第41話 頭痛の種
「やっぱ、帰ってねーか……、かーさん、どこ行ったかな……」
翌日、朝。新羅家を訪れた辰馬だが、やはりアーシェの姿はない。父・狼牙に聞いてみてもやはり手掛かりはなく、母の居場所は杳として知れなかった。母からの拒絶、そして失踪。マザコン辰馬としてはこの状況、精神的にかなり堪える。
「辰馬、アーシェさんは君を憎んでいるわけではない。むしろ誰よりも愛している。だから恨まないであげてくれ」
「わかってるよ。親父も元気で」
狼牙と別れ、新羅家を辞す。わかっているとはいったものの実のところ、心の傷は深い。もともと繊細で感じやすい辰馬である。身体化障害に特有の「精神失調が肉体にダメージを及ぼす」という状態にまでは、まだ至っていないが。
アーシェを探したくはあるが、今日は平日で蒼月館はまだ夏休みに入っていない。「かーさんのことだから心配はいらんだろーし……ガッコ行くか」あえて口にして自分を鼓舞し、学園に向かった。
「はれ? たぁくん今登校?」
「あ、しず姉……」
昊森の入り口で、雫に声をかけられた。今の雫はいつも見慣れたレオタードにショートパンツ姿ではなく、スーツをカチッと着こなしている女教師スタイルだ。明らかに遅刻の辰馬を見て、雫はわずかに片眉を上げた。
「たぁくん、おかーさんが心配なのはわかるけど学校はちゃんと来なくちゃだめだよ~? まあ、遅刻1回くらいは大目に見るけど……」
「ああうん。悪いしず姉。次から気を付ける」
「ん。そんじゃ、あたしはちょっとお出かけします♪ 2学期からのみずほちゃんとフミちゃんの転入手続き、今のうちに済ませないとだからねー♪ まあ、みずほちゃんの場合はヒノミヤにハンコ貰いに行くわけにもいかないし、あたしが身元保証人になるんだけど」
「瑞穂はしず姉の部屋にいるのがすっかり馴染んだからな。ま、そんじゃおれはガッコ行くわ」
「はいほーい♪ ちゃんと寝ないで授業受けるんだよ? クエストもさぼらないよーに!」
「わかっとーわ。そんじゃな」
そんなやりとりを済ませ、辰馬は学園に向かう。昊森の通学路に配されたモンスターに手古摺ることもなく、危なげなく進んで学舎に向かい、2限目、途中から授業に入ると教師にうるさく言われそうなのでしばらく時間を潰し、2限終了後に教室に入る。
「新羅にしては珍しいわね、遅刻とか。なんかあったの?」
と、聞いてきたのは林崎夕姫。昨日の襲撃事件やアーシェの失踪について知らない夕姫の疑問は当然と言えば当然だった。
「まーな、ちょっといろいろ」
「ちょっとってなによ? ていうかアンタらの素行チェックしてるからね、おねーさまもそろそろ男子排斥学則を推進する、って言ってるし」
「は? 会長、まだあきらめてないんかよ、アレ」
「そりゃあ。アンタらがちょっと学生会のお手伝いしたくらいでおねーさまの気が変わるわけないじゃない」
これは少し意外だった。学園抗争明芳館戦での共闘、あれで学生会長・北嶺院文は男子排斥の意志を捨てたとばかり思っていたのだが、そこは辰馬の見通しが甘かったと言わざるを得ない。実のところ文は李詠春との戦いの中、「男子排斥の意志は捨てない」「最終的には新羅辰馬も倒す」と明言しており、辰馬とのかかわりは文にとって利用し、される合う関係に過ぎなかったのだが、辰馬はそのあたりドライに割り切れない。一度共闘した以上仲間という意識が湧いてしまっており、いま文が自分たちを潰そうとしていると言われても敵愾心をかき集めることが困難だった。
「頭の痛い話がまた増えたな、困る……」
銀髪を掻きながら椅子に掛けると後ろの席のシンタがつついてきた。大輔、出水も寄ってきて、そこにエーリカも加わる。
「それで、アーシェさん見つかったっスか?」
「いや……手掛かりなしだ。かーさんが本気で隠れたとしたら、こっちから探し出すのは難しいかもな」
「さすがにもと聖女、だもんねえ。アーシェさんが戦うところ初めて見たけど、まさかろーじょーセンセと殴り合いで互角とか……」
「さすがにしず姉が本気出したら圧倒されてたハズなんだがな。昨夜のしず姉は本気でもホントの本気じゃなかったから」
「ホントの本気……、早雪さん……ラティエル戦のときのような、ですか?」
「そー。ま、その辺の切り替えはしず姉自身できないみたいだからな。仕方ない」
「聖女vs美少女剣士の一戦はなかなかに創作威容を刺激されたでゴザルが……、実際どうなるんでゴザろーな、この先?」
「わからん。ウェルス騎士団はとりあえず警察に引き渡したから当分、仕掛けてこないだろーとは思うが。でもウェルスの聖騎士相手にこっちの警察の権威がどれだけ通用するか、だよなぁ」
………………
京師太宰から東に1日、副都少弐のやや北に、その洞窟はある。
