第24話 セッション

 蒼月館男子寮・秋風庵。


「シンタ、いま何時?」

 一行で唯一の腕時計持ち、シンタに尋ねると


「そろそろ8時っスね……」

 という返事。辰馬は少し「うーん……」という顔になる。


「遅くなったな……しず姉に怒られるかも……」

「だいじょーぶよ! ちゃあんとお土産も買ってきたし」

 怒ったときの雫の怖さに臆する辰馬の背中を、エーリカがバスンバスンと叩く。はっきりいって痛い。


「お前、力入れすぎ。なんでおれの周りの女ってみんな馬鹿力なんだよ……」 

 剣術小町の雫は当然、握力がすごいとして、エーリカも盾使いであって力は強い。ほかに1年の塚原繭も大薙刀を使うだけに怪力だし、意外なところでは聖女(候補)ラケシス・フィーネ・ロザリンドも力が強かったりする。確かにこれだけ身近に腕力の強い女子が多いと、ぼやきたくもなるのだった。


さておいて。


「あとで部屋まで遊びに行きますんで!」

 シンタ、大輔、出