすと、ヒラヒラと手を振る。


「罰を与える気など…最初から毛頭ない。オヅマもミーナも頭を上げよ。それと丁度よい、アントンソン夫人。聞きたいことがある」


 ミーナの後ろからやって来て様子をうかがっていたアントンソン夫人は、急に呼ばれてビクンとしながらも背筋をいつも以上に伸ばして、部屋へと足を踏み入れる。


「オリヴェルのこの一月ひとつきのことだ。普段より世話をしている貴女あなたから見て…病気になる前、オリヴェルの体調はどうであった?」


 アントンソン夫人は素早く居並ぶ面子めんつを見た。

 途中でネストリが何か言いたげに睨んできたが、フイと目を逸らし、澄まして答える。


「病気になる前であれば、以前に比べましてお食事を残されることは少なくなったと思います。嫌いな野菜なども、懸命に食べておられるご様子でございました。そのせいか、体重も増えたと医者せんせいが申しておりました。此度の病気も、このところ食事をとって体力をつけていたお陰で、随分と思っていたよりもこじらせずに済んだと仰言おっしゃっておられました」

「そうか。下がってよい」


 ヴァルナルが言うと、アントンソン夫人はとっとと出て行った。


「さて…」


 ヴァルナルは未だに頭を下げたままのミーナの前にしゃがみこんだ。


「そういう訳なので、今後とも息子のためにミーナには滋養のある食事を作ってもらわねばならぬ。よいかな?」


 ミーナは一度だけ顔を上げて、朗らかな笑顔を浮かべるヴァルナルを見た後、再び頭を下げた。


「ご随意に」

「では、早く元気になってもらわねばな」


 ヴァルナルはミーナの手を持つと、立ち上がらせた。


「部屋まで送ってやりたいところだが、まだ話さねばならぬこともある。パシリコ、ミーナを部屋まで送ってやれ。マリーとオリヴェルも部屋に戻りなさい。大丈夫だ。誰も追い出したりはしない」


 最後のヴァルナルの言葉に、マリーとオリヴェルはようやくホッと喜色を浮かべた。パシリコに連れられて行くミーナと一緒に出て行く。

 残っていたオヅマに、ヴァルナルは再度告げた。


「オヅマ、さっきも言ったようにこの事は不問だ。これからも友として、息子と仲良くしてやってくれ」


 オヅマは立ち上がると、ペコリと頭を下げて部屋を出た。しばらくボーっと廊下で立ち尽くす。

 なんだか全部がいいようにいった気がするが、これは夢なんだろうか? 

 頬を思いきりつねってから、痛みにしかめっ面になる。


 その時、廊下の角からひょっこりとマリーとオリヴェルが顔を出した。

 オヅマは満面の笑みを浮かべると、二人のところへと走っていった。

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