6章
第39話 正義の名のもとに
女神サティア討伐完了。太宰に帰還したその夜、蒼月館の男子寮、秋風庵。
サティアにたっぷり搾り取られて「属神契約」を果たした辰馬、当初こそ主導権を取ってノリノリだったサティアも辰馬の天性の技巧とスタミナの前にひいひい言わされる側にまわり、辰馬は歯止めをなくして苛烈に責め立てる。よつんばいにしたサティアの豊乳を後ろから揉みしだき、激しく腰を打ち付ける。辰馬の、華奢で可憐な容姿に似ず凶悪な肉竿は圧倒的な威力をもって創世神の娘神をいたぶり抜き、泣きよがらせた。
「あぅ……っ、も、もう無理です……旦那さま……っ!」
「はあ……はあ……まだまだ!」
「ちょ……無理、無理ですっ!」
「うるせーわばかたれ! お前から仕掛けといて泣き言ゆーな!」
「そ、そんなあぁ……っ」
さらに辰馬は後背位から身体を倒して背面騎乗位をとらせ、泣き言をいうサティアに自分で動かせる。サティアがためらうとぺしん、と尻たぶをひっぱたき、動くよう命じた。一度こうなると辰馬は相当に激しく、女神サティアは通常の戦闘力だけでなくベッドにおける辰馬の戦闘力にも屈服したわけだが。
……さておき、という感じで夜は更け。おかげで辰馬は眠ることなく済んだ。その感覚の網が敵意を捕え、辰馬は弾かれたようにベッドから身を起こす。
訓練された集団……素人じゃねーな、どこぞの傭兵隊か、騎士団か……。
そこまで考えて先日の話を思い出す。母アーシェ・ユスティニアが今頃になってウェルス騎士団とつながりを持っている、という話。であればこの気配の連中はウェルス神聖騎士団であり、母がその手引きをしたというのなら自分を魔王の子として討伐するに決したということか。
「………………」
「旦那さま?」
訝しげに覗き込んでくるサティアを目線で制し、辰馬は軽く瞑目、精神を集中して仲間たちに警告を発する。辰馬の術の根幹はヨーガのサンマヤ式であり、チャクラを回して究極的には宇宙との合一、宇宙知を目指す。そこまでのことは今の辰馬には不可能だが、不完全な観自在法でもこの場にいない仲間たちに声を届けることぐらいはできるのだった。
もっとも、これ相手からの声は受信できんからな……、ちゃんと伝わってるかどーかまでは確認できんのだが。マーキングしとけば映像は見れるんだが、さすがにそんな用意はねーし……。
テレパス能力者でない辰馬には、送信はできても瑞穂のような受信ができない。それでも今の場合ちゃんと伝わっていると信じて行動を起こすほかない。辰馬は手早く服を着て、秋風庵を出る。サティアも神力の衣服を纏い直して辰馬に続いた。
こっちが部屋を出たと知って、つかず離れずで追ってくるな……。勘違いならいいと思ったが、間違いなくおれが狙いらしい。
「ご主人さま!」
学生寮を出ていつもの通学路である【昊森(=そらもり)】に入ると、切迫した少女の声が響く。瑞穂はよほど慌てたのだろう、いつものように長い髪を後ろで束ねることもなく、正装である神御衣に着替えもせずパジャマ姿だった。その隣、こちらもポニーテールを結わずパジャマ姿の、だが緊張感なく生あくびをかみ殺している雫との対比が激しい。ついでに言うなら胸元のサイズ差もすさまじいものがあった。決して雫が小さいわけではないのだが。
「おお、聞こえてたか」
「はい……大至急、ということでしたので」
「あたしなんのことだかわかんないんだけどー……、みずほちゃんにたたき起こされたと思ったらまだこんな時間じゃーん?」
「しず姉には聞こえんのだよな、魔力欠損症だから……。瑞穂と一緒でよかった」
「アタシもいるわよー、たつま、なんなの?」
「オレらも参上っス。なんか切迫した声っしたけど……」
「エーリカ、シンタ達も。いまおれらは囲まれてる」
「!?」
「なんで、森の奥の洞窟に誘い込むぞ。おれらのホームグラウンドで迎え撃つ」
「あ、ホントだ……、完全武装の騎士さんが30人? この感じ……ウェルス神聖騎士団、だよねぇ?」
「よくわかるな、しず姉。おれそこまでわからんかったわ」
「まぁねー、集中しないとわかんなかったけど。んー……このひとたちかなりレベル高いかも。あのまま寮にいて寝込みを各個撃破されてたら危なかったねー♪」
「そーいうことだ。いくぞ!」
………………
「魔王継嗣とその使徒ども、移動を開始したか……」
「油断は禁物です。昨日ミヤシロの方角で上がった光の柱、あれは尋常の威力ではない」
魔王継嗣という言葉にこの上もない憎悪の感情を乗せて吐き捨てるウェルス神聖騎士団団長、ホノリウス・センプローニウスに、副団長テオドールス・アウレリウス・スキピオは諫めと注意を促す。が、魔族というものに対する敵愾心に燃え、可能な限り惨たらしくこれを殺すことこそ創世の女神グロリア・ファル・イーリスの御心にかなうと信じるホノリウスはテオドールスの慎重論を惰弱とはねつける。女神に選ばれた聖騎士、その最上位たる自分が敗れるわけなどないと、彼は根拠もなく信じていた。
