第28話 君臨する非能力者

 泣き声が聞こえる。


 あまりにも悲しいその鳴き声に、初音は引き寄せられた。祖母から固く禁じられた人間との接触を破ってしまったのは初音が幼く、戒律というものをわかっていなかったこともあるが、それ以上にこの鳴き声の主を幸せにしてあげたいという想いが強かったからだった。


 どうしてないているの?


 泣きじゃくる少女に近づいて、問う。少女は泣きはらした瞳で初音を見返し、その狐耳と尻尾に一瞬、怯えを見せたがすぐに一転、それは憧憬の色に変わる。


 かみさま、きつねがみさま。あたしにはしんりきがありません。あたしはよのなかにひつようないそんざいなのでしょうか? しあわせにはなれないのかなぁ?


 これが、源初音と武蔵野伊織が最初に交わした言葉だった。初音は神力がないから世の中に必要とされない、などということは絶対にないと伊織を強く励まし、できることなら自分の狐神としての力を与えようとすらしたがそれらはすべて失敗に終わる。唯一可能だったのは「空っぽ」ゆえに絶大な適性を持つ伊織への憑依だが、憑依を解けば元に戻るこれはやはり伊織の力とは呼べないだろう。結局自分は伊織に対して力になってあげることができず……その思いをからめとられて支配されるようになったのはいつ頃からだったか。


 混濁した意識の中から覚醒し、源初音は昔の夢を見ていたことに思いいたった。ここのところは思い出すこともなかった伊織との昔話は、昨夜の伊織が見せた残虐性に対する自己の反発と、反発する自分を伊織につなぎとめようとする同じく自分自身の思いが見せた作用なのだろう。


あの気弱だった少女が今、ああも残忍でふてぶてしい女に変貌してしまったことに初音は驚きも感じるが、世界からつまはじきにされていた武蔵野伊織という少女の怒りと憎悪、それを考えれば当然のこととも思う。伊織が世間と世界に自分を認めさせるためにどれだけの努力をしてきたのか、それを知る初音としては伊織を頭ごなしに否定はできない。それでも、昨日伊織がやったことは許されるものではないと、伊織のまとう光輝という姿で憑依していた初音としては思わざるを得ないが。


賢修院女学院の学生会に神力使いはいない。唯一の例外は会長の初音自身であるが、それ以外の武蔵野伊織、鎌田茉莉、佐藤湊は神力も魔力も持たないし、人間が本質的に備える「霊力」の素養にも乏しい。それは商人である父祖の信心の薄さに対す代償だった。


であるならばなぜ彼女らが学院に君臨できるのか。それは最先端最新兵器と、その扱いに対する習熟による。初音の武器は短銃、これについては論を待たない。破壊力において魔法に匹敵し、魔法のような呪文や身振りを要しないのだからその優位性、アドバンテージは相当に高い。伊織は銃器に関してはすべて目を閉じていても標的の中心を射貫けるというほどの精密射撃の使い手である。


鎌田茉莉の武器は昨夜、フミハウの背にたたきつけた鉄鎖。これもただの投げ分銅ではなく、先端と尻に火薬が仕込まれており尻部の火薬を推進力として飛び、そして命中すれば先端部の火薬が炸薬となって破裂し敵の肉と骨を粉砕する。簡単に言ってしまえば小型の爆雷といってよい。


佐藤湊の武器は細長い筒であり、扱いとしては槍に近いが歩先から迸るのは白刃ではなく火閃。手元のスイッチひとつで強度を変える炎の熱量は最強にすれば鋼も断ち切る。威力が強大なのもさることながら「炎の槍」という見てくれのインパクトが、相手の心理にかけるプレッシャーは大きい。


 これらは国軍においてもまだ試作段階の兵器群であり、彼女らがそれを手にするのは財界の大物である天竜財閥に連なる令嬢たちであるから。馬鹿に刃物ならぬ令嬢に火薬というわけで、この新鋭火薬兵器たちを駆使して彼女らはそれまで賢修院を支配していた「神力使い」を駆逐した。いざとなれば伊織には初音という「奥の手」もあり、初音も神力を持つ=正義ではないと信じたから伊織に積極的に力を貸したが……どこかで伊織はタガを外してしまった。学生会室に鎮座する不気味な木像、あれをもたらした「魔女」が元凶だというは易いが、おそらくそれだけでは済まない。武蔵野伊織という少女が長年にわたって醸成してきた昏い狂気があり、そしてそれを止めることもいさめることもできなかった自分自身にも、やはり責任はあると初音は思う。


なんにせよ。

 蒼月館の同盟者、明芳館を襲ってあそこまでのことをやったのだ、蒼月館との戦いは必至。


「わたしは伊織に幸せをもたらす狐神。堕ちるなら一緒に、落ちるところまで……!」


 賢修院学生会長、源初音は、そうして自身に活を入れなおす。

とはいえ体が重い。一度憑依するとしばらく、初音の側の体力が大幅に削られる。これが神降ろし唯一といっていい弱点だった。連続使用不可。


………………

 一方、蒼月館女子寮春曙庵、雫の部屋。


「フミちゃん、しっかりして……!」

 神楽坂瑞穂の掌から放たれるほの赤く温かい光、治癒の赤光も効きが薄い。治癒魔術というのは基本的に自然治癒力の賦活と加速であって、自然に任せて治癒できないもの……病気や四肢の欠損など……には効果が薄い。フミハウの身体は欠損したわけではなかったが、肺の裏の肋骨が粉砕している。昨夜はよくもこの身体で明芳館から蒼月館まで走れたものだ。


