第30話 黒幕
「アンタが源を裏で操ってた黒幕ってワケね! 事情を聴いてみりゃ源もかわいそーなやつじゃない、アタシが、解放したげる!」
賢修院学生会室。林崎夕姫は瞳に瞋りを燃やし、武蔵野伊織に躍りかかる。伊織の銃撃、正確無比の弾丸、あるいは散弾、あるいは跳弾撃ちを、夕姫はことごとくウルスラグナの「現実改変」で躱し、伊織に肉薄する。
「貰ったァ!」
「そうね。まずは一人」
接触の間合いに入った瞬間、ザン! と小気味よさすら感じさせる斬撃音とともに夕姫の身体が沈む。伊織の陰に潜んで無慈悲な一刀を振るったのは、言うまでもなく源初音。初音が振るったのは木刀だが、夕姫の胴には鮮烈な切り傷。かつて新羅辰馬を前にして「わたしは木刀でも斬れる」そう言った初音だが、その言葉に偽りはなかった。
「林崎! っの!」
「上杉先輩、逸りすぎです!」
なんやかやで喧嘩仲間である夕姫が傷つけられれば、シンタは黙っていない。そして先輩思いの塚原繭も、二人のカバーに突出する。
「まったく、バカな連中。初音の剣に太刀打ちできるはずがないでしょう? この子は剣神フツノミタマそのものなんだから」
心底小馬鹿にした態度で、武蔵野伊織は嗤ってのける。剣光二閃、初音は一切の無駄ない挙動で、ふたりを斬り伏せる。ここまで辰馬が割って入る間すらなかった。あまりにも凄絶すぎる、源初音の太刀筋。辰馬はその剣にあまりに酷似した相手をよく知り、その相手に対する絶対的な苦手意識を持つゆえに動きが鈍ってしまう。牢城雫への苦手意識が、こんなところで影を落とした。さながらに蛇に睨まれた蛙。
「さて、まずはこの三人。死になさい」
「たつま、ボーッとしてない!」
「お……おぉ!」
伊織が一切の容赦なく放った銃弾、滑り込んだ辰馬の氷盾とエーリカの聖盾が、かろうじて止める。強化炸薬の銃弾は氷盾と聖盾にすら傷をうがち、打ち砕かんとする。
「1秒!」
瑞穂が叫んで、時間を止める。この空間内で動けるのは術者である瑞穂と、バイラヴァという正体不明ながら上位の古神であるらしい神の同体存在である辰馬のみ。古神フツノミタマを降ろしている初音すらも動きを止める。辰馬は1秒の間にエーリカと繭と夕姫、おまけでシンタも引きずって、どうにか敵の制空権から逃れた。1秒が稼げたおかげで最悪の事態は回避できたが、これ以上瑞穂のトキジクには頼れそうにない。瑞穂の肌が土気色になっているのを確認するまでもなく、時間に干渉するなどという大魔術が人間の身にかける負担は想像に難くない。さらにいえば瑞穂はこのさき、死ぬ気でシンタ達の治癒を担わなくてはならない。戦闘に参加している余裕などまったくなかった。
「たつま、アンタなにビビってんのよ、らしくない! いざって時になったら誰よりキモが座るのがアンタでしょ?」
「エーリカ、新羅さんにもいろいろある。あまり無遠慮に……」
「いや……いーよ、大輔。おれが悪い。うん、あれぁしず姉と違うしな、ビビってる場合じゃねえ。つーかおれがしゃんとしねーとこれ、殺されるからな……っし!」
ぺしん、と。自ら両手で頬を叩いて気合を入れなおす辰馬。大輔、エーリカ、美咲が構える。瑞穂はシンタ達の治療に専心、男子兵員はその助手で薬草とかポーションを使って補助。
「残ったのは4人? 思ったよりは残ったわね。じゃ、その残りカスを、わたしたちの全力で踏みにじってあげましょう、初音?」
「うん……伊織……わたしは、伊織の望みをかなえる……狐神として……」
完全に洗脳されて正気を失っている初音。酷薄に笑む伊織と自意識のない初音が手を取り合い、そして初音の姿が消える。さらに空間が暗転。辰馬たち4人は幽世結界に引き込まれる。
