第36話「おはよう、ご同類」
牢城雫とラティエル=長尾早雪。
かたや修練成果の肉体の力で、かたや女神から借り受けた天使の力で。
その力は伯仲する。
ラティエル=早雪が光弾を放ち、雫がそれを斬り捨てる。雫が間合いを詰めて斬撃、ラティエル=早雪は空間転移で雫の背後をとり、刺し貫こうとしたときにはまた、雫がラティエル=早雪の背後に回る。
二転三転。攻守めまぐるしく入れ替わり、留まることがない。
「ふむふむ。光弾と、空間転移。ほかにはー?」
「軽々に手の内を明かすはずがないでしょう。……けれど、お見せしましょう。剣の舞を!」
ラティエル=早雪は雫からやや距離を置くと、剣を地に刺し動きを止める。
「んん?」
「微塵になりなさい、牢城雫!」
次の瞬間、周囲を埋めつくす光の刃、刃、刃。数百数千におよぶ光の刃、それ自体に雫を殺傷する力はおそらくない。そもそもからして雫は魔力欠損症。よほど馬鹿らしい神力魔力で押し切られないかぎりは魔術が通用しないのだから。先ほどのラティエル=早雪の一撃にしても普通の人間なら致命傷のところ、雫が受けたのは魔力でというより衝撃波によるダメージだけだった。
なので魔力塊をどれだけぶつけられようと脅威ではないのだが。
今回ラティエル=早雪が宙を回せる光刃には、実態がある。おそらくは強力な念力による物体操作。砂鉄を操り刃にし、それを数百数千同時に、無軌道とも見える中、精緻にコントロールしてのける演算能力は天使と融合した神使ならでは。
「防げるものなら、防いでみなさい!」
叫び声と同時に、雫へと殺到する数千万の刃を。
雫は後退せず、前進。すべて叩き落すことは不可能と諦め、自分に致命傷を及ぼす恐れのある攻撃だけを薙ぎ払いつつ前に前に進む。
ラティエル=早雪の脳裏に恐怖が過る。いくら致命傷を避けているといっても、恐怖と痛みは避けられないはず、身がすくみ動きが鈍るはずなのに、雫の動きにはそれがない。なぜか、と思ったそのときには雫の太刀の間合い。
「りゃっ♪」
かわいらしい気合の声とは裏腹、ものすごい剣圧の胴薙ぎ。峰打ちでなかったならこの瞬間にラティエル=早雪は絶命しているはずであった。反対側まで吹っ飛ぶラティエル=早雪より先に、それこそ空間転移でもしているのかというほどの速力で先回りした雫が、さらに斬、その場でバウンドさせられたラティエル=早雪に断!
一撃を食らうごとに、ラティエル=早雪は魂ごと裂かれるようなダメージ。対する雫は全身に擦り傷はおうものの、深刻なダメージはなし。役者が違った。
「さー、雫ちゃんおねーさんのおけーこはまだ終わんないよー? それとも降参しちゃうかー?」
「馬鹿な。この程度で降参するわけがないでしょう……とはいえ、ひとつ聞きましょうか。あなたの暴虎馮河、あれはどうした心の作用です?」
「んー、たぁくんが信じてここを任せてくれたし? 負けるわけにはいかないよねーってゆーか。まあ、わかりやすくゆーと」
「いうと?」
「愛の力!」
どーよ、と言いたげに、胸をそらしてのける雫。ラティエル=早雪は数瞬、呆然と口を開けたが、すぐに笑い出した。その笑いはやがて狂笑と化す。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ! 愛だの恋だの、下らないんですよ! 愛で世界が救えますか!?」
ラティエル=早雪は瞬時に神力を練り上げる。念力で地中の鉄を収集、それを巨大なひとつの塊……この世界でもっとも巨大な怪物、竜を形成。竜は鎌首をもたげて雫に襲い掛かり、しかし剣閃ひとつで斬り伏せられる。ラティエル=早雪は自分の失策を修正、大物量を一度にたたきつけるにもっと適したモノを想起し、その姿を取らせる。すなわち汽車の形を。
「ふふーん、来んさい、勝負してあげる」