自然の洞窟に手を入れた古い遺構だが、すでに探索者・冒険者に調べ尽くされて今は足を向けるものもない。そのはずだったが、今この洞窟には明らかな人の気配があった。
「天に
高らかに朗じる、女の声。光が爆ぜ、轟音が轟き、そして岩が融ける。数千万~数億度に達する超超高熱の爆裂は洞窟を震撼させたが、頑強な洞窟は一部を破砕されながら威力に耐える。竜の魔女ニヌルタは新たな住居の耐久度に満足してひとつうなずくと、ローブを脱いだ。セーラー服と民族衣装を融合させたような服に包まれた肢体はみずみずしくも豊満であり、若々しい活力にあふれる。その金の瞳には、どこか狂的なものがあるが。
「まあ、こんなものかしら。北嶺院のお嬢様に預けた力もそろそろ返してもらうとして、そうすれば威力は3倍増し、というところね。もうお姉さまではわたしに追いつけないでしょう」
軽く気息を整え、ニヌルタは薄く笑う。その背後にはウェルス神聖騎士団の面々の姿があったが、彼らの顔色は悪い。ニヌルタとの取引で留置所から出た彼ら……ことにホノリウス・センプローニウスはニヌルタを利用して裏切るつもり満々であったが、まず見せておく、と見せつけられた今の光爆、その超威力を前にしてこの魔女を欺くことの困難を思い知らされる。心を折られたと言っていい。
「あなた達にも力を貸してあげる。今のままでは役に立たないものね」
ホノリウスに一枚の札を与えるニヌルタ。それを手にした瞬間、ホノリウスの中に今まで感じたことのないほどの力が沸き起こる。それはホノリウスを介して30人の騎士たちにも伝播するらしく、彼らは一様に高揚した表情を浮かべた。
「それじゃあ、まず最初のお願い。聖女さまをつれてきて?」
………………
おなじころ、ヒノミヤ内宮府、紫宸殿。
神月派の軍師にして国家戦略担当官、磐座穣はひとりの青年を迎えていた。
赤い鎧をまとう騎士。兜はかぶらず腰に抱え、剥き出しの顔は金髪で20代後半~30代前半のハンサムな男性。とくに険しい顔立ちではないが、にじみ出る気迫というか、「威」がすさまじい。秋霜烈日の気というべしだ。
「ラース・イラ騎士団団長、世界最強の騎士の誉れ高きガラハド・ガラドリエル・ガラティーン卿。ようこそヒノミヤへ」
「堅苦しい礼は無用です。魔王の継嗣と穢れの聖女、わたしはその誅伐のためにやってきました」
「その際には存分に働いていただきます。が、まずはわが主君、神月五十六閣下にお目通りを」
「……了解しました」
………………
「さて。心配事はいろいろあるが、今日もクエストいくかー……」
「そーっスね。稼ぎましょーや」
「昨日の騎士たちとの戦闘で力不足を感じましたからね、気合を入れなおしましょう!」
「拙者は今日は小説を書きたいのでゴザルが……まあ、やむなしでゴザルな」
というわけで、蓮華堂。
「いらっしゃいませー、ようこそギルド『緋想院蓮華堂』へ!」
いつものように出迎えるルーチェ・ユスティニア・十六夜の声。髪の色やバストサイズは全然違うのだが、やはり姉妹だけあって顔立ちや声は母に似ている。辰馬は思い出し落ち込みしかけるが、そこは持ち直してこちらもいつものように話しかけた。
「おばさーん。なんかいい仕事ある?」
「辰馬……あんたさぁ、おばさんゆーなって何度言えばわかるかなぁ?」
「はいはい、おねーさん」
「昔はなー、おねーちゃんおねーちゃんってあたしの後ろについてきたもんなのに……」
「だから、ひとの覚えてない昔の話やめよーや、泣くぞ」
「泣きなさいよ。……まあ、それはさておき。1日で終わるクエストとなると、いまあんまりないのよねー……、近隣3校の生徒が夏休み前でこぞってクエスト受注してるから」
「そーなんか」
「まあ、イベント設営とかならあるけど」
「イベント……どんな?」
「えーとね、アイドルのコンサート。メインは……フミハウって娘」
「フミハウ?」
「へ? なに、知り合い?」
「あー、おばさん知らんのだっけ、明芳館学生会のひとりで、2学期からウチの交換留学生。歌姫って聞いてたが……実際芸能界デビューとかしてたんだな」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、これ受ける?」
「そーだな……お前らは?」
「いーんじゃねースか、面白そーだし」
「俺も異存ないです」
「拙者もOKでゴザルよー!」
「お前らフミハウに甘いもんな……まあ、おれもか。……んじゃ、このクエスト受ける」
「はいはい、よろしくー」
というわけで、辰馬たちはコンサート会場に向かった。
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