消えた初音が消滅したわけでないのは、剣神フツノミタマの神力その波動が衰えるどころかいや増していることでわかる。もうひとつの変化は武蔵野伊織の身を護るようにきらめく燐光、狐火。
「ふふ。狐神の初音に加えて、フツノミタマも上乗せ。これをわたしが操って、負ける気がしないわねぇ!」
右手に木刀、左手に短銃を携え、伊織はつ、と踏み込んだ。
一足。それでたちまち間が詰まる。
「散開!」
辰馬は号令を飛ばし、自分は散開せずに伊織に立ちはだかる。仲間が間を取るための時間を稼ぐためと、2重の神を憑依させた伊織の力を確認するためだが、未知数の相手に身をさらすのはあまりに無謀。
無造作と言っていい斬撃。これはかわす。続けて真向の皮竹割り。これも回避、さらに打ち下ろした下端から、跳ね上げる逆袈裟。飛び退いてかわした。
そこに伊織は左手を向ける。
「さようなら」
ニヤリ笑って言うと同時、炸裂弾が火を噴いた。
体が浮いている。この状態で回避は不能。銃弾は正確無比の眉間狙い、以前のように氷刃で斬るには、今度の銃弾は威力が強力すぎる。
「バイラヴァ!」
一か八かで、契約古神に頼る。ごぞぉ! と身の毛もよだつような轟音を立てて、迫りくる銃弾その周囲の時空が刮ぎ取られるように消失する!
「!? 空間……次元を、削った?」
「なんか、そーらしいな! ってことでもう一つ!」
フミハウのコタンコロカムイや繭のウル、それら単なる氷神とは間違いなく一線を画す、辰馬のバイラヴァ。それをもって反撃に転ずるが、バイラヴァの欠点はその過剰すぎる破壊衝動。うかつに強撃を繰り出せば相手が2重の神を憑依させていても壊してしまいそうで、かえって全力を出しづらい。結局小手調べの一撃を放ち、伊織がそれを相殺したところで追撃をためらい、千載一遇を逃す。
「だから、なにやってんのよアンタは! ぶん殴るわよバカたつま!」
「しよーがねーだろーが! ここまで出力がデカいと思わねえんだよ! 扱いに困る!」
この状況で言い合いになる辰馬とエーリカに、伊織はフンと鼻を鳴らす。唾棄すべきものを目にしたように口の端をゆがめ
「漫才はあの世でやって」
連射、装填、また連射、再装填。
「晦日、【加護】を全開に!」
「っ! はい!」
「アタシが止める!」
加護をもらってエーリカが炸裂弾を阻む。その間に辰馬はバイラヴァの全力で、伊織ではなく周囲を取り囲む幽世結界を薙ぎ払った。本来展開した術者本人が解除するか死ぬかしなければ解けない幽世結界の性質を無視して、亜空間をあっさり割いて結界を破壊する辰馬のバイラヴァ。
「明芳館のときとおなじパターンだよな、源の力を増幅してるなにかがあるんだろ? それを壊す!」
武蔵野伊織を増幅しているのではない。伊織は神力を持たないのだから、ゼロに何をかけてもゼロだ。となれば伊織が初音を支配しているからくりはこうなる。初音の力と同時に自責の念をも増幅し、力を増すほど伊織の洗脳催眠にかかりやすい初音を仕立て上げる。だからこそいま初音の力は絶好調といっていいほどに強大であり、神の身に別の神を降ろすという通常不可能な降神すら可能としているにもかかわらず、初音自身の意志力はかぎりなくかぼそい。
辰馬は精神を集中して、明芳館で感じた「魔女」の気をたどる。エーリカと大輔が力を限りに打ち合って伊織を阻むが、数合で大輔が吹っ飛ばされる。鉄壁のエーリカをもってしても自分以外を守り抜く余裕はなかった。大輔はすでに加護の使い過ぎで消耗しきっている美咲をかばって下がり、戦線を離脱。