「挽肉になりなさい!」
念力に操られた汽車は一直線に雫目掛けて突進し。
そして。
真っ二つに裂かれて、形を保てず砂鉄に戻り、落ちる。
「そん……な……」
「決着だよ!」
そのまま、前に突き進む雫。ラティエル=早雪はかろうじて防御、それを雫の太刀が押し崩して、二の太刀を浴びせ。そこから、切り下ろしの手首打ち、さらに胴薙ぎ、続いて反対からまた胴を薙ぎ上げ、中天に抜けた刃を天から切り下ろす! 瞬間に六斬撃を受けて、ラティエル=早雪は轟沈した。
「愛で救えないものはたくさんあるけど、愛でしか救えないものもたくさんあるんだよー、早雪ちゃん?」
………………
「くぁ……ち、このゾンビどもやったら強えぇ……」
シンタが呻く。甘粕の斬撃を受けて、紙一重で回避したものの背筋が凍る。この4人のゾンビたち、もとの実力なのか女神に与えられた力なのか、およそ僻地の村に閑居するもと冒険者、というレベルを超えていた。京師太宰にもこれだけの使い手がどれだけいるか。
「強いのもアレだが……スタミナがバケモノだ。何度殴っても……」
大輔が柿崎を殴り倒し。すぐに何事もなかったかのように立ち上がる相手に辟易する。これまで同じだけの手ごたえをすでに10発は与えているのに、向こうはまったく消耗がない。
「赤ザル、筋肉ダルマも、陣形崩すなでゴザルよ! 拙者がこれ、操りの糸を断つでゴザルから!」
「そーよアンタら! しっかりヒデちゃんの盾になりなさい!」
「盾とかゆーなガトンボ! とにかく、わかってっからさっさとやれよ、デブオタ! トロトロやってたら全滅だっての!」
シンタたち3人はかなりの苦戦中だった。相手が不死兵でなければすでに勝ちを決しているはずなのだが、相手が倒れてくれない、という時点で戦闘は通常のそれではなくなる。延々と、いつまでも敵と殴り合わなくてはならないのだから苦しいなんてものではない。
「……もーな、いっそこのダガーで刺し殺そーかなとか思う……ま、やらんけど」
「そーだな。俺も殴り殺したい気分になった。……当然、実際殺りはせんが」
とは言いながら、精神的に蝕まれているのは間違いなかった。向こうが全力で殺しに来ているときに、こちらは力をセーブしなければならないというのは相当につらい。
その間、出水は霊的根元を探る。女神サティアが直接に彼らを操っているとすれば、もはや殺す以外に手はないとして。
おそらくそれはあり得ない。わざわざ末端にまで女神が目を光らせていられるのであれば、そもそももっと効果的に辰馬たちを殺しに来たはずである。ならば女神は完全ではなく、ここで不死兵を操っているのも、おなじ不死兵たちの一人。
それを最初、出水は直江と見定めたがこれは空振り、霊視の眼を直江から宇佐美に移し、宇佐美から霊力の糸が仲間たちに伸びるのをみつける。そこから始まる、出水と宇佐美の霊力の綱引き。力は拮抗し、どちらかといえば宇佐美の側に優位であったが。
「シエルたん、力を貸してほしいでゴザル!」
「うん、いーよ……優しくしてね、ヒデちゃん♡」
シエルの助けを得て、出水はぶよっとした丸顔に勝利の快哉を浮かべる。興奮で息が荒くなるのを感じながら、高らかに祝詞を上げる。
「
出水秀規という男はただのデブではない。もともとが太宰の神職の血筋であり、将来を嘱望され天才児と呼ばれたこともあったのだ。あまりに強すぎる性欲の処理にエロ小説を書き散らかした結果家を追われた荒淫癖のバカではあるが、神力を持たない男にしてはかなりに高い霊力を備える。八掛法術は桃華帝国から流れてきた鬼道の流れをくむ、出水家家伝の技であり、出水の卦は坤卦すなわち大地の徴。そこに豊かな水の卦「兌」を掛け合わせることで導かれる地澤臨は豊かさと幸運を意味し、一時的に神がかり的な強運を出水に与える!
