第29話 3柱の神の少女

 学生会の手伝いをやり、子飼いとなる男子20人を鍛えるべく傭兵クエストもこなし、その他もろもろをこなすうち、一週間はあっという間に過ぎた。終業式の間を辰馬は居眠りして過ごし、式が終わると「一学期終了おめでとう打ち上げパーティー」で盛り上がる。しかし辰馬にとって本番はパーティーよりもそのあとで、そのまま自室になだれ込んだ瑞穂に押し倒されてなすすべなく犯されてしまう。騎乗位で激しく腰を振ってくる瑞穂は「どうですか? 気持ちいいですか? 気持ちいいですよね?」と聞いてくるが、男のプライドとか尊厳とか体面とか、そういうものを無視して逆レイプされると辰馬としては気持ちいいよりなんというか、やるせない気持ちにもなってむしろ憤慨すら覚える。せめてもの抵抗で意志力をふりしぼって射精しないようにしてみるも、相手は百戦錬磨の瑞穂。その超絶技巧の前に辰馬ごときの経験値が太刀打ちできるはずもなく、なんのかんので中に外に何度も出してしまったのだが。


 というわけでその翌日。7月21日。


「あ゛-……だるい……」

「ご主人さま、覇気がないですよ! フミちゃんの弔い合戦、もっと気合をいれてもらわないと困ります!」

「あぁ、うん……おまえ元気な、瑞穂。おれはもうダメだわ、ねむ……」

 朝っぱらからすでに憔悴している辰馬と、元気溌剌親友の敵討ちに燃える瑞穂。昨夜ほとんど寝る間もなく搾精され続けた辰馬の消耗たるや相当なもので、朝からすでにヘロヘロだった。


………………

「はーい、今日の蒼月館側審判員やります雫ちゃん先生でーす♪」

 昼。賢修院学院に移りまずは雫が自己紹介。賢修院側からも審判員の教諭が出たがこちらは目立たない……というよりなにか怯えた風で、弱弱しい。到底賢修院の暴走する学生会を止められるようには見えず、おそらくはだからこそ御しやすいと今回の役を宛がわれたのだろうが。


「校舎全体に配置されたチェックポイントを時間内に全制覇できたら蒼月館の勝ち、できなかったら賢修院の勝ち! チェックポイントには当然、ガーディアンが置いてあるし各所にも罠があるから、みんな気を付けるんだよー!?」

「うん了解……まーなんだ……早く終わらせて寝る……」

 雫の解説に、くぁ、とあくびで答える辰馬。睡眠時間が足りないせいでいつもぽやーっとしている辰馬がふだんの3倍ぽやぽやしている。


「はぅ……新羅先輩かわいいです……」

「繭、あんた大概面食いよね……まあ、たしかにかわいーけどさぁ、アレ……」

 そんな辰馬を見てほんのり頬を染める塚原繭と、なんのかんの言ってこちらも認めざるを得ない林崎夕姫。なんだかそわそわしながら、武装と道具を確認。


「アンタたち、たつまはアタシのだからね? 見る分にはかまわないけど、手はださないよーに」

 普段のジャージから一張羅の戦闘用ドレスに着替え、入念にストレッチしながらエーリカが学生会組に釘を刺す。その目つきは案外に本気。辰馬がかわいくて皆からモテるのはいいとして、他人に手を出されるのは非常に忌むべきところなのである。一緒に辰馬の童貞を食った瑞穂と雫は別として、他の女は認めたくない。


「姫さま、お身体大丈夫ですか? まだ、本調子ではないのでは……?」

 瑞穂の身を気遣うのは晦日美咲。ときどき、ふっといなくなる美咲ではあるが瑞穂に対する忠誠と献身は本物のようで、過保護なくらい瑞穂を心配する美咲は心配性のおかあさんのようでもある。母性の象徴である体の一部位という点では、美咲は非常に貧相なのだが。


「オレらも一応、装備チェックとかやっとくか」

「だな。問題ないとは思うが」

「拙者とシエルたんも準備万端でゴザルよー!」

「ばんたーん! さっさと済ませるわよ、こんな茶番!」


「ようこそ、蒼月館諸氏。賢修院学生会会長、源初音です」

 竹刀袋を手に出てきた初音は、これまで辰馬が見た源初音のイメージとどうしても重ならない。自信満々に、尊大に、むしろ横柄なくらいの態度で壇上からこちらを見下ろす。その姿は美咲に捕縛されて目を回していたり辰馬に着替えを見られて羞恥に震えていた初音とはどうにも違う。その態度や視線はむしろ武蔵野伊織を思わせた。


 源の中に武蔵野があって、たぶん武蔵野の中にも源がある状態か。二人の境界線があいまいになってる状態……これは早めに武蔵野から引きはがさないとマズいかもな……。


………………

「チェックポイント3通過!」

 辰馬は機械仕掛けの兵士(マシーン・ゴーレム)を撃破、チェックポイントのスイッチを押すと青発光のガラス玉が赤く色を変じる。

賢修院側はサブマシンガン装備(さすがに装てんされているのは暴徒鎮圧用ゴム弾だが、威力はヘビー級プロボクサーのKOブロウを上回る)、なおかつ熱線兵器の罠を敷設してこちらに損害を強いてきた。辰馬たちは4チーム、新羅辰馬・神楽坂瑞穂隊、エーリカ・林崎夕姫隊、晦日美咲・上杉慎太郎隊、朝比奈大輔、出水秀規、塚原繭隊にそれぞれ兵員5人で分れたが、怒涛の如く打ち込まれるゴム弾の弾幕は脅威だった。なまなかの武芸の腕や魔術障壁をたやすく乗り越えてくるから質が悪い。戦闘開始から10分で兵員の男子たちは半数が餌食となり、隊長格の中からも出水が早々に脱落した。