さすがにエーリカと伊織、一対一ではあまりに分が悪く。
「だから、いつだってこーいうときは……!」
「雫ちゃん先生とうじょー!」
駆けつけるピンク髪のレオタード。雫の背中をこれほど頼りになると思ったことはない。しかしその雫ですらも、二重の神に守護された憑依伊織には圧される。剣術に関して絶対無敵といっていい雫だが、相手はほぼおなじ太刀筋を神力でブーストしてくるからタチが悪かった。神力魔力を放出してダメージを与えてくる魔法に関しては魔力欠損症の雫は無効化して無敵なのだが、相手のパワーの底上げまではどうしようもない。
ともかくも雫とエーリカが時間を稼ぐ間に。
「これ!」
辰馬はひとつの木像を取って床にたたきつけた。どこか蜘蛛に似たそれは砕けると巨大な半人半蜘蛛のバケモノの姿となり……それをみた雫が「っきゃーっ! くくくくく、クモおぉ~つ!?」と目を回して泣きわめく。
「ちょお! ど、どーしたのよ牢城センセ!?」
「あああああああたし、クモだめ! クモいやぁ~!」
剣聖・牢城雫のクモ嫌いというのは世間的に周知されているくらいの弱点だが、特に理由らしい理由があるわけでもない。他は芋虫だろうがゴキブリだろうが平気なのになぜかクモだけは致命的にだめだった。もしかするとずっと昔まだ辰馬が生まれる前の幼稚園時代、コップに入ったクモを危うく飲みかけたのが原因かもしれない。
「牢城センセ落ち着いて! アレはたつまがやっつけるし!」
「ふぇ……たぁくん?」
「そう! センセのたつまがやってくれるから! それまでこっち頑張って!」
「ううぅっ……頑張る……」
クモ人間……土蜘蛛は辰馬をにらむも、すぐにその目が畏怖と恐怖に見開かれる。絶対の王を前にした忠実な臣下の顔で、クモの八足をぺたんと地につけて平伏して見せた。その姿の気味悪さにまた雫が目を回すが、ともかく。
「なんなりとご命令を、わが主」
「そんじゃ、源に送ってる力の増幅止めろ」
「承知」
「させると思う!?」
やらせないと、伊織が土蜘蛛を襲う。銃弾連射、しかしそれはバイラヴァの力と加護で強化された辰馬の氷に阻まれる。跳躍から着地したとき、すでにもう伊織の中に初音はない。実体に戻り、伊織の肩に手を乗せる。
「伊織……もうやめよう?」
「なにを言うの!? あなたはわたしに幸福をもたらす狐神でしょう? 一緒に、わたしを虐げた神力使いたちを抹消するんじゃなかったの!? ……あなたまで、わたしを裏切るというの!?」
「つーかさ、その理屈で言うなら源も抹殺せにゃならんよな?」
「うるさい、黙れっ!」
「いや、大概で自分に都合いい考え方すんのやめろや。別に神力使い全員がおまえを虐待したってわけでもなかろーよ」
辰馬がぼやー、とした口調でしかし鋭いところを突くと、伊織は窮したように口をつぐんだ。実際神力使いのすべてが敵だったはずもなければ、科学技術者すべてが味方であったわけもない。そんなことは本来わかりきっていたのに、わかりやすい「敵」がいたほうが楽だからとあえて目をそらしていたのである。
「で、おまえが報復ってゆって痛めつけた神力使いの数考えるとえらいことになるからな。今度はそいつらがお前を殴り返す番になるだろ? 憎しみの連鎖とかアホくせー言い方するつもりもねーが、おまえのやったことははっきりいって不毛なんだよ。だからまあ、しばらく鑑別所で頭冷やせ」
「く……結局お前だって! あたしより強いから説教しているだけじゃない!? 所詮力で押さえつけるしかやりかたを知らない分際が!」
「そら、しかたない。いっぺんしばかんと聞く耳持たんやんか、おまえ。お前が最初から喧嘩売ってこなけりゃおれやって、こげな説教とかせんのやが」
