第38話 焉奏・輪転聖王
サティアの猛襲。土地神を殺して得た女神の精髄、その力を持って増幅した速力でもって一気に接近し、光剣クラウ・ソラスを爆裂させて決着をつける。この戦闘スタイルに女神は絶対の自負を持っていたが。
当然、新羅辰馬には通用しない。
引き込み、躱し、打ち込みと光剣爆裂のタイミング差の間、膝蹴りを脇腹に打ち込む。
「かぅっ!? こ、この……!」
虚を突かれ、蹈鞴を踏むサティアに今度はこちらから踏み込む辰馬。踏み込みと打ち込みは一挙動で同時、動きにつけいる隙を与えず、あご先への掌打、転じて肘打ち、さらに膝蹴りから、上段回し蹴り。洗練され研ぎ澄まされた、格闘の教本通りに無駄のない動き。歩を出したときにはすでに攻撃が終わっており、また打ち込みは常に対角線で最小限の動きにとどめる。
「格闘術……人間、ごときの……!!」
サティアは強引に辰馬の攻撃のコンビネーションを割ろうとして、ふ、と辰馬が身を沈める。
「!?」
「シッ!!」
両足をまとめて、なぎ払う掃腿。もちろん一撃で終わるはずがない。そこから跳ね上げの蹴りで高く打ち上げ、二段の回し蹴り、さらにだめ押しのかかと落としで地に叩き落とす! 一呼吸の間に瞬点の5連打。着地、残心。
「人間ごときの格闘術が、どーしたって?」
そう言って挑発してのける。真なる創世の神シヴァ、魔王オディナの力と記憶を呼びだし自分のものとしながら、辰馬が拠って立つところは神魔のそれではなく人のそれ、新羅江南流。当然、神と魔王の力があって初めて女神サティアに匹敵できているのは間違いなく、それを使うことに躊躇もないが、辰馬は神魔の力というものに溺れない。それは自らの力に酔いしれ陶酔し耽溺したサティアとは完全なる真逆。
「く……ぁ、あ、痛い、痛いぃいいぃ! こ、こんな、ひどい、わたしは……女の子なのにいい~~~ぃっ!」
突然、身をよじって苦しみ出すサティア。これまでの辰馬の行動パターンから、こう出れば隙を見せると踏んだ。
案の定、つかつかと寄ってくる辰馬にサティアは光剣を突き立て……ようとして空振り。その側頭部に掌底がたたき込まれる。
「あぐぁ……っ!?」
「バレバレなんだよ。演技するなら剣ぐらい置け、ばかたれ」
「く……」
それでも。一応は心配して寄ってきた辰馬を間合いに入れたことで、この瞬間サティアは優位に立っていた。自身の神力を光剣クラウ・ソラスでさらに増幅、増幅した神力を地に打ち付けて、周囲に膨大なエネルギー波を巻き起こす!
「ち……」
辰馬はその衝撃波を一人で背負い込む形になった。自分一人で戦っているならさておき、この近くには瑞穂や雫やエーリカや仲間たちがいる。それを巻き込まず今の一撃をしのぐには真っ向で受け止めるほかはなく、真っ向で受け止めたからには創世の神と魔王の力を持ってしても無事では済まない。
片膝をついた。
「はは……ははは! 一時はどうなることかと思ったけれど……やっぱり! わたしの勝ちね!」
………………
くそ……しくった……。
辰馬はそのまま、力なくうなだれかけ。
『わたしの神奏とあなたの焉葬、ふたつを併せて焉奏』
? かーさんの、声?