とはいえ彼らの犠牲の上に辰馬たちは着々とチェックポイントを落としていく。26個のチェックポイント中20個を速攻で落とし、その先は苛烈になると踏むや新羅隊は朝比奈隊と、エーリカ隊は晦日隊と合流。各所でトラップに遭遇するもそれらを乗り越えて進み、辰馬たちは24チェックポイント鎌田茉莉、エーリカたちは25チェックポイント佐藤湊の前にたどり着く。


「お前と! 一騎打ちだ。この前の借りを返してやるよ!」

 海賊帽の褐色少女・鎌田茉莉はそういって瑞穂を指さした。瑞穂も、親友フミハウを傷つけた茉莉をまだまだ許していない。


「いいでしょう。……いいですよね、ご主人さま?」

「あー、あんましやりすぎんようにな」

 辰馬は瑞穂のやりすぎを案じるが。


「ハ! 全力で来ていーんだぜ? あとで本気じゃなかったっていわれても困るしな……もっとも、そんな泣き言もいえねーくらい、ボコボコにしてやるけどな?」

「そうですか」

 瑞穂が言った瞬間。


 茉莉が吹っ飛ぶ。見えない巨人に殴られたように盛大に吹っ飛んだ肢体は今度は巨腕に握りつぶされるようにぐしゃり、と拉げる。

「が……ぁ!?」

「先手必勝、先んずれば人を制す、です。まさか卑怯だとは言わないですよね?」

「ぐ……この……殺す……!」

 立ち上がる茉莉。それをまた、見えざる巨人の足が踏みつけ、床にたたきつける。


「がうっ、げぶ! かっは、げふぅ!?」

「簡単に殺す、なんて言わないでください。吐き気がします」

「こ……の……舐めんなアァ!」

 裂帛。茉莉は巨人の足から逃れ、瑞穂へと矢のように迫る。手には腕甲。激突の衝撃で爆発を起こし、その爆発力をトリガーとして摂氏数千度の熱線を放つ打撃爆雷兵器。瑞穂は身体能力的にはむしろやや劣り、神力と神御衣のブースト効果で補っているとはいえ回避技能などないに等しい。しかし茉莉の一撃が瑞穂にあたることはなかった。


「3秒」

 そう、呟いたと思った次の瞬間、瑞穂の身体は茉莉の背後を取っている。そして神力を十分に乗せた掌打。「か……!?」鎌田茉莉は完璧な形で意識を刈り取られ、誰が見ても間違いなく、神楽坂瑞穂の完勝だった。


「お疲れ。……時間を止めたんだよな、最後の?」

「はい、さすがのご慧眼です、ご主人さま♡」

「……ヒノミヤの主神ホノアカってのは、炎と生命と豊饒の女神。時間をつかさどる神さまじゃあなかったと思うが」

「わたしにはホノアカさまのほかに2柱、契約古神がいるんです。1柱は心を読む神サトリ、もう1柱は時をつかさどる神トキジク。なぜ自分にそんな、3柱もの神とのつながりがあるのかはわかりませんが……ご主人さまは止まった時間の中のわたしを、見えていたんですよね?」

「あー。だから時間が止まってるのがよくわからんかったんだわ。ほかのみんなが止まってるからそーなんかなと。……にしても3柱の神、か。ものすげーな」

 3柱の神との契約、というのもすごいが、その神それぞれの能力もまたすさまじい。心を読み、時を操り、そして炎と豊饒をつかさどる少女はおよそ人間の域に収まっているとは思えない。この少女の人間味を知らなかったら辰馬でさえも恐れを抱いたところだ。瑞穂の強いも弱いも全部見せられた後だから、受け入れることもできるが。


…………………

 同じころ、エーリカ・晦日隊も佐藤湊と遭遇。湊はぼんやりした瞳にうっすらと嘲り弄う色を浮かべると、


「林崎、アンタ北嶺院の犬から尻尾振る相手変えたんだ?」

 炎と熱線の槍、火尖槍をくるりともてあそび、林崎夕姫を挑発した。


「誰が誰に尻尾振ってるってのよ! いーわ、アンタの相手はアタシ!」

「ふふ。挑戦受けたね? アンタが負けたらそこの全員、退場になるけど?」

「別に構わねーわよ。アンタみたいな金魚の糞に、アタシが負けるはずないから」

 二本のダガーを抜き、構える夕姫。


 まずは前哨のスローイング・ダガー。正確な投擲はしかし湊の火尖槍に撃ち落される。湊が肉薄、新しいダガーを抜きながら、一定の距離を取りたい夕姫はバックステップ、それでもなお火尖槍の間合い! 「りゃあ!」横薙ぎに払うと発する火線。夕姫危うく跳躍して躱し、同時にダガーの柄で眉間狙い。湊は首を振って躱し、両者離れる。


「なかなか……」

「けっこーやるじゃん、腰ぎんちゃく。けど……」

「…‥っ!? そん、な……躱した、はず……」

 膝をつき、頽れる湊。自分の敗北を、理解できていない表情のままに倒れる。


 林崎夕姫の契約古神は【勝利の】ウルスラグナ。その能力は「敗北の可能性を遠ざけ、勝利の可能性を手繰り寄せる」というものであり、わかりやすく言えば現実改変能力。かわされた、という現実をあの瞬間、夕姫は命中した可能性と入れ替えたのである。絶対無比の能力ではないが、使い方次第では相当に強力な力であった。


「機械だとか道具だとか、そんなもんに頼って研鑽怠る相手に、アタシが負けるわけにいかねーのよ……さ、行くわよみんな!」


 かくて武蔵野伊織の側近二人を撃破、辰馬隊とエーリカ隊は合流し、最後のチェックポイント、学生会室に向かう。

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