「それに……力で、っていうけど、結局新羅さんはわたしたちを一度も殴らなかったよ? こっちは殺すつもりで攻撃してたのに」
「く……」
「まあ、いろいろあるだろーがおれが今回の学園抗争で言いたいこたぁたった一つ。どいつもこいつも仲よくしろってこと。あとはおれの管轄じゃねーから、ウチの会長と、明芳館……詠春は病院だからかわりの代表と協議して約束決めてください。んじゃ、あがりにするぞー、みんな」
そうして、辰馬はみなを連れて引き上げる。背に憔悴しきった瑞穂を担ぎ、右手にはクモに怯えてブルブル震える雫にしがみつかれ、左手側からはエーリカにののしられながら。雫は怖気を振るったが、随分と従順な土蜘蛛はなにかの役に立つこともあるかと根元石にして懐に収める。
この後。賢修院学生会は解体。もともと権力への志向がなかった源初音には学生会長留任の要請が強く寄せられたが、これを拒絶。武蔵野伊織を増長させた責任を取るとして退学し、辰馬の実家である新羅江南流古武術講武所で引き取られる。新羅家のある一帯はもともと魔族の隠れ里だった(辰馬の養父・新羅狼牙が半魔であったため、長らく一家は迫害される魔族と一緒に隠棲していた)土地であり、魔族ではなく神族ではあるが、人外の存在である初音を受け入れる土壌はすでにあった。彼女は新羅家に居候し、ときに道場で剣を磨く。
武蔵野伊織、鎌田茉莉、佐藤湊の三人は少年鑑別所に収監ということになったが、搬送の途中で3人が3人とも姿を消した。茉莉と湊のふたりはともかく伊織は初音の説得を受けて戦意を失っていたから自主的に脱走したのではないと思われたが、行く先は杳として知れない。
三人の行方捜索が甲斐なく打ち切られようかという7月末。
「ご機嫌麗しゅう、女神様?」
あまりにぎやかとは言えない寒村の一角で、彼女は言った。ローブをまとっているが特段、顔を隠すつもりはないらしく、赤く鮮烈な毛髪と竜族を象徴する竜眼、そして側頭部から生える二本の竜角が、彼女が竜種であることを明確に印象付ける。竜の魔女、霊峰の神域からの逃亡者、ニヌルタ。
「……なにか用かしら、魔女?」
対するは青い髪の少女。踊り子か娼婦のような、巨大な乳房を申し訳程度に隠す胸元、腰はガードルで隠してあるが下半身の守りはやはり薄く短くみだらさを感じさせる。もっとも、彼女にとってはこの服装が正装であって、別段みだらな意志を持っているわけではない。黙っていても絶大絶無の神力の波動を隠すことができないこの少女は女神サティア、神域の【神の庭】で数百年ぶりに生まれた新しい女神。創世の絶対神グロリア・ファル・イーリスの娘神にして、修行に飽いて神の庭を逃げ出した放蕩女神は、数年前からこの寒村に居ついてある「実験」をしていた。
「そう邪険にするものではないわ。あなたに兵隊を連れてきたのよ。側近が近衛の天使と不死兵だけではさみしいでしょう?」
「………そうね。役に立つなら、買ってあげる。役立たずを紹介するようなら、お前ごと消すけど?」
「ええ。腕前は保証するわ。精神はもう壊してあるから、好きなように操って。繰り糸の術はあなたの方が、わたしより上手でしょう?」
「壊した人間、ね……。不死兵と大して変わりない気もするけど……」
こうして、武蔵野伊織、鎌田茉莉、佐藤湊。三人の少女が竜の魔女ニヌルタから、放蕩女神サティアに引き取られることになったことを、知るものはまだいない。
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