第26話 賢修院潜入
「今日はどーすっか……久々にヒマだなぁー」
「そうっスねぇ~……」
「アンタたち、なにまったりしてんのよ! 今日も仕事!」
放課後、辰馬たちがまったりくつろいでいると林崎夕姫がやってきてそう言った。
「は? なにが?」
「なにが、じゃねーのよ。アンタたち学生会に入ったからにはもう逃げられないかんね!」
「? いや、入ってねーし」
「入ったでしょーが! 対明芳館学園抗争参戦! 学生会でもない人間に部隊指揮なんか任せるわけねーでしょ! アンタらはあの時点で学生会なの。つまり、アタシのパシリよ!」
「……え?」
「耳の悪いフリすんな! とにかく、学生会室へ来ぉい!」
「えー……いいんかよ、下賤な男子を神聖な学生会室に入れて……」
「なんかしたらブッ殺すからだいじょーぶよ!」
「ブッ殺すとか簡単にゆーなよ……学生会ね。まあ、ヒマつぶしにはなるか……」
「林崎センパイ遅いですよ! 学食の新メニューのアンケート集計、今日のうちです!」
学生会室に入るなり、塚原繭の怒声が飛ぶ。ふだんむしろおっとりしている繭の激しい口調は、事態の修羅場ぶりをうかがわせた。
「あー、ゴメンゴメン。こいつらが手間取らせるから。……ほら、新羅とユカイな仲間たち、アンタらも働け!」
「まあ。ここまで来たからにゃあ多少は働くが。ハッキリ言って素人だからな、戦力期待すんなよ?」
「泣き言は聞かないわ。死ぬ気でやりなさい!」
「……そんじゃえーと……、学園周辺の雑木の伐採依頼……? こーいうのも学生会の仕事か。ふーん……」
「痴漢鎮圧用の自衛グッズを全校女史に配布の予定……怖えぇ。完全武装かよ……」
「学園周囲の見回り強化、なんてのもありますよ。こういう仕事なら俺らも戦力になるのでは?」
「壁新聞の記事が埋まらんのなら拙者に任せるがいいでゴザルよ!」
それぞれに学生会案件をペラペラと調べ、それぞれに発言。最後に満を持して口を開いた出水の眉間に、夕姫は「うらぁ!」と強烈に指を突きつける。
「アンタは! 官能小説書くつもりでしょーがデブ! ダメよ!」
「むぅ……芸術家は理解されんでゴザル……」
「なにが芸術家よこのエロ助。ホントキモいわ、アンタ」
などとやっているとドアが開き、学生会長、北嶺院文が入ってくる。その姿は凛としてはいるが、やや覇気がないような戸惑っているような、そんなふうを感じさせる。愛しいおねーさまのそんな変化に夕姫が気づかないわけがなく。
「おねーさま大丈夫ですか? 理事会のジジイどもになにか言われました? なんだったらアタシが天誅を……」
「いえ、理事会はいつもどおり。三大公家の娘に表立ってなにか言える気概の持ち主なんていないわよ……、それより」
「あ、新羅たちはアタシが連れてきました。こいつらも学生会員なので!」
「あぁ‥…そうね。そういうこと」
文は得心したようにうなずくと、4人の異物から視線を外す。どうもこのやりとりから察するに、辰馬たちが学生会員というのは夕姫が(もしかすると繭も)決めたことで、トップである文の承認を得てのことではないらしい。
「まあ、新羅くんたちがいるのは都合がいいわ。今日ついさっき、学園抗争が布告されました。相手は賢修院学園。理由として「蒼月館の学生、新羅辰馬が賢修院の学生会長に暴行を働いた」とのことなのだけれど……新羅くん、身に覚えは?」
「んぁ……? いや、なんも。賢修院の会長なんて知らんし」
「そうね。さすがにあの子は目立つはずだから……わからないはずがないか」
「ですよねー。源の耳としっぽ、バカみたいに目立ちますもん!」
今朝遅刻してきて朝の騒動を知らない夕姫が、ケタケタ笑った。が、辰馬には「耳と尻尾」の持ち主について、思い当たる節がある。
「耳としっぽ……? 狐の?」
「へ? 狐? あれって猫じゃないの? アタシあいつ猫又だと思ってた……にゃーって鳴くし」
「夕姫……源さんは妖狐よ。猫又とは霊格が全然違います。妖狐は神の使い、あるいは下級の神そのものとされることもある大妖なのだけど、源さんにはそういう「神の威厳」のようなものがないのよね」
「あー、晦日にシバかれて目ぇまわしてた。全然威厳とかなかった」
