第42話 アイドル登壇
設営スタッフの仕事というのは冒険者ギルドの仕事の範疇ではないようにも思えるが、実際人が動くからにはそこに話のタネが転がっていることは少なくない。また、仕事先で他の冒険者と出会えば情報交換にもなり、存外に有用な仕事と言えないこともない。切った張っただけが冒険者ではないのだ。
「フミハウちゃんまだっスかねー……どんな衣装で出てくんのか」
「露骨な期待すんな。まあ、浮かれるのは分かるが」
ステージ設営は完了してすでに何人かのアイドルが登場、浮かれポンチ具合絶好調なシンタを、辰馬は軽く窘める。やれやれとは思うものの辰馬も少なからずそわそわしていた。周囲の連中が挙って歌姫の登壇への期待にボルテージを上げ、それが辰馬にも伝播している。
「にしてもフミハウ女史、普段あんなに口数少なくてステージとか大丈夫なんでゴザろーか?」
「どうなんだろうな。MCはなくて歌うだけというのもありうる」
「よっぽどの実力派でないとそれ無理でゴザルよぉ~?」
出水と大輔も浮かれ立っていた。ご友人が人気アイドルというので普段より気が大きくなっている二人である。
今ステージに上がっているアイドルには悪いが観客の意識は歌姫・フミハウを待ちわびるばかり。辰馬も例に漏れずの状態でいるところ、ズン! とものすごい力で肩を叩かれた。フルパワーの杭打機でガツンとやられたような衝撃だ。鍛えてない人間なら骨が砕ける。華奢で可憐な容姿に似合わずしっかり鍛えてある辰馬はなんとか耐えるものの、それでも大ダメージだった。
「よー、辰馬。お前もフミハウ目当てなんか?」
「つ……。あぁ、ほむやんか」
文句の一つも言ってやろうかと振り向いた辰馬は、相手の顔を見て毒気を抜かれた顔になる。明染焔(みょうぜん・ほむら)、23歳。蒼月館学園体育・格闘技術の非常勤教諭。210㎝140㎏という、なかば巨人族かと思うほどの雄偉な巨漢は辰馬とは因縁浅からぬ仲だ。同じくアカツキ国内に100人いるかいないかのAランク冒険者として共闘も対立も数多い関係であり、そして同じく牢城雫に愛情を向ける間柄。雫への愛情にかけて、焔は狼紋の勁風館という太宰の外の冒険者育成校出身でありながら雫を追いかけて名門・蒼月館の非常勤に滑り込んだ筋金入りである。
「ほむやんってアイドルとか興味あんの? なんかイメージ違う……」
「いんや、ワシはあんまし興味はないんやが、こいつがな」
そう言って焔は顎をしゃくる。後ろに控えているのは210㎝の焔から見るとすっかり隠れて見えるが180センチを超す長身、濃い緑の髪に、将官用の軍服を学生服に落とし込んだような、装飾多めの学生服に身を包んだその男はムスッとへの字に唇を引き結んでいるが、焔に促されて前に出た。
「こいつがフミハウのファンなんよ。で、ワシの出身校って狼紋の勁風館でコタンヌ集落のフミハウと縁があるやろ? ちゅーわけで連れてきた」
「ふーん……」
「……お前が新羅辰馬か」
「あー、うん。あんたは?」
「厷武人(かいな・たけひと)、勁風館3年だ。……現在ギルド蓮華堂の依頼達成率トップらしいが、今年が終わるころには俺がお前の成績を抜く」
「はあ」
はあ、と言わざるを得ない。成績とかこだわりのない辰馬としてはどうぞご自由にというところなのだが、誰になにを吹き込まれたか厷はすっかり辰馬をライバル認定している様子だった。めんどくさいからこういう手合いは困る。
「厷、お前スカしとってもフミハウちゃんに会いたいですーってワシに頼み込んだ時点でカッコつかんからな」
「せ、先輩……、そういうことを……」
「言わんでも変わらんやろ? それで、辰馬こそなにしとん? 雫さんほったらかしてフミハウ目当てか、お前!?」