目の前に幻が見える。それはかつて17年前の魔王の記憶。女神グロリア・ファル・イーリスを打倒する力を求める「終焉の銀の魔王」オディナ・ウシュナハに、当時16才の聖女アーシェ・ユスティニアが啓示を与えた一つの鍵。
あ、いかん。この先濡れ場になるわ。
辰馬はそこで無理矢理に意識を覚醒させる。幻視の世界であれ実父と実母の濡れ場など見たくはない。
まあ、「焉奏」のやりようはだいたい分かった。
うし。
………………
「……今ので、立つの?」
残党を始末しようときびすを返しかけたサティアは、ゆら、と立ち上がった辰馬に愕然とする。完璧に致命の威力だったはず。よしんば魔王の霊威が所有者を守るべく本能的に発動したのだとして、そうそう、簡単に動けるところまで回復するはずがない。
これは辰馬が腕に巻く安っぽい腕輪の力だった。夏祭りの縁日で「みんな仲良くすること!」という初音の願いを受け、エーリカが買ってきた腕輪。これに辰馬はいつも霊力を注ぐ封石と同じ要領で力の一部を注ぎ、いざというときに自分のダメージの何%かを肩代わりできる霊具に、この玩具を仕立てていた。ここにはいない初音たちの力も、辰馬は背負っている。
「おれは一人で戦ってねーから……さあ、決着といこーや、サティア。もう一発、今のを打ってみろ。それを突き破って……おれが勝つ!」
辰馬はここでようやく、氷の短刀・雪王丸と焔の短刀・女郎花を抜く。斬るべきは肉ではなくして魂。
「いいでしょう、死に損ない。今度こそ、引導を渡してあげる!」
「やってみろ!」
サティアが仕掛ける。光剣クラウ・ソラスを起爆剤とした神力の超爆発、であれば名付ける名前はこれしかない。彼女自身が生まれ落ちた、その領域から。
「常若の神の国<ティル・ナ・ノーグ>!」
辰馬は膨張する光の奔流に身を躍らせ、剣光二閃。
「嵐とともに来たれ! 焉奏、輪転聖王<ルドラ・チャクリン>!」
ここに辰馬の中の神力と魔力が完全に融合、本当の意味での「盈力」となる。極限まで引き絞られた盈力の閃光は二つ絡み合って、金銀黒白、一条の曳光を引く。神力による「神奏」でもなく魔力による「焉葬」でもない、両者交わるところ故に「焉奏」。過去に存在した、そして未来に存在するありとあらゆるエネルギーを超越した大破壊力が、狭い空間の一点、辰馬とサテイアの激突し、交錯するその場に炸裂し。
その日。
天つく黒白の光の柱を、世界中の人々が見たという。
………………
しばしの空白の後、新羅辰馬は目を覚ます。全力を使い果たし、すでに魔王の力も黒翼も消えている。が、一度手にした境地を忘れることはない。
「ふう……」
一仕事、やりきった思いでため息。と、そこに映り込むのはシンタこと上杉慎太郎のどアップ。キスできそうなくらいの距離にぎょっとして辰馬が飛び退くと、
「辰馬サン、ケツ触らせて!」
「あぁ゛ぁ゛!?」
いきなりな言葉に、辰馬は疲労困憊から一瞬で回復、シンタの顔面に蹴りを入れる。
「げぶぅ!?」
「なにいってんだお前、ばかたれ!」
「いやだってオレ頑張ったんすよー?」
「やかましい! おれだって頑張ったわ!」
「主様、起きたでゴザルか」
次にやってきたのは出水。いかにも疲れたという感じで、辰馬たちのそばにぐたりと腰を下ろす。
「おお、出水。結構無茶したか?」
「寿命が縮む思いでゴザルよ~、まあでも、新しい話のタネができたのでこれはこれで」
「そか。んで、大輔は?」
「筋肉ダルマでゴザルかー……」
「あー、あいつは……」
「? なんか、あったのか?」
「まあ、あったっちゃあったんスよ……」
「ちょ、もったいぶんな! なにがあった!?」
心配で青ざめる辰馬。その正面に、
「彼女が出来ました」
現れた大輔には女子大生くらいの少女がより添っていた。
「は?」
「いえ、見ての通りですが」
「……誰?」
「長尾早雪さんです。先ほどまでは神使ラティエルという名で」
「あ、あー……神使……」
「先ほどは、女神に操られてとはいえ大変、申し訳なく……」
そう、頭を下げる早雪はこちらが恐縮するほどにしおらしい。実母アーシェしかり雫しかり、年上にどうにも弱い辰馬は一緒になって頭を下げるほかはなかった。
「いや、そらいーけど……へえー、大輔に……」
「まったく、なんでこのダルマがモテるんだよ、世の中不公平っスよねぇ」
「お前には林崎がいるだろーが」
「はあぁぁ!? 誰があんな貧乳! 辰馬サンなに言ってんスか!?」
