第40話 幕開け
ウェルス神聖騎士団の精鋭たちが、威嚇するように靴音を立てて洞窟内に踏み込む。その先頭に置かれるのはアーシェ・ユスティニア・新羅とラケシス・フィーネ・ロザリンド、戦力としての期待より、盾あるいは人質として押し立てるやりかたはおよそ騎士たる者たちのやりようではない。
「さあ、進め聖女たち。魔王の子を屠るのだ!」
意気揚々と権高に、ホノリウスが声を上げる。ラケシスはこの騎士団長に反発しか覚えないが、隣のアーシェは沈痛な表情のまま言葉を発さない。実の息子を殺さなくてはならない使命、苦衷察するにあまりあり、ラケシスも軽々に口を開けなかった。
「やはー……アーシェおばさん、退いてくれないかなぁ?」
最初に騎士団の前に現れたのは牢城雫。愛刀・白露(しらつゆ)の鯉口に手をかけながらも、どうにもやりにくそうだ。身内同然のアーシェと、教え子であるラケシスが相手。雫が熟練の達人・剣聖と呼ばれる練達とはいえ、普段の鋭鋒は発揮しえない。
「雫ちゃん先生……」
「雫ちゃん、そちらこそ下がりなさい。わたしは辰馬に用があります」
「うーん……そーいわれても、簡単にここを通すわけにはいかないんだなー……。ちょっと付き合ってもらいます!」
雫は鯉口を切り、刃を返した。峰打ちとはいえ手加減なしでやる気だった。ラケシスはその威圧にわずか気圧されてあとじさるが、アーシェは聖女の聖杖をふるって前に出る。
「雫ちゃんと喧嘩するのは初めてね……。魔力欠損症の身体にほとんどの魔法は効かない、となると体術で勝負だけれど……」
「遠慮しないよー、アーシェおばさん!」
雫が踏み込む。絶速から抜き打ちの抜刀、およそ尋常のレベルの相手なら胴を薙がれたことに気づきもしないままに意識を駆られる精妙の剣を、アーシェは聖杖を縦に構えて受け止め、威力を殺すと同時に聖杖を旋回させて崩しと同時のカウンター!
「っと! やるねー、アーシェおばさん!」
頭部を狙って突き出された聖杖を紙一重で躱し、雫は小さな旋風のように反転、勢いを乗せて再び胴薙ぎ。アーシェは聖杖で受け、弾き、がら空きになった雫のみぞおちに一撃を突き込もうとして……隙を作ったのが雫の誘い。上に跳ね上げられた上体に全身の発条を乗せ、袈裟懸けの一刀を叩きつける! 擦過の勢いで炎を帯びる剣先を、さすがにアーシェは受けずに下がって躱す。
「とりあえずはあたしの優勢、かな?」
「そうね……さすがに、体術勝負は分が悪い、か……」
雫とアーシェの打ち合いに、騎士たちは息をする間もなく戦闘に参加する隙も無い。ようやく間を外した二人に、忘れていた呼吸を取り戻し固唾をのむ。
アーシェが目を伏せる。
諦めたのでは、もちろんなく。
「「書、宝輪、角笛、杖、盾、天秤、炎の剣。顕現して神敵を討つべし、神の使徒たる七 位の天使。神奏・七天熾天使(セプティムス・セーラフィーム)」
流麗な声で神讃を紡ぐ。顕現する光の本流、雫は真っ向からそれを断ち切ろうとして、魔力欠損症の「ほとんどの霊的な力を無効化する」はずの身体が弾き飛ばされる。大げさに吹っ飛んだのは半分自分で後ろに飛んだからだが、半分はまともにもらった。雫の魔力抵抗を正面から上回ってくる、莫大な神力の保有量。さすがに新羅辰馬の実母、ウェルスの聖女の系譜の中にあって最高の才能といわれただけのことはある。
「あたた……、やっぱり一筋縄じゃあいかないよねー……でも」
頭を振って立ち上がる雫。パジャマのあちこちが裂けて痛々しいが、しかし雫はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。その刹那、騎士たちの後ろで騒ぎが起こった。
「!?」
「あたしがここで釘付けにしてる間に、隠し通路でみんなが後ろに回ったんだよー。みずほちゃん、お見事!」
………………
「ウェルス神聖騎士団の精鋭っていっても、後ろから奇襲されれば脆いもんよね。……一気に畳みかけるわよ、アンタたち!」
「おお、命令すんな!」
エーリカの号令一下、シンタ達3バカが吶喊する。この状況、エーリカも3バカも素手である。武器は握っていないが手近な騎士の兜をガポッと奪ってそれでぶん殴り、急ごしらえの武器にした。かろうじて混乱から立ち直ろうとする騎士には妖精・シエルが目つぶしの風塵を喰らわせ、同士討ちを演じさせて再び混乱に落とす。苦々しげに混乱を脱したホノリウスとテオドールスが剣を抜く間もあらばこそ、出水が石畳を泥濘に変えて動きを阻害し、シンタと大輔がそこに殴りかかる!
