第34話 おねーちゃんとお姫様抱っこ

 昼前に太宰から汽車に乗って、櫟につくのはもう夕方。辰馬たちは一夜の宿を求めて旅館を探す。


「こういうの、懐かしいです……」

「? 瑞穂っていつもヒノミヤの奥に押し込められてたんとちがうのか?」

「いえ、むしろ慰労や討伐といった任務でしばしば外に出ていました。思えばあれもわたしに経験を積ませるためのものだったんですね……」

「あぁ。修行してる真っ最中って修行してる意味がわからんかったりするよな。なんでこれやらされてんのかって」

 辰馬は応えて、街並みに目を向ける。ややうらぶれた町は霊穴・宮代をめざす観光客をもともとはあてこんでいたらしいが、近年宮代との連絡が絶えてこの4年でさびれ、廃れてしまったらしい。それでも町並みには宮代の守護神である鵜戸御社之媛神を模した人形など並んでいるのが、かえって物悲しくもあった。


「なーんか、しみったれたかんじの町よね。活力がない? ってゆーか」

「あんまし言ってやるなって。事情は人それぞれだ」

 賑やかなのが大好きなエーリカ的にも、この町はお気に召さないらしい。フンスと鼻を鳴らしつつ街並みを批評するのを窘めて。


「てきとーにここでいいか。たのもー」

「新羅さん、いつもの土地じゃないんですから……」

 今度は大輔に窘められつつ、適当に旅館に宿泊を決める。一晩の宿と夕食を頼むと、よほど久々の客だったのか受付に出た中井さんは大喜びで破顔した。格安で広間も使わせてもらえる、ということでそちらも頼む。


「格安ってゆってもあたしのお財布かなりピンチだけどね~……」

 浴衣に着替えて宴会広間に集合、夕食となった一行。その中で雫がめずらしく、気弱げなへたれた声を出す。格安とはいえ2部屋(男女が大部屋1つずつ)と、食事は宴会用広間でというのは、2年目の新任教諭には少々厳しい。


「牢城センセ、だからアタシも出すって言ったのに」

「エーリカちゃんは生活費に、帰国費用も貯めないといけないでしょ? 使わせるわけにはいかないって!」

「んー……んじゃ、ありがと、センセ」

「……辰馬サン、おれたち、これってヒモですよね?」

「言うな。つーかしず姉、おれも多少持ってんだが」

 実のところ、辰馬は序列戦の優勝賞金と瑞穂救出の褒賞をほとんど手つかずで残している。なので自分のぶんくらいは出せなくもないのだが。


「たぁくんはそんなこと考えなくていーの! こーいうとき出してあげるのは年上の義務で甲斐性で特権なんだから!」

「うーん……」

 こういうとき雫はどうあっても金を受け取らないので、後日なんらかの形でお返しするとして。


「宴会場つーてもなんか見せてもらえるわけじゃなし、まあ全員こーして集まってられるのは助かるが」

「お? 宴会芸がご所望ならオレ、やるっスよ?」

 シンタがギター片手に立ち上がろうとするが。


「いや待て。お前の歌はな……」

「なんスか? なにか文句が?」

「いや、なぁ……お前の歌聞いてると寝るから……」

「なんでオレのロックが子守歌みてーになってんスか! いや、今日こそ! 寝かさねーから!」

 そうしてシンタはギターをケースから取り出し、「あ、あ゛~……」と調声。やおら歌い始めるのだが。


「ふああ……なんだか急に、眠く……くぅ……」

「シンタくんの歌ヤバいって、寝ちゃうから……すー……」

「シンタ、アンタなに歌って……んが~……」

「だから……おまえ歌ったら……ふぁ……すや~……」

 瑞穂、雫、エーリカ、辰馬と次々陥落。大輔と出水(と、シエル)に至っては瞬殺だった。


「んー、なんでこーなるんかなぁ……美声すぎんのかねぇ……」

 一曲、歌い上げてみんながすやすや寝ているのを見るとシンタはかぶりを振る。どうにも、シンタが歌うといつもそうなってしまうのだった。


「ん……んぅ……」

「む~」

「ふみゃ……」

 と、ほのかに色っぽい寝息を立てる浴衣少女たちにわずか、よこしまな感情がよぎりはするものの。シンタは脳裏に一人の少女を思い浮かべてその感情を打ち消す。


………………

「ふぁ……よく寝た。シンタの歌、ホント寝るな……」

 辰馬が目を覚ましたのは夜半。ほかのみんなはまだ眠っていて、さっきは一人起きていたシンタもふて寝しているから起きているのは辰馬一人……ではないようで、雫の姿がない。


