第35話 寒村宮代

 辰馬たち一行は宮代までやってきた。


 が、入れない。


 歩いてどんなに近づこうにも、村は蜃気楼のように遠ざかる。


「創神の幽世結界か……なるほど、このあたり一帯。確かに大した神力だが……」

 辰馬が念を込めて、空間を殴る。と、きぃん……という音がして空間が割れた。


「行くぞ、みんな」

 かくして、一行は宮代に潜入を果たす。


「中も結構、迷路でゴザルな……」

「だな。はぐれんように気をつけんと」

 出水と大輔が呟く。村の中はアカツキの寒村、というふうではなかった。建物も道路も、木造の玄道(和風)建築ではなく西方の古い神殿造りの迷路。わかりやすく言うなら古代ギリシアのクレタ島、クノッソス迷宮を思わせるものであり、風景を変容させた女神サティアの出自が西方にあることをうかがわせる。


「ここに糸、くくりつけとくねー?」

 さすがに教師、雫が適当な柱に絹糸を巻きつけ、反対側を自分の手首に巻く。迷ったらこれを辿って戻ってくればいい、というわけだ。とはいえこの空間自体サティアの意のままの幽世結界の一部。冒険者必須の迷宮対策もどれほどの効果があるか、わかったものではないが……。


………………


「空気が、重いですね……」

「そーね。なんか苦しい感じ」

 しばらく歩くと瑞穂とエーリカが頭を振る。女神(瑞穂にはホノアカ、エーリカにはヴェスローディア主神ロイア)の加護がある二人にとって、より上位に位置する女神サティアの神気は重圧を感じさせるものであるらしい。辰馬も頭の中をかるくかき回されるような異物感・不快感を感じ、ふうと息をつく。


「いやな感じだ。さっさとクソ女神ぶちのめして、この悪い気払っちまうぞ」

 そう言う表情も、わずかに固い。本能が「創世女神」という圧倒的存在への畏怖を覚えていた。


 さらにしばらく。

 小さな遭遇戦に関して描く必要はないとして。


 開けた場所に出た。蒼月館のグラウンドよりは2まわりほど狭いか、それでも数十人から100人くらいが縦横に暴れまわって十分なスペース。ちょっとした盆地であり、手前には木々生い茂る丘。


 そして、辰馬たちが広場の半ばまで進んだところで、投ぜられる爆雷―――!


「っ!?」

 爆発から身を守った一行、それを分断するよう、人影が降り立つ。


「どうも。斎姫」

「死んでもらうよ、アタシたちが自由になるために」

「そーねー。ずっとサティアさまの部下も悪くはないけどねー」

 と、瑞穂と彼女をかばったエーリカの前に立ったのは、武蔵野伊織、鎌田茉莉、佐藤湊。やはり女神サティアの走狗と化していたらしい。精神を蝕まれて三人の顔色はやや悪いが、神降ろしの神光を帯びて伊織の力は前回、初音と融合した時以上。


「みずほちゃん、エーリカちゃん! 今そっちに……!」

「あなたのお相手は私が。神使ラティエル……いえ、長尾早雪、参ります!」

 雫の動きに先んじてのけるのは、キトンで乳房を半分以上露出した青髪有翼の、大学生くらいの少女。長尾早雪という名乗りが事実ならサティアに屈従した村長・長尾義時の娘であり、おそらくは天使と融合して神使とされたのだろう。天使は神界の雑役役であり本来醜悪な触手のバケモノというほかない姿をしているが、人間と融合するとこうして、絵画にある天使の姿……神使となる。太刀を取って油断ない姿は天使の権能か、それとも早雪自身の技前なのか。


「……君らに恨みはないが」

「サティアさまのため、討たれてもらおうか」

「すべてはわが女神のために」

「………………」

 そう言う4人の男たちは直江敏郎、宇佐美勘解由、甘粕晴之、柿崎尚文と名乗った。これも名乗りの通りなら、サティアに挑み早雪に頭を裂かれて殺された村の勇者たちということになる。甦らされ、偽りの忠誠を植え付けられ、戦わせられる勇者たちに哀れを催さないこともないが、ここは戦って進むほかない。