宇佐美が怪訝げに片眉を上げる。それまで押していたはずの力の綱引き、その主導権を出水に握られつつあった。受ける強烈な霊力波に、女神の力を受けた宇佐美ですらその身を焼かれそうになる。
翻って、出水自身の受けるダメージはもっと深刻だった。女神から力を授かった相手に真向の霊力勝負を挑むのだから当然と言えば当然だが、一瞬ごとに魂が焼き切れるほど、沸騰するほど。耐えがたい痛みと衝撃に泣き言を言いたくもなるが、そこを食いしばってこらえる。ここでへたれてはこの場にいる資格がない。
「截!」
九字を切り、手刀で横薙ぎに払う。と、それまで重苦しく場を支配していた悪い気が、幸運の気に払われて霧散する。
「今でゴザルぞ、シンタ、大輔えぇ!」
「っしゃあ!」
「おお!」
こうなってしまえば、シンタたちが負ける気づかいはなかった。それまでのうっ憤を晴らすかのように解き放たれた二人は再生力を失った4人をたちまち制圧、勝利を飾る。
「敵ではなし!」
「そうだな。もう一度やれと言われたら、ごめん被るが……」
「っけどさぁ~、このオッサンたち、このままだと死ぬんかな?」
「で、ゴザろうなぁ。女神の力の供給を断ったわけでゴザルから。一度死んだ連中は死ぬしかゴザらん」
「それって後味悪りぃよな……」
「確かに、な……」
シンタと大輔が、続けて出水を見る。そしていまこの場に術者は出水以外いない。
「じゃあお前たち、アレ出すでゴザル!」
「アレ?」
「あれだろ、新羅さんから預かった、封石」
シンタと大輔が出水に封石を渡し、出水はそれを開封。染み渡るたつまの盈力は当然ながら、出水のキャパシティを超える。およそ常人術者の限界を超えた力に満たされながら、出水は力をふるう。
「魂が完全に壊されていたら主様にだって不可能なことでゴザルが、魂がこの体に残っていて、いまのこの力があれば拙者にもできるはず……女神の干渉力をはがして、肉体を賦活、精神力を活性化して……」
手順を口述しながら、術を施す出水。「命を与える」系統の術は辰馬だって苦手とするところだが、今、凝縮された辰馬の盈力と出水の中にある神職の血と技能があることでそれを可能とした。四人の被害者は死者から血色を取り戻し、人間へと立ち戻る。
「あとは、少々衝撃を与えてやれば。筋肉ダルマ、ちょいと活を入れてやるでゴザるよ」
「おお。そんじゃ……ヌン!」
大輔が宇佐美を座らせ、背に回ると活を入れる。
「うぐ!? ぅ……私、は……? 君たちは?」
「っしゃ、生き返った! どーでぇ見たかクソ女神!」
「ふう……気力体力精神力、あれだけつぎ込んで徒労だったらどうしようかと思ったでゴザルよ……」
「君らはなんなのだね? 私は……暴虐の女神を倒そうと、直江たちと……」
「覚えてねーならそのほーがいいでしょーよ。あとは辰馬サンに任せて」
「……よく、わからんが。村長と早雪さまは、無事なのかね……?」
「たぶん? 早雪って雫ちゃん先生とやり合ってるあの天使女だよな。まあこっちは大丈夫だとして、村長さんは……どーかな?」
「まあ、この先は新羅さんに任せようや」
「で、ゴザルなぁ。とりあえず、拙者はしばらく寝させてもらうでゴザルよ。疲れた……」
「そーだな。今、辰馬サンとこに駆けつけても、役に立てるわけじゃねーし」
「そういうことだな。ま」
ここで三人、呼吸をそろえ。
「「「あの辰馬サン(新羅さん、主様)が、負けるわけねーし!」」」
自信満々、そう言った。それは信仰にも近い絶対的な信頼の言葉であり、神魔というものが信仰と畏怖を糧にして力を増すものであるのならば、まちがいなく辰馬のもとへ届いた。
………………
そして迷宮の果て、長尾邸。
ここにたどり着いた新羅辰馬はガーディアンたる神使の群を撃退し、さらなる迷路になっている邸内を進む。
そして。
狭いはずの邸内を行くこと1時間ほど。
奥の間に到達した辰馬は、青い髪の女神に出会った。
辺境の小神とは絶対的に違う、神力の霊圧。そして女神は、美しい顔で美しい声で、こう言った。
「おはよう、ご同類」
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