「しず姉……、外か」

 気配が遠い。辰馬は急いで旅館を飛び出し、雫を追った。


………………

「やはは~、たぁくんこんばんは~……」

 山道の途中で雫に出会う。なんだかバツの悪そうな顔でほんのり笑って見せる雫に、辰馬は核心を問う。


「なに、一人で行こーとしてんの、しず姉」

「だ、だってー……創神? だっけ? たぁくん死んじゃうかもって思ったら、あたし一人で決着つけたほうがいーのかなって……」

 考えてみれば雫は過保護なところがあり。これまでは結局、学園抗争という子供のお遊びであったが、今回は本当に命の危険あり。となれば雫が黙って辰馬を先に進ませるはずがなかった。


「心配すんな。もー今のおれはしず姉より強いし」

「それでもおねーちゃんとしては心配だよ!」

「んー……ならどーすれば安心すんの、しず姉は?」

「それは、うーん……」

 たぶん雫が安心することは一生ないのだろう。雫にとって辰馬は永遠に年下で弟であり、そこが逆転しない限り雫の過保護が解消されることはない。


 考え込んだ雫と、答えを待つ辰馬。そこに夜風を裂いて、殺気が走る。


「しず姉?」

「うん。5人?」

「だな」

 あまりに物騒で露骨な気配は辰馬たちでなくとも気づくレベル。二人は素早く散開、そこに飛来する銃弾!


「銃!?」

 この国で銃の保有者はそう多くない。まず国軍の士官という線はない、となれば失踪した武蔵野伊織とその朋党が、頭をよぎる。


 続けてドッドッドドド、と。

 連装機関銃の轟音が、夜気を劈く。雫は俊敏に回避して、雫ほどの身体能力がない辰馬は「っ! バイラヴァ!」と氷を展開してやり過ごす。


 銃火が続く。執拗に足を狙われるのは辰馬より雫。辰馬がカバーに入ろうとするところを雫が珍しい判断ミス、辰馬を逆にかばおうと突き飛ばし、自分もバランスを崩し……超反射神経でかろうじて機関銃の猛火をかわしてのけるがそこでダウン。


 辰馬はもう一度バイラヴァの氷を展開。猛烈なブリザードは正面前方の木々を凍らせ、薙ぎ伐ち、打ち倒す。遮蔽物のなくなった襲撃者は顔を隠して逃げた。


「やっぱり、武蔵野か……なんか生気がなかったが操られてんのか。っと、しず姉?」

 立ち去り際に見えた横顔はまぎれもなく武蔵野伊織。しかしそれについて思いめぐらす暇もなく、いま優先させるべきは雫。倒れてしまった雫は足首を押え、苦悶する。


「しず姉、大丈夫か? 銃弾、当たってねーよな!?」

「う……うん。ちょっとドジって足首捻っただけ……やはは、あたしもまだまだだよね~……」

「そか……。んじゃ、ちょっと失礼するぞ」

「へ? へ? ふえぇ?」

 確認もそこそこに、辰馬は雫の首とおしりの下に手を差し入れ、持ち上げる。いわゆるお姫さま抱っこ。辰馬はこの体勢になんの感慨があるわけでもないボンクラだが、雫のほうは当然のようにお姫さま願望。年来、こうあればいいと願ってきた光景の実現、幸せすぎて狼狽える。


「ちょ、ちょちょちょ、たたたた、たぁくん!?」

「文句聞いてる暇はねー。大急ぎで旅館まで戻る。舌嚙まんよーにな」

「ははは、はいっ、はいぃ~……」

 そうして、二人大至急、旅館に戻り。


 瑞穂を起こして治療。通常の魔法では魔力欠損症の雫を回復させることはできないのだが、そこは規格外の神力を持つ斎姫。効率は悪いがどうにか雫の傷を悪化させることなく済ませた。


「ふう。心配させてくれんなよ、しず姉」

「うん……、ごめんね、たぁくん。おねーちゃん考えなしで」

「いや、それは構わんが。まーとにかく、宮代入りは6人で……」

「それは駄目」

「だめっつーてもな……心配するだろ?」

「だいじょーぶ。もうさっきみたいなドジ踏まないし。それにさっきのでたぁくんに惚れ直したおねーちゃんはぜひとも名誉挽回したい気分」

 雫はそう言って、じっと辰馬の目を見る。お姫様抱っこに目を回していたみっともないおねーちゃんの面影はもはやなく、その視線は研ぎ澄まされた戦士のそれ。瞳がこうして澄んでいるのなら、あとは体の具合のみ、ということになり。

 

「……そか。なら、いーんかな、瑞穂の見立てでは?」

「はい。無理に足を休ませるよりは普段通りに使った方がいいリハビリになるかと思います。休ませすぎると萎えてしまいますし……」

「わかった。ならつれてく。けど、無理はせんよーにな」

「うん!」


………………

 そして翌朝。

 辰馬たちは山を越え、宮代に向かった。

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