第27話 憑依の狐神

「たでーま帰りました……」

 なんだか疲れて、辰馬は蒼月館学生会室に帰還。銃弾斬りの妙技で疲弊したとかそういうわけではなく、問題は今の恰好。女ものの服装を着ているというだけでとにかくやたら注目されるし、学生会室に戻るまでの間同校生から6回ナンパされた。おまえらの目はフシ穴かと怒鳴りつけたいところだが、いちおう今後もこの手を使うかもしれず、ならば「謎の美少女=新羅辰馬」と大勢に知られるのも困る。


「おかえりなさい……それにしてものすごい破壊力ね」

 北嶺院文も思わず詠嘆する、辰馬の女装の完成度。それはもう、女子高に潜入してまったく怪しまれなかったほどの出来だからして完成度に関しては言うを待たない。当人にとっては屈辱以外のなにものでもないが。


 パイプ椅子にどっかと座った。大きく足を開いて座ると下着が見える。「ちょ!? 新羅先輩!」繭が口元をおさえ、「おぉぉっ!」とシンタが身を乗り出す。


「お前ら、男のパンツで動揺すんなよ……。ちゃんとち〇こ生えてんだぞ、この中」

「……そ、そーっすね。なんか、えらいもっこったモノが……、辰馬サンって、えらくデカい……?」

「デカいかどーかは知らんが。人並みじゃねーかな……それより着替える。いつまでもこんなカッコしてられっか」

「そうね……いつまでもその恰好は……」

 辰馬が上着に手をかけ、文が「確かにその恰好ではまじめな話ができないものね」と応じたそのときその瞬間。

 階段を駆け上がり三階の学生会室に飛び込んでくる人影二つ。


「「ちょっと待ったぁぁ!」」

「は?」

「わー! たぁくんたぁくん、女装たぁくんだぁ♡ かわいーかぁいー♡ いつものたぁくんもかぁいいけど今日のたぁくんもしゅきぃ~♡」

「たつまアンタその恰好……あー、スタジオから写真機借りてくればよかった! これは永久保存版だわ」

「しず姉、エーリカ……おまえら用事じゃねーのかよ!? あーっ、ベタベタ触んな……つて、ぎゃーっ、スカートの中手ぇ突っ込むんじゃねえ!」

「さっき林崎さんから「新羅が女装して賢修院行きましたから、1時間もしたら戻りますよーっ」て報告がね、あったんだよ! そしたら時間ぴったり、仕事疲れのおねーちゃん元気百倍だぁ♡」

「あたしも夕姫にそれ聞いたからスタジオ入り遅らせたんだけど……いやー、完成度高いわ。てゆーか完全に女の子じゃんたつま。やっぱ去年あたしが勘違いしたのも仕方ないわよ、コレ」

「わかったから離れろや! つーか、しず姉もエーリカもいねぇから女装作戦OKしたのに……最後に見られた……」


……

…………

………………

というわけで、おねーちゃんとエーリカにたっぷり鑑賞された辰馬、ようやく着替え。

二人を加えての対賢修院戦作戦会議、となる。


「で、やっぱり源は操られてるだけって感じがした……それとしず姉、あいつに剣術伝授したとか、そーいうことは?」

「へ? ううん。あたし人に自分の技教えたことないもん。剣術の授業の範囲なら別だけど……「神伏せ」使ったんだよね?」

「ん。となると他は……ウチのじーちゃんか」

「師範は……どーだろ、「ワシが剣を伝えるのはおまえが最後じゃ」って、いつもあたしに言ってたけど」

「じーちゃんでもないとすると……」

 辰馬と雫があーでもないこーでもないといっていると。


「たぶん葛城明神じゃないかしら」

 文が思慮深げにそう呟いた。


「新羅江南流については詳しくないけれど、新羅家中興の祖新羅牛雄老は葛城明神で剣術修行をした時期があるはず。源さんの使う技はおそらく、新羅の剣ではなく新羅に分かれる前の剣術聖地・葛城の技ではないかしら」