「辰馬サンは先に。ここはオレらだけでじゅーぶんなんで!」

「そうですね。さっさとケリをつけてきてください!」

「ここは拙者に任せて先に行くでゴザルよ!」

「ヒデちゃん、そのセリフあぶないよ! 死んじゃう!」

「……わかった。そんじゃ、これ渡しとく」

 辰馬は普段髪飾りにして長髪を束ねている封石を、珍しく外した。1つは自分のポケットに収めて、残る4つをシンタ、大輔、出水とシエルにそれぞれ1つずつ渡す。

「封石?」

「おれの力を封じてある。いざって時には使え」

「了解しました!」

「合点承知でゴザル!」


………………

 爆雷、爆ぜる。

「っ!」

 巻きあがる砂塵、その中から躍り出る、湊の火尖槍。


「どっせ!」

 エーリカは腰を落とし、完全に完璧な防御態勢でそれを受け止める。唯一の瑕瑾は掛け声が姫らしからず、美少女らしからぬことだが、それはさておき。受けと崩しを同時にかけられ、湊がバランスを崩す。


「んだしゃあ!」

 カウンターになるエーリカの反撃。レイピア(本当はエペ)による刺突は人間相手に使うわけにもいかないから、いきおい攻撃は拳でということになる。ぎゅお、という音を立ててスクリューするフックをまともに食らい、「へぶぅ!?」とダウンする湊。まずは一人。


 こちらから、と踏み込むエーリカ、そこに伊織がピストル連射。山の中では連装銃で襲撃してきた伊織だが、この状況で連装銃は邪魔にしかならないと武装を拳銃に戻したらしい。それでも、魔法並みの威力と魔法にはない連射力を備える銃弾は脅威だが、エーリカはそのことごとくを聖盾ではじいてのける。


 間合いにあと1歩。

 右腕振りかぶるエーリカ、そこに横合いから、茉莉がスタンロッドで一撃。盾は左手、そして右腕は振りかぶり中。がら空きの右脇にロッドが吸い込まれ……それが爆炎にまかれて茉莉ごと吹っ飛ぶ。


「手加減はしましたが……無為に傷つけるのは本意ではありません、退いてください!」

「よくもやってくれたなクソ女ァァ! 退くわけねぇだろぉがあぁァ!!」

 鬼女の形相で爆雷を叩き込みつつ、接近してくる茉莉。しかしそれらが瑞穂に傷をつけることはなく、神力の障壁で阻まれる。


突っ込んでくる茉莉に、瑞穂は開手で構え。打ち込まれるスタンロッドを回避、相手が振り下ろした腕に上から手を添えて封じ、膝を茉莉の脇腹に叩き込む。「ぁぐ!?」見事なレバー打ち。苦悶する相手にさらに崩しをかけ膝をつかせ。ロッドを蹴り飛ばし腕を取り、肘と手首の関節を決め。この状態で掌打を頬桁に叩き込む! 瑞穂は非力だし運動神経が並外れているわけでもないが、その分拳法修業はヒノミヤでみっちりと仕込まれている。いざとなればそれなりの腕は立つ。脳震盪を起こして茉莉も退場となった。