「瑞穂、おまえもだいじょーぶか? 汗が……」

 女子寮にしれっと入ってきた辰馬がそう聞くと、瑞穂はけなげな笑顔で返す。

「大丈夫です。……少しだけわがままを聞いていただけるなら、ご主人様、汗を拭いてもらえますか?」

「ん、おー」

 そう答えたことを、辰馬はすぐに後悔する。


「胸の下もお願いします、ご主人さま」

「あんさ、これいま必要なんかなぁ!? なんかおかしくねーか?」

「フミちゃんの傷に障ります、大声は控えて」

「う……」

「みずほちゃーん、おかゆ作ってきたよー……て、たぁくんがみずほちゃんのおっぱい揉んでるぅ!? なんだよ触りたいの? そんならおねーちゃんのも触れよぉ♡」

「触るか、アホ姉。つーか、学生の抗争でここまでやるかね……」

「はい……正直、許せません。フミちゃんはわたしの大切な友達なのに。今回はわたしも出陣ますよ。まだ蒼月館の学生でないとか、関係ありません!」

「その辺ってだいじょーぶか、しず姉? 編入取り消しになるとか……」

「んー……だいじょーぶ! あたしの責任で大丈夫にしちゃるから、安心しろぃ!」

「うし。そんじゃ……早速仕掛けるか!」


 実際の戦争なら「先んずれば人を制す」で奇襲ということも可能だが、学園抗争はいちおう学校行事の一環。ルールがある。闘争を仕掛けるにあたってはまず相手校に連絡、宣戦布告の上、日程を協議して学生街区のみを範囲として戦闘を行うと定められており、昨夜の賢修院の所業はこの宣戦布告を無視して明芳館を攻撃した上、なにより明芳館と賢修院は同盟関係にあったにもかかわらずの攻撃であって許されない。が、だからと言って辰馬たちが同じくルールを破っていい理由にはならない。そのあたりのモラルには辰馬自身が人一倍厳しかった。


「いや、実際戦争ならどんだけ卑怯な手でも使うが。これはあくまで学生の喧嘩だからな……」

 そう割り切って、辰馬と瑞穂は賢修院学生会と協議の場に赴き……


 そして得物を突き付けられる。


「本当に、おめでたい子ね、新羅辰馬」

「お互いにな。おまえらを信じてここにきたおれもばかたれだが、おれらをこんなもんで制圧できると思ってるお前らもたいがい、ばかちんだ」


 辰馬は手慰みのこよりを投げると伊織の手首に突き立てる。貫通するほどのことはしないが、神経系を麻痺させて一時的に腕を使えなくするくらいはたやすいこと。火槍を携えた佐藤湊がカバーに入るが、熱線の威力さえ気を付ければ純然たる戦闘力で辰馬が圧される理由がない。逆に追い詰め、殴る……のは気が引けるので思い切り盈力込めてデコピン。


 いきおい、瑞穂の相手は鎌田茉莉ということになり。これまで辰馬が見たことがないほどに瑞穂は怒りに燃えていた。それはやはりフミハウという友人を傷つけた張本人が茉莉であるという事実に基づく。

 茉莉はこの狭い学生会室でお構いなしに瑞穂めがけて爆雷を叩きつけたが、爆炎もうもうとたちこめるも瑞穂にかすり傷一つつけること能わず。瑞穂の展開する障壁、本来防御のためのそれを、瑞穂はぐんと前に押し出す。壁際に追いやられた茉莉は物理的な壁と神力の障壁に押しつぶされ、悲痛な呻きを上げる。


「こんなもので、フミちゃんに勝ったなんていわないでくださいね。彼女が本気だったなら、あなたなんか10回は死んでます!」

「瑞穂、やりすぎ。気持ちはわかるけどな」

「ご主人さま……」

「つーわけで、おれらの要求としては7/21、蒼月館か賢修院、どっちかの校舎で1日勝負希望」

「……その条件、むしろこちらに好都合だけど? いいのかしら、初音の回復を待たせてもらって」

「あー、おまえは源ナシじゃただの雑魚だからな。分をわきまえない雑魚は、武器全部使って負けないと負けたこともわからねーだろ?」

 ピキ、と伊織の顳顬がひきつる。人間、本当のことを言われるのが一番痛い。伊織は自分の力が初音の借りものであることを誰より理解しているゆえにこの挑発にブチ切れた。そして荒れ狂うのではなく、それならば借り物の力で新羅辰馬を粉砕してやろうと目論む。


「いいわ、OK。で、賢修院か蒼月館か、どうやって決める?」

「コインで」

 そして1弊硬化のコイントス。


辰馬「表」

伊織「裏」


 結果は裏。決戦は1瞬間後の7/21、夏休み初日に賢修院で、と決まった。

「たっぷりと罠を用意して待ってるわ。それじゃーね、新羅辰馬。次に会うときあなたが五体満足だったらいいけど」

「言ってろ。心残りがないよーに手ぇ打っとけよー。この一戦から向こう、お前らには鑑別所に入ってもらう予定なんで」

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