「そういうこと。だからある意味彼女は近寄りやすい神さまなのだけれど、そこをつけこまれてほかの学生会メンバーに利用されている、という話も聞きます。だから今回の宣戦布告も、源さんからのものではないのかも」
「まあ、所詮現在(いま)の神さまでしょ? 戦いになっても、古神であるアタシのウルスラグナの敵じゃあないですよ!」
「どうかしら。源さん自身の神力に加えて契約古神がいるかもしれないし……というよりわたしは今回の戦い、源さんから「君側の奸」を除く機会かも、と思っていてね。副会長武蔵野伊織、天竜財閥・堺弥五郎の曽孫……、おそらくはこのひとが源さんを傀儡にしているのだとわたしは睨んでいるのだけれど。ほか書記の佐藤湊、会計・鎌田茉莉も天竜財閥系の令嬢。いわゆるお嬢様だから、うっかり傷を負わせたりすると親御さんが黙っていないのよ……」
自分も国家有数のお嬢様である文が、そうした事情を口にする。普通に学園抗争ならなんの問題もなしだが、今回どこか乗り気でないのはそうした事情か。
「というわけでまず彼女らを除くべきなのだけれど、今回の抗争、どうするかということ」
「つーか、最初から親を恃みにして突っかかってくる連中ってバカ丸出しだな」
「確かにそうなのだけれど、そのバカの権力が馬鹿にできないからね。彼女たちは目的のために人殺しすら厭わないし、それを親の権力で正当化できる。厄介よ」
「そんなら、まずおれが一人で賢修院行ってくるか? いざとなったらおれ一人処断すれば済むし」
「ひどい話だけれど……お願いできる? 新羅くん」
……
…………
………………
というわけで新羅辰馬は賢修院までやってきた。
「それはいーんだが。なんだよこれ……」
賢修院が女子高ということで、女装である。といっても女ものの洋服(体格のあまり変わらない夕姫から借りた)に着替えて、いつもは封石を使って横で束ねている髪をほどいて垂らすというそれだけで一切の化粧も変装もしていないのだが、もとがもとだけに信じられないような美少女ぶり。まさに輝く瑠璃の玉のごとしだ。この姿を見て夕姫はあんぐりと開いた口がふさがらなかったし、繭はレズでもないのにぽ~っとうっとり、強い精神力をもつ文ですらが一瞬呆けるというありさまだった。欲情したシンタが抱き着こうとして辰馬の本気パンチに10メートル殴り飛ばされたのは、まあいつものこと。
「ごきげんよう、学内見学のかたですか?」
「ご、ごきげんよう? あー、うん……じゃねーや、はい、そうです……」
「そう固くならなくても描いませんわよ。口調も、普段通りで大丈夫です」
「は、はあ……」
親切な女子にあたったのは幸運だったが、えらい緊張する。自分の今の姿やら女子高に単身潜入やら考えて、冷静になると「これって犯罪だよなぁ……」と思ってげんなりする辰馬。しかし今更後には引けない。権力で蒼月館をつぶそうとする連中を除いて、あとついでに源初音を救うという大義名分を口の中で唱えて辰馬は賢修院の中へ。
「金かけてんなぁ……」
これが賢修院校舎に入っての感想。そもそもグラウンドの整備され具合(人工芝だった)からして蒼月館や明芳館とは印象が違ったわけだが、廊下に赤絨毯、そして天井には豪奢なシャンデリア。廊下のそこかしこには価値がわからないもののたぶんお高いのであろうツボや彫像がおいてあり、学内放送では高雅なクラシックが流れる。金持ち趣味だが、それがいやしい感じになっていないのはやはりセンスがいいのだろう。
「ふふ、お上りさんみたいですよ?」
「実際そーなんで」
「ご出身は?」
「南方です。宮坂」
辰馬はとっさに祖父の戸籍で答える。まさか暗黒大陸アムドゥシアス生まれです、と正直なことをいうわけにもいかないし、太宰艾川沿いの新羅道場ですなんて言ったら一発でバレる。実のところ辰馬は南方で過ごした経験は少ないのだが、祖父母の薫陶(?)により南方宮坂の羽方方言に堪能……というか時々無意識に飛び出る……でもあるから怪しまれることはないはずだった。
「来年度のご入学?」
「はい、まあ」
どうやら完全に見学に来た中等学生だと思われているようで、警戒されないのはいとして少し屈辱。そんな辰馬の心中を知る由もなく、賢修院女子はおねーさん気分で案内を続ける。