 アカツキの剣術は「一刀流」の葛城系と「陰流」の藤川系、二つのルーツに分かれる。どちらも剣神フツノミタマを祀る神社の流れで、維新後、新羅江南流という廃れていた武術を興隆させた辰馬の祖父、牛雄は確かに一時期、葛城の聖地で剣術修行したことがあった。


「なるほど。ウチの技ってわけじゃないのか。むしろあっちが本物、と……。にしても会長、よく知ってんね、そんなこと」

「敵のことはよく調べておかないといけないからね。特に最大の敵になるであろう新羅くんのことは、よくよく調べておかないと」

 文は隠すこともなく、また冗談でもなさげに辰馬を「最大の敵」と言ってのける。ここのところの学園抗争で辰馬の側は味方意識を感じていたが、文にとって辰馬はまだ打倒すべき男子たちの首魁、という認識を出ないらしい。今は利用価値があるから手を結んでいるが、最終的には倒す、ということか。


 北嶺院文がことさら男子を嫌う理由はその出自にある。彼女の家はアカツキ三大公家が一、北嶺院家であり、その当主は代々アカツキ5軍(東西南北と中央の軍)中央軍兵站局の局長を務めるのだが、文の父は正直言って有能とはいいがたく、怠惰であり、そして文にとっては母や自分を虐げてよそに女を作る許しがたい存在だった。なので彼女は男性不信を募らせ、同性愛に傾倒し、学園においても(本来文は父の意で賢修院に進むはずだったが、自分の意志で蒼月館に変えた。現在彼女は家を離れエーリカ同様に独力で生活しているが、母や家の侍女たちからの差し入れでエーリカよりは幾分、マシな生活をしている)男子排斥を謳う。


「文ちゃん冷たいなぁ、明芳館戦一緒に戦った仲じゃん?」

 雫がいうも。


「そのとおり、私は冷たい人間ですから。男子はいずれ排除します、新羅くんも」

「そのへんはな、まあ、いずれ決着つけるとして。まずは賢修院戦」

「そうね。そのとおり」

 当事者同士はそのあたりについて案外、醒めた感覚でものを見ていた。辰馬の側には文の心がかたくなさを溶かして仲間になってくれるのを、期待して待っている甘さがあるとして。


「それで、武蔵野? アレは古神との契約をしてない……つーか、神力を持ってないな。これは間違いない」

 辰馬が言うと学生会室はわずかにどよめく。女神の加護を受けたアルティミシア大陸、この世界で男なら一切の加護をもなないのが普通だが、女はそうではない。女に生まれて神力の加護を受けないというのは大きな身体的欠損であり、それがひとつの学園内における最大権力者の座についているというのはスキャンダルといってもいい。


「魔力欠損症かな?」

 雫が、自分の体質を引き合いに出して問うが、辰馬はかぶりをふる。辰馬があの交錯で感じた武蔵野伊織の力は魔力欠損症の人間が持つ「超越的身体能力」とも違った。もしそうであったならあの瞬間、打ち込まれた弾丸を辰馬はあそこまで簡単に切り落とせなかったはずであり、そこから総合して勘案すると武蔵野伊織は「神力・魔力を持たず、さらには特殊な身体能力も身に着けていない、魔術としては自己の霊力を使う人理魔術以外の技を使えず、武術に関しても並みの研鑽の上をいくものではない」相手ということになる。これだけなら正直、敵ではない気もするのだが、それにしてはなにか不気味なものがある。それに対して学生会長、源初音は明らかに巨大な神力の資質を感じさせたが、こちらからは「怖さ」を感じなかった。晦日美咲の探知力と戦闘力が高いとはいえ、力を隠していたせいなのかあっさり目を回していたような相手である。ともあれあの二人からは、どこかいびつでちぐはぐな何かを感じる。