「やははー、シンタくんも案外、素直じゃないとこあるよねー♪」
「シンタさあ、アンタ、バレバレなんだから正直になりなさいよ」
「上杉さん、おめでとうございます……」
雫、エーリカ、瑞穂も登場して、シンタに生暖かい台詞を投げかける。シンタはのたうち回り、いかにも不愉快そうに呻いた。
「くああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~! なんでみんなして……!」
「まあ、それはどーでもいいとして。あいつだなぁ」
辰馬は離れた場所に倒れる女神サティアを、あごで示す。
「あぁ……う……」
「幽世結界が、解けます」
瑞穂の言葉が引き金になって。
ここ4年来、宮代の村を覆い尽くしてきた薄紫の天蓋が爆ぜて消えた。
「捕縛して司直に突き出すとして。こいつがまた悪さできんよーに神力封じるって、出来るのか?」
「ヒノミヤの祭儀府、呪術の神月家が蔵する封神符であれば」
「神月って……」
「はい。神月五十六、わたしの仇敵です……」
「……そか。なら、神月を倒さにゃならん理由が一個増えたな」
痛ましげに言う瑞穂に返して、辰馬は意思を新たにする。戦いの日々は終わらない。瑞穂の仇、神月五十六を倒すまでは。
「にしても……エロい格好っスよねぇ、この女神」
シンタが言って、
「で、ゴザルなあ」
出水が応じる。
「お前たち、レディの前だぞ」
大輔がたしなめるが、
「やっかましーんだよ、クソダルマ! 紳士ぶってんじゃねぇーぞエロ介!」
「おま……誤解を招くことを……っ!」
逆に噛みつかれた。
「それで、この子どーすんの?」
「……殺し、なさい……」
エーリカのつぶやきに、返ってくる力ない声。いつの間にか目覚めていたサティアは弱々しくそう言い、辰馬たちは一瞬、再戦かと身構えるがサティアにその力はない。輪転聖王の威力はサティアの女神としての霊威、威力、権能、それらを根こそぎに吹き飛ばしていた。もとの絶大な力を復活するまでには、数ヶ月から数年はかかるだろう。
「……この地で力を蓄え、母を超えるという望みも淡く潰えたいま、生きていても仕方がありません。殺しなさい」
「んー。簡単に死ねるとか思われてもな……」
そこに。
「「「そのとおり!」」」
突然割って入った、男たちの胴間声。村の男衆100人ばかりが、辰馬たちを囲むようにならぶ。
「簡単に死なせてなぞやるもんかよ! そのクソ女、メチャクチャにブチ犯して徹底的にわからしてやらんと気が済まんわ!」
一人がそう気炎を上げると、ほかの連中もそうだ、そうだと追従する。
「復讐だ! ズタズタにして村の軒門に晒してやる!」
「あ゛ぁ!?」
聞くに堪えない下品な野次に、辰馬がいらつきをあらわにすると、
「かばい立てする気か!? この女を倒してくれたことには礼を言うが、邪魔するなら貴様たちもただではすまさんぞ!」
「あんなぁ、おれはそーいう薄汚い感情のためにこいつ倒したんじゃねーんだよ。おまえらホントしばくぞ?」
「たぁくんマズいよ? この人たち本気だし、殺しちゃうわけにいかないでしょ?」
雫が辰馬の袖をちょちょいと引いた。しかし辰馬は引かない。サテイア戦ですらまだどこかぼんやりしたところがあった表情には明確な怒気があった。この村人たちの他力本願と身勝手ぶりに、どうしようもなく怒りがこみ上げる。
「やかましーわ! つまんねーことガタガタ言うなら、一般人でも殺す! 報復とか復讐とか、お前ら理由つけて女犯したいだけやろーが!」
雷鳴のごとき一喝に、男たちの気勢がそがれる。辰馬はその隙に乗じ、倒れるサティアを抱き起こすとぐいと思い切り抱き寄せた。
「こいつはおれの女だ、手ぇ出す奴ぁ殺す! 文句あるやつぁかかってこい、一瞬で塵にしてやる!」
声高に叫ぶと、腕の中でサティアが顔を赤らめ、辰馬の薄い胸板に顔を埋めた……のだが、辰馬はそれに気づかない。
先ほどの光の柱……輪転聖王を見せつけられて、村人たちも徹底的に高圧的には出られない。辰馬たちは感謝されるどころか恨みがましい瞳で睨まれながら、宮代を追い立てられることになった。
………………
「あー、クソが! なぁーにが報復だ、ばかたれ、ばかたれ、ばかちんが!」
櫟まで戻り、汽車に乗っても辰馬の憤然は収まらない。普段のぽやーとした辰馬からすると信じられないほどの怒りようだった。
「たぁくん、静かに。汽車の中だからねー」