「く……舐めるなよ、小僧ども!」
ホノリウスは咆哮して剣を振り回すが、シンタ達もそれなりの修羅場をくぐってきた。騎士団長と副団長を相手に、ほぼ互角で渡り合う。さすがに地力は正規の騎士たちが立ち勝るが、押し負けそうになる寸前で巨大な光の剣が、シンタ達が現れたのとはまた反対側から飛来して二人の騎士をなぎ倒す。別ルートから現れたサティア・エル・ファリスの一撃だった。
「旦那さまが殺すなと仰せだから命は助けてあげる。けれど、抵抗するなら腕の1本くらいは覚悟することね」
「く……グロリア様の娘御ともあろうものが、魔王の子に尻尾を振るか!?」
「そうよ? 旦那さまはお母様よりもよっぽど偉大だからね」
「師匠!」
雫と対峙するアーシェに、ラケシスが声を上げる。騎士団は半壊、もはやラケシスは掣肘を受けることなく、となればラケシスを人質にされていたアーシェが騎士たちに従う理由はない。アーシェは聖杖を下ろし、雫も緊張を解いた。
「やははー、あぶなかった……。まあ、たぁくんとアーシェおばさんを戦わせるわけにいかないからねー♪」
「………………それでも、辰馬は……」
殺さなくてはならない。辰馬が世界に仇なす存在となるなら、もと聖女として看過はできない。
自分ではサティアに勝てないと感じ取ったホノリウスはテオドールスを供儀の羊として逃げを打つ。
「逃がしません! 二度とご主人さまの命を狙えないよう、徹底的に倒させてもらいます!」
その前に立ったのは紫髪に豊かな胸の少女、神楽坂瑞穂。瑞穂の技は炎術を基本とするゆえに狭い洞窟の中で使うのは危険を伴うが、齋姫としてほかの武器がないわけではない。サトリの力でホノリウスの精神内に入り込むと、そこで精神波を爆発させる。「がっ!?」耳から血を流して倒れるホノリウス。そのころサティアがテオドールスを危なげなく制し、エーリカと3バカも騎士たちを制圧完了した。
………………
ふう……、とりあえず、上手くいったか。指示出すのも疲れるよなぁ……。
最深部のホールで辰馬は息をつく。みごとな奇襲は観自在法でエーリカたちと瑞穂たちにルートを指示したからこそだ。
あとは司直に引き渡すとして、とりあえず一件落着か?
と、思っているところに雫たちがアーシェとラケシスを伴って現れる。辰馬の姿を認め、アーシェの表情が安堵と後ろめたさと緊張の入り混じった複雑なものになった。世界の安寧のためにこの息子を殺さなくてはならないという使命感、それとはまた別に息子を愛しく思う親心、このふたつがせめぎ合ってアーシェを懊悩させる。辰馬が心配顔になって一歩、前に出た。アーシェは弾かれたように怯えたようにビクリとし、そのまま来た道を後ずさる。
「かーさん?」
「辰馬……、ごめんなさい……!」
そのまま、アーシェは走り去る。雫と対等に渡り合える身体能力を持つアーシェに本気で逃げられてはそうそう追いつけない。母に拒絶された辰馬は茫然と立ち尽くすしかなかった。
………………
ウェルス神聖騎士団の精鋭たちは身柄を警察に預けられたが、留置所のホノリウスたちの前にローブの人影が現れる。
「自由にしてあげる。かわりに、私に力を貸しなさい?」
人影はローブのフードを外す。まだ二十歳を越えてはいないだろうと思われる少女の側頭部からは二本の角が伸びており、瞳は蛇のように瞳孔が縦に割れていた。竜種。
「そろそろ私も自分で動かないとね」
竜の魔女、ニヌルタはそう言って薄く笑う。姿を消したアーシェにニヌルタの暗躍、今回の波乱は新たな波乱の幕開けでしかなかった。
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