「ひゅう、やるわね。そんじゃあアタシも……!」

 いちどバランスを崩したエーリカも、再び伊織に殴りかかる。伊織はよけない、まともに当たる。が。


「神を殴るとは神罰ものね、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア」

 武蔵野伊織は平然と、そういって笑った。


「っ! 危ない、よけてください、エーリカさま!」

 瑞穂の言葉に、エーリカは咄嗟で身をかわす。次の瞬間、神力の聖光が荒々しくエーリカのいた場所を薙ぎ払う。


「危な……あんがと瑞穂、あやうくアレ貰っちゃうとこだわ」

「いえ……どうしましょう、すべての攻撃にカウンターが返ってくるとしたら……」

「女神の支配力を断つか、問答無用の大威力で押し切るか、よね……」

「女神サティアが奥に控えている以上、ここから支配力を断つのは無理ですね……なら」

「大威力の一撃、ある?」

「はい。15……10秒、お任せしていいでしょうか?」

「了解!」


「……ふ。途端に消極的になったわね、エーリカ。でも、あなたが攻撃してこないならそれで……」

 伊織は軽く手をかざす。神光が襲う。嵐のような光の乱舞は、エーリカが防御の天才と言っても完璧には防ぎきれない。10中8、9までは防御しても、のこり1つが大ダメージになる。


「ぐ……ぅ、こんちくしょ……っ!」

「はは、この力、いいわね。初音より全然使える! これだけの力があれば女神サティアも、わたしが逆支配できるんじゃないかしら!?」

 倒れたエーリカを見下し、哄笑する伊織。しかしその背に浴びせられる、絶大の神力。はっとして振り向く。


「天に居まします日輪、智慧と豊穣、火之赤大神(ホノアカノオオカミ)、時司る車輪、運命の支配者なる時軸神、四通八達、心紡ぐ明敏、悟神! 三柱の女神さまに請願奉ります! 詞に曰く、甲乙丙丁戊己庚辛壬(きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、つちのえ、つちのと、かのえ、かのと、みずのえ)、一二三四五六七八九十瓊音(ひふみよいむなやことにのおと)、布留部由良由良(ふるべゆらゆら)、十種の神宝(とくさのかんだから)もて、神火神炎、わが敵を焼くべし! 加持奉る神通神妙神力加持!」

 時を止め、心を読み、そのうえで迸る神炎。創神とつながる伊織は止まった時間の中でも動ける。逃れようとするが、その足をエーリカの手が強く掴んだまま、逃がさない。そして、降り注ぐ轟炎は伊織だけ、その魂だけを強烈に焼いた。


「ぁ……ああああああああ!?」

 断末魔。そして炎がやんだ時、伊織は完全に女神とのつながりを焼き切られ、精魂尽き果てて倒れる。


「ふぅ……」

「おつかれー、瑞穂」

「はい……今すぐに、治癒を……」

「あー、お願い。……久々に、けっこー痛いわよねぇ……。ガーダー役の宿命とはいえ」

 こうして。女神サティア戦前哨、神楽坂瑞穂・エーリカ・リスティ・ヴェスローディアvs武蔵野伊織戦は瑞穂たちの勝利で終わる。


 それと同時に。

 小柄な体が吹き飛ばされ、地面を二転、三転。

 吹っ飛ばされた雫はくるりと、何事もなかったかのように立ち上がるが、

神使ラティエル=長尾早雪は相当の腕利きだった。


「そんなものですか? 剣聖の技量」

 ラティエル=早雪は失望した、と言いたげにため息。しかしすぐに油断ない目つきに変わると、左手に溜めた光を弾丸にして連射。


 雫はステップを踏んで光弾を回避、そこを強襲するラティエル=沙雪。振りかぶって斬撃。雫がカウンターで居合を合わせ、交錯。次の瞬間、雫が崩れ……、ラティエル=早雪が膝をつく。


「うーん……ちょっと今日具合悪い感じだなぁ、交差も完璧じゃないし……。でもまぁ、いっか。いけるいける!」

 まだ昨日のねんざの違和感が残っている雫。ここまで感覚をなじませるのに時間がかかったが、ようやくエンジンもかかってきた、というところか。


「調子が悪い……? バカな。あれほど完璧な交差法、ほかにありえません……! それでこそ牢城雫、ではありますが……!」

「そーかな……? ま、いいや。……そんじゃあ雫おねーさんが稽古つけてあげるから、かかってきんさい!」

「言われなくとも……っ!」

 光弾と剣撃を繰り出し、攻め立てるラティエル=早雪。それらすべてを捌き、躱し、いなし、巧みに反撃を合わせる雫。


そうして、激化する戦いは次のラウンドに進む。

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