辰馬が雫を蔑ろにしているのではないかと、焔は怒気をあらわにする。焔は函西(カンサイ)地方出身で、あちらの人間は巻き舌でまくしたてるような喋り方でもわかるように気が短く、気性が荒い。ましてや巨人さながらの焔が巻き舌で怒鳴る迫力と言ったら相当なものだ。周囲の男衆(女衆も)は冷や水を浴びせられたように慄然としてしまう。
だが、辰馬はいつも通り平然と。むしろぽやーとしたままで。
「ほむやん、おれがしず姉べったりだと怒るくせにしず姉と一緒にいないと怒るのな……めんどくせー」
「なんやその態度。ワシ教師やぞ」
「やかましーわ、ばかたれ。なんなら拳で……って言いたいところだが、ここで暴れるわけにもいかんからな。そっちも殺気ひっこめろ」
「……まあ、せやな。で、雫さんは?」
「元気にしてるよ。そーいやしず姉もフミハウ絡みで出かけてったっけか……」
「んん?」
「いや、今度2学期からフミハウ、ウチ(蒼月館)に転入なんだよ」
「はあ? 明芳館は?」
「学園抗争に蒼月館が勝って。それであっちとこっちで交換留学生出すことになった」
「あー、なるほど。そーいうことか」
「そーいうこと。教師っつっても非常勤だとそーいうこと知らんのな」
「やってワシ、ここんところ蒼月館に足向けてないわ。雫さんにも会えてないし……、お前辰馬、ワシがおらん間に抜け駆けしとらんやろーな!?」
「あー……」
「おいお前……」
それまでぽんぽんと会話を続けていた辰馬が、急に口を濁す。なにしろこの質問には思い当たるフシが多すぎる。雫……だけではなく瑞穂とエーリカもだが……と肉体関係を結んでしまった事実を考えると、あれが逆レイプだったとはいえ「なにもありませんでした」とは言い難い。
「いや……、なにもない。ないよ?」
「なんやその態度は!? なんかあったんか、あったんやな!?」
「だからむやみに殺気を出すなって!」
「……あとで確り追及させてもらうからな、辰馬ァ……」
「辰馬サン、次なんスけど……フミハウちゃんの前。これ……」
割って入ったシンタが、辰馬にパンフレットの1ページを指し示す。そこにある名前は……。
「んあ? エーリカ・リスティ・ヴェスローディア……へ?」
「まあ、アイツもいちおーアイドルっスからね。けど、ありがたみないっつーか……」
「いきなりショボい話になるでゴザるなぁ……」
「いや、一応あいつ王女様ですよ? 見慣れ過ぎて確かにありがたみはないですが……」
「まあ、見守ってやるとするか。下手打ったら大声で笑ってやろう、それが供養になる」
エーリカがこのステージに登場すると知るなり、最初から失敗すると決めつける辰馬。かなり相当に失礼である。
そうこうする間にステージは進み、いよいよエーリカ登場。まさかジャージでステージに上がるつもりじゃねーよな……という辰馬の危惧はさすがに外れ、エーリカはきらびやかなドレス……アイドル衣装ということで実際のドレスよりもっと華美にしてあるが……をまとって現れる。
「うへえ……」
「馬子にも衣裳……」
「これはみんな騙されるでゴザルよ……」
「王女の本気か……」
辰馬、シンタ、出水、大輔が口々に感想を述べる。一応感心しているわけだが、あまりポジティブな言葉で褒めてやれないのはエーリカという少女を知りすぎているからか。盾でひとを殴打し、気合の掛け声が「どっせい!」だったりするお姫様にかわいーとか可憐だとか言う気には、ちょっとなれない。
「はいはいはいはい、ちゅうもーく! アタシ、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア! この太宰の町でグラドルやってまぁす! みんなアタシの本とか買ってくれてるー?」
いつものくだけた口調でしゃべりだすエーリカ。親しみやすい態度はおそらく評価としてプラスのはずだ。とはいえ、辰馬たちとしてはいつも通り過ぎて、アイドルを見ていると言いう非現実感から一気に現実に引き戻された気にはなる。一応はエーリカの熱狂的なファンというのも一定数いるらしく、彼らの野太い雄たけびが上がった。