「それで、次はどこへ行きましょう?」
「学生会室、いいですか? お……わたし、現学生会の方々に憧れがあって」
「あぁ、皆様素敵な方々ですものね。はい、了解しました」
そして学生会室。
「見学希望者を連れてきましたー♪」
おねーさんがそういってドアを押し開けた。
学生会長・源初音の容姿は朝の邂逅で記憶済み。ここでとにかく彼女の身柄を抑え、蒼月館に一度連行する、というのが辰馬の目論見。
が。
「にゃ、にゃーっ!?」
黄色い悲鳴が上がる。学生会室には一人だけ、学生会長・源初音ただ一人だった。それはいい、好都合。問題なのは初音が着替え中だったことで、よっぽど照れ症なのか下着姿の初音は目を回さんばかりに狼狽えている。
これはこれでまあ、好都合か……。
辰馬はおねーさんの横を飛び出し、初音に躍りかかる。混乱している相手を組み伏せてとらえるくらいのことは造作もない。
はずだった。
しかし辰馬からわずかな「攻撃の意志」を読み取った初音は、素早く傍らに架けてあった竹刀袋を取る。次に見せた剣閃の鋭さに、紙一重で回避した辰馬は思わず圧倒され、驚く。
「しず姉……?」
そうつぶやくのも無理はなく。源初音が見せた一閃の剣技、それは牢城雫の「神伏せの太刀」に酷似したものだった。
「あなた、誰……?」
初音の完全に警戒した声。ここにきて辰馬は失敗したことを悟る。さっきまでニコニコしていたおねーさんも、辰馬の学生会長襲撃に学生会室を飛び出して人を呼びに行った。
「………………」
「答えなさい! ……あたしは木刀でも斬れるよ?」
その言葉に嘘はあるまい。本気でやり合うならまだしも辰馬の目的は初音を保護することであって、叩き伏せることではない。両手を上げて降参を示す。
「おれは蒼月館の新羅辰馬」
「にゃ? 新羅辰馬?」
「……いや、この格好はここに潜入するためでな。おれの趣味とかじゃあない」
「そ、そーなんだ……」
「そんで。正直なところあんたは蒼月館の敵なのか味方なのか。もしかしたら天竜財閥系の副会長以下に支配されてるんじゃねーかって、ウチの学生会長が言ってんだが」
「ぅ……それは……」
初音の表情がみるみる曇る。よほどに嘘がつけない性格らしく、これを見れば傀儡にされているという話、まず間違いがない。
「アンタをいったん、蒼月館で保護する。一緒に出るぞ、こっから」
「そうはいかないわね、新羅くん」
玲瓏とした声は、背後から。曲がりなりにも達人と言えるだけの技量を持つ辰馬に気取られず背後数メートルの距離まで接近した技量もさることながら、右手に持つ得物がまた物騒だった。銀光をきらめかせる、短い筒状の、まぎれもない短銃。賢修院副会長・武蔵野伊織は楽し気に微笑むと、振り向いた辰馬の眉間を照準する。
辰馬は俊敏に判断し、行動した。今ここで初音を説得できない以上蒼月館に連れ帰ることは不可能。まず銃弾を回避し、しかるのち逃走。
伊織は遠慮なく引き金を引いた。殺すということになんの躊躇もない、確実に仕留めるつもりのヘッドショット。が、辰馬は「シッ!」と氷刃で銃弾を断ち割る。もし伊織の照準がもっとでたらめだったら不可能だったが、性格確実に眉間を狙ってくると分かっていれば銃弾斬りはそこまで難しくはない。そのまま伊織の脇を抜け、疾風のように廊下を駆け抜けて辰馬は賢修院から逃走した。
「伊織……」
「初音、惑わされてはだめよ。あなたの幸せは私の隣。うかつに他人を信じては狩られるわ。それに……あなたは私に、幸運をくれる狐神なのでしょう?」
「う……うん」
新羅辰馬が去ったあと。動揺する初音の目を見て伊織は優しく語り掛ける。その目の輝きは明らかに尋常のそれではなく、心弱いものをとらえる洗脳者の視線だったが、初音はその邪視に抗うすべを持たなかった。そしてまた幼いころ、初音と伊織がかわした約束。それが初音の心を縛る。
「蒼月館を叩く、そう令しなさい、初音。それが正しいこと」
「うん。蒼月館は……叩く!」
かくて。
賢修院学園は蒼月館に正式に宣戦布告。蒼月館はつづけて2度目の学園抗争に突入する。
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