……………

 武蔵野伊織は神力を持たないが、にもかかわらず巫覡としての資質において天才的なものを持っていた。端的に言えば「神降ろし」の依り代としての適性が極めて高い。たとえば身近にいる、気弱で十全の力をふるえない狐神の力を、わが身に卸して存分に振るうということが可能なのだった。これはむしろ神力が完全に空であるからこその適正で、おそらく彼女以上の降神能力者は現在のアカツキにはいまい。神降ろしというならヒノミヤ代々の齋姫の秘宗、降神・火之赤という女神ホノアカとの合一能力があるが、神との融合率に関していえば伊織と源初音のそれは齋姫のそれを凌駕する。もっとも、身に宿す神の力自体が桁外れなので齋姫の降神のほうが、威力において勝るのは間違いないのだが。


 伊織と二人の部下……佐藤湊と鎌田茉莉は夜。明芳館を訪れていた。


 招かれてのことではない。


 兵を率いて、まぎれもなく闘争の構え。


「かかりなさい。明芳館は惰弱の蒼月館にすら敗れた劣弱。わたしたちの同盟相手にはふさわしくない」

 神気横溢、全身を黄金色に輝かせた伊織が指揮杖を振り下ろすや、彼女の兵はほとんど熟睡(うまい)の中にある明芳館に容赦なく襲い掛かる。このとき、広域探知能力を持つベヤーズはまだ病院であり、学生会長李詠春と1年のフミハウは学生会室でまだ作業中だったが気づくのが遅れた。そして気づいた時には遅すぎる。


「フミちゃんは逃げなさい! 蒼月館へこのことを知らせて!」

 詠春はそういって、賢修院学生会の三人に立ちはだかる。仲間思いのフミハウが自分も戦う、と言い出さないかそれが心配だったが、そこはフミハウも賢い。この状況、自分が残るより蒼月館に救援要請を求めるべきと悟った。身をひるがえして走り出す。


「待ちな!」

 海賊帽に褐色肌、天竜財閥傘下の海運業大手の娘である鎌田茉莉がその背に鉄鎖を投げつける。それは狙いたがわずフミハウの背中を痛打し大きな裂傷を負わせたが、捲土重来の使命感に燃えるフミハウは振り返りもせず走り続け、かろうじて茉莉の追撃を振り切った。


そして詠春と伊織。

向けられるあまりの力のすさまじさに、ただ対峙するだけで詠春は立っていることもおぼつかない。それくらい、伊織がまとう神力は強烈すぎる。


 伊織が拳銃を抜き、早打ち。さすがに昼、新羅辰馬に向けたような眉間狙いはしないが、4発連射した弾丸は正確に詠春の四肢を狙った。詠春は契約古神「混沌」の力で銃弾と銃弾に込められた神力を食おうとするが……あまりにも力の差がある、食えたものではなかった。もともと彼女の力が怪物的だったのは「魔女」に与えられた呪具によるブーストによるもの、あれが壊され、今の詠春の力は到底伊織の……正確には伊織に降りた初音の……力に及ばない。四肢を撃ち抜かれ、芋虫のように倒された詠春はなおも強い抵抗の意をもって伊織をにらみつけたが、それは彼女に地獄を約束することになる。制圧された明芳館男子、伊織は彼らに「お前たちの会長を犯せば許す、さもなくば殺す」そういって犯させた。


 この狂騒のなか、フミハウは蒼月館にたどりつき、男子寮秋風庵の辰馬の部屋に駆け込んだ。


「すぴ……くぅ……みずほ、もー無理だって……出ない、出ねーから……」

 なんか寝言で言ってる辰馬に、カチンときて平手打ち。


「へぶぅ!? ……って、なんだ!?」

「新羅、助けて!」

 フミハウの訥々としたしゃべり方はなかなか要領を得なかったが、ともかくも明芳館ピンチ、ということはわかった。辰馬は怪我しているフミハウを女子寮、雫の部屋で眠る瑞穂に預け、自分は単身明芳館に向かう。


 しかし到着したとき賢修院がわはすでに引き上げた後であり。校庭で男子たちに輪姦される学生会長、李詠春の無残な姿をどうにか回収して帰ることしか、辰馬にはできなかった。

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