「アタシのファンけっこーいる!? よかったー、歓声ゼロだったらどーしようかと……それじゃあ、アタシの歌とダンス……って……?」
ここまで威勢よくちゃきちゃきと場を仕切っていたエーリカだが、そこで一瞬、動きが止まる。突然泳いだ目線の先には、新羅辰馬。
「た……たつ……」
「おー……」
口をパクパクさせるエーリカに、軽く手を挙げてあいさつする辰馬。エーリカは知り合いに、ましてや辰馬にステージ上の自分を見られたショックでいきなりガタガタだ。いつも通りに振る舞っていただけで、なにを急に恥ずかしがる必要があるのかはわからないが恥ずかしいらしい。目がグルグルになってしまっていた。
ここでキレキレのダンスとひそかに練習した歌声を披露してファンの心を一気につかむ! そう考えていたエーリカの計画は破綻し、ダンスはガタガタ、歌声は上ずる。これを歌姫の前に場をしらけさせたと詰るべきか、人々の熱狂を適度にクールダウンしたと好意的にとらえるべきか。「笑ってやる」つもりだった辰馬たちだが、自分が原因らしいと思うと笑うこともできない。気まずい。
そんなエーリカがなかば涙目で退場、大本命たる歌姫の登場である。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
スクールアイドル風の衣装に包み、フミハウがステージに上がると、それまでクールにキメていた2枚目、厷がいつ買ったのかうちわをブンブン振り乱し、怒号を上げて狂乱した。「うぉあ!?」と辰馬はビクリとするが、ほか周囲の男女問わず似たような狂乱に包まれる。歌姫のカリスマ、おそるべしだった。
「フミハウ、です。今日はみんな……ありがとう。じゃあ……歌う……」
周りの熱狂に対してフミハウはいつものローテンション。ファンとアイドルの温度差が激しい。が、フミハウがマイクを取って歌い出すと彼女が本物であることを、芸術などわからないタイプの辰馬でも肌と魂で理解させられる。激しい歌ではない、静かに淡々とした歌なのだが、静謐だが切々とした歌声に、こちらの心の胸倉をつかんで強烈な拳をガンガン叩きつけてくるような衝撃が止まらない。いつの間にかあたりの狂騒は止み、人々はみな涙を流す。辰馬も気づかないうちに泣いていた。
「最後の曲……」
フミハウは余計なMCを一切挟まない。曲名紹介以外は完全に歌一本で勝負するし、そのスタイルで完全に成功していた。そして最後の曲でまた変化を見せる。それまで静かに哀切を歌い上げるバラード調の曲を4曲つづけてきたのが、一転、激しいロック調の曲に合わせて荒々しい歌声を張り上げる。シャープでキレのある、乱暴といってさえいい曲を歌わせてもフミハウという少女は傑出した才能を誇った。
「はー……、いいもん見たわ……」
「せやな。たまにこーいうの見るのもえーもんや」
「そうでしょう、先輩!」
「お前はうるさい」
簡単しきりの辰馬に焔がうなずき、ここぞとばかり身を乗り出し布教しようとする厷を焔が押し返す。
「んで、ワシまた出かけるんで蒼月館に顔出せんのやが……」
「仕事か。どこ?」
「少弐。依頼人は……イナンナっちゅーたかな、竜種の女。家出した妹を連れ戻すのに手を貸してほしいっちゅーてな」
「家出少女? ほむやんの仕事にしては案件小さい気が……」
「いや、それがそーでもないんや。その妹っちゅーのが『神域の霊峰』からヘスティアに譲られた秘宝『祖竜の血』を持ち出したっちゅー話でな」
「祖竜の血。ふーん……」
「この依頼、狼牙さんにも話しとる。手伝ってもらう予定や」
新羅狼牙は辰馬の義父であり、当代の『魔王殺しの勇者』として魔王オディナ・ウシュナハを討った英雄である。その英雄の手を借りないとならないほどの相手、ということか。
「そんなヤマならおれも参加したいところだが……まだ学校あるからな」
「お前らがフリーやったらお前らに話持ってくわ。ちゅーわけでしばらく空けるけども、雫さんに手ぇ出すなよ、辰馬!」
「うーん……まあ、うん……」
「やからその歯切れ悪いのなんやねん、お前!?」
「いや……しず姉の方から迫られるのって、セーフ?」
「アウトに決まっとるやろ。なんでお前は雫さんに迫られるんや、羨ましい」
「あんまり嬉しいことでもないが……、まあ、気を付ける」
「ホンマ気いつけろよ、お前! 襲われても拒否せぇよ!?」
「はいはい。……んじゃ、帰るか……」
「辰馬サン、控室とか行ってみません?」
「迷惑だろ。それに、エーリカと鉢合わせたら気まずい。帰るぞー」
………………
そのころ。
竜の魔女ニヌルタの魔力を享けて超強化されたホノリウス・センプローニウスとウェルス神聖騎士団30名は聖女の探索に放たれた。聖女アーシェ・ユスティニアは太宰の町を当てもなく流離っていたいたが、ホノリウスたちの強化された感知能力は同じウェルスのグロリア神教徒であるアーシェの「魂の色」を鋭敏に探知し、追い詰める。そして彼らがアーシェを手中に収める——その寸前、ひとりの男が騎士団に立ちはだかった。
「ただの一人、しかも女性を相手にこの人数で、か。名にし負うウェルス神聖騎士団の精鋭も地に落ちたものだな」
赤い鎧に淡いブロンドの騎士、ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンは、目を細めてアーシェを背中に庇う。
「貴様、ラース・イラの……」
「世界最強騎士……魔神殺しのガラハド・ガラドリエル・ガラティーンか!?」
「であれば、どうする?」
ガラハドの静かに揺らぎを見せない声とたたずまいに、騎士団長ホノリウス、副団長テオドールスが呻く。超強化された彼らをして恐怖を糊塗することができない相手、それが『魔神殺し』ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンという男であった。
ウェルスの騎士団長・副団長と、ラース・イラの騎士団長の視線が交錯、視線だけで彼らは命の取り合いをシミュレーションするが、結果はどれだれやり直してもガラハドの勝利だった。いかに相手を低く見積もっても、ホノリウスとガラハドとでは格が違いすぎる。しかし今の彼らにとって竜の魔女の命令は絶対であった。
「お前たちは聖女を押さえろ。我々がガラティーンをどうにかしている間に聖女を人質にとれ」
騎士たちにそう命令を下し、ホノリウスはテオドールスとともにガラハドに相対する。
が。
ガラハドはわずか数瞬であれ、「どうにかできる」ほど甘い相手ではなかった。牽制の剣撃を繰り出したホノリウスは手首に手刀を喰らって剣を取り落とし、次の瞬間には投げ飛ばされてその身体がテオドールスに激突、ふたり揃って意識を刈られ、あっという間にKOされる。これに浮足立った騎士たちはアーシェを狙うどころではなく、どうにかしてガラハドを攻略しようと一斉にかかるが、ガラハドは抜刀した30人の聖騎士……しかもその心身は竜の魔女ニヌルタの魔力を享けて強化されている……を相手にして、剣を抜かずしてまったく危なげなく、まさに大人と子供の実力差でウェルス神聖王国が誇る最強戦力を粉砕してのけた。一人のこらず投げ技で失神させ、誰一人にもけがを負わせず終わらせるあたり底が知れない。
「さて。ご無事ですか、レディ?」
埃一つ身に触れさせることなくウェルスの騎士たちを制圧して、ラース・イラの騎士団長は聖女アーシェ・ユスティニアに向き直った。
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