「学園までの案内はしました。わたしたちの協力はもう必要ないはずでは?」
そう言ったのはラケシス・フィーネ・ロザリンド。蒼月館学生会副会長にしてウェルスの聖女見習いである少女は、いらだちを隠せない。自分が枷になることでこの人を巻き込んでしまった。すなわち新羅辰馬の母、アーシェ・ユスティニア・新羅を。
「………………」
アーシェは黙して語らない。だがその表情が青白いのは気のせいではなく、よくよく見れば美しい朱唇やととのった睫毛が震えている。「聖女と魔王の子が、世界を壊す」という予言、そして、辰馬を救おうとして騎士団に面従しているラケシスをなかば人質に取られて騎士団に強力しているアーシェだが、やはり息子を討とうとするホノリウスたちに対してどうしても好意的になれない。
「貴卿らにはまだまだ役に立ってもらう。魔王継嗣もまさか友人や母親を巻き添えにはできまい?」
ホノリウスは酷薄に嗤う。ラケシスとアーシェを盾に使うつもり満々だった。騎士の誇りの微塵もない愚劣なやりかただ。アーシェの伏せた睫毛がより強く震える。こんな下劣な男が標榜する正義のために息子を売ってしまったことを、今更ながらに後悔した。世界を壊すという予言が真実だとして、やむなく息子を討つのにウェルス騎士団の力など借りるべきでなかった。
「先代聖女アーシェ・ユスティニア。貴卿は自分が息子を殺す、そう宣言した。その心を違えはすまい?」
「わかって……います……」
アーシェ・ユスティニア・新羅の懊悩。美女の苦しむ姿を見て、ホノリウスは嗜虐的な笑みを浮かべる。この性質こそが世界宗教ウェルス-グロリア神教の本質だった。女神グロリアは絶対なる創世神であり時間と空間を支配する竜の女帝だが、残念なことに人間のよき庇護者ではない。彼女にとって人間はヒマつぶしの駒、モルモットに過ぎず、そのもがき苦しむ様を見るのが楽しみという悪辣な心根を本性としているのは娘神であるサティア・エル・ファリスが宮代で行った『実験』を思い起こせば明瞭である。世界中に【使徒】を放って不和の種をまき、狙いすまして戦争を起こし、人間の怨嗟と苦しみを見て喜ぶのだ。人間の喜怒哀楽そのすべてが、グロリアにとっての享楽にすぎない。
なので、グロリアの忠実な信徒であるホノリウスが人品賤しい下衆であることは当然であるともいえた。アーシェ自身16年前はグロリア神教の教義になんらの疑いを持つこともなかったのだから、洗脳というのは恐ろしい。このアルティミシア大陸のほとんどすべての人間が、その洗脳を当然のものとして受け入れているのがさらに恐ろしい。
「包囲を詰める。油断なくな」
………………
「きゃっ!?」
「みずほちゃんだいじょーぶ? あたしの手ぇつかんどきんさい」
「は、はい……すみません、牢城先生」
瑞穂が足をもつれさせたのはすでに何度目か。見かねた雫が手を貸すが、動きが鈍るのはどうしようもない。可及的速やかに洞窟に入り、騎士団を邀撃したいわけだが、なにぶんにも夜中の森というのは視界が悪く、夜目のきかない人間にとって歩行を阻害されるだけでなく根元的恐怖を惹起する。
「まあ、大丈夫だ。向こうは余裕こいてゆっくり詰めて来てる。いまここで強襲されたらそれが一番怖いところだが、それはないみたいだからな」
「でもさー、たぁくん。ウェルス騎士団ってことは、アーシェおばさん……」
「あー。最悪の場合も考えんといかんな。かーさんと戦いたくはねーが……」
と、言っているうちに洞窟に到着。もともとゴブリンやオークと言った小鬼が住んでいた洞窟だが、そこは冒険者育成校蒼月館の敷地。小鬼なんぞは当然討伐対象であり、たちまちきれいに片されてここは学生たちの憩いの場になっている。ホール状の広間はちょっとしたコンサートが開けるくらいの広さがあり、そこに達するまでの道は通常のルートなら平坦だが隠し通路の小道には隠れて侵入者を奇襲できる場所がふんだんに用意されている。
「さて、そんじゃ、反撃開始といくか!」
仲間たちを各所に伏せて、辰馬は広間にあぐらをかく。観自在法で同時に仲間たちの状況を把握、指示を飛ばす。指示は出来ても返事が聞こえないので完全な通話にはならないのだが。
………………
「洞窟か。魔の徒が籠るにふさわしい薄汚い場所だ……。さて、グロリア様の正義のもとに、一挙鏖殺といくか!」
こちらも包囲網を縮めたホノリウスが、30人の騎士に下知を飛ばす。最前線にラケシスとアーシェを押し立て、騎士たちは殺到した!
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