「だってなぁ……あげんこと言われると、なんのために戦ったのかわからんくなる……ホントに、守る価値あったんかな、人間……」
「それはたぁくんが決めることだけど。まぁ一面だけ見て決めちゃダメなんじゃないかなー」
「そら、そーか……。んで、サティア? おまえなに黙ってんの?」
「は……は、は……ひゃい……。あの……新羅、さん?」
「なんだよ」
「わたしのこと……『おれのもの』って……」
「あー……あれか。そーでもいわんとおさまりつかんかったからな。別に拘束するつもりじゃねーから、気にしないでいい。まあ、数年は罪を償って、牢屋暮らしになるとは思うが。その先は好きにすりゃいーんじゃねーの?」
「そ……そう、ですか……。はい……」
何やら残念そうに縮こまるサティアに怪訝な視線を向けるも、辰馬は消耗と汽車の揺れに眠気を誘われ、眠りに落ちる。
………………
そして、蒼月館男子寮・秋風庵で目覚めると。
サティアがいた。
「おぉおぉあ!?」
「旦那様、大声を出されては傷に障ります」
サティアは宮代での傲岸さはどこへやら、おとなしくしおらしく、それでいて積極的に辰馬に迫る。もともと女神だけに絶世の美女であるサティア、それに扇情的な衣装で迫られて、戦時でない辰馬は別の意味で興奮してしまう。辰馬の分身が固く高ぶりを感じ始めたのを確かめて、サティアはにこりとほほえんだ。
その笑みに不穏なものを感じて、辰馬はすささとベッドの上を逃れようとするが。
熱っぽい瞳のサティアはぐいぐい追ってくる。普通に全身と後じさりでは、どうやっても後じさりに分が悪い。
「あ、あの……サティ、ア……? これなに?」
「属神契約です♡」
「ぞくしん……?」
「はい♡ 旦那様の属神になって、一生従えていただきたく思います♡ そのために、契りを……、お情けを、下さいませんか?」
夢見る乙女の顔でうっとり言って、最後は不安げに上目遣いのサティア。情けを乞うている態度なのだが、端々にどこか捕食者の雰囲気があって怖い。恐怖に震える辰馬の着衣をサティアは優しく脱がし、自分も扇情的なキトンを脱ぎ始め……、
「ちょ、待て待て、待って……ぅっぎゃーっ!?」
………………
…………
……
そうして、辰馬は女神との契約を果たした。
それはさておき。
………………
その頃、アカツキ王城、柱天。
「お呼びでしょうか、宰相閣下」
「うむ。先刻、宮代の方角で発した光の柱は?」
「はい。わたしのほうでも観測しました。盈力です」
「新羅辰馬。魔王と聖女の子、か。蓮純の甥ということでこれまで放置していたが、あれほどの力を見せつけられてはほったらかしというわけにもいかん。猛獣には縄をかけておく必要があろう」
「はい。では、晦日美咲、引き続き内偵を続けます。いざという時は……」
「消せ」
密偵少女が去った後。宰相と言われた男……アカツキ皇国宰相・本田馨綋は執務室の椅子に深く座り直し、眉間のしわをほぐした。
「アーシェ・ユスティニアの予言……、あれが世界を壊すことがなければ、それが一番よいのだが……」
………………
さらに同じ頃。
ラケシス・フィーネ・ロザリンドとアーシェ・ユスティニア・新羅は、宮代の方角で上がった光の柱に目を奪われた。
「きれい……なんて……神々しい……」
「あれは……あの人の……」
聖女ふたりはそうして、盈力の奔流を神々しいものと受け止めるにもかかわらず。彼女らに随行するウェルス神聖騎士団の面々の受け取り方は明らかに違っていた。彼らにとってもっとも尊貴なるは女神グロリア・ファル・イーリスの「純粋な」神力の光。魔力と融合してなんとも知れない力になった神光など、邪悪の象徴としか感じない。
「やはり、魔王の皇子。我が剣にかけて、必ず討ち果たす……!」
神聖騎士団団長・ホノリウスはそう言って、魔皇子討滅の誓いを女神に捧げる。
………………
さらにさらに同刻。
「女神様も案外、だらしなかったわねぇ。もっとも、盈力なんていうものがそもそものイレギュラー。仕方ないかも知れないけど」
薄暗い玄室。
赤毛の少女はそう言って、楽しげに嗤った。
緋の瞳は竜眼、こめかみからは竜角、背中には竜翼。紛れもない竜の相。
「まあ、女神様の仇はあたしが討ちましょう。皆さんどうぞ、盛大に踊ってね。この魔女の旗の下に」
竜の魔女、ニヌルタ。それが彼女の名であった。
黒き翼の大天使・第1幕1章「女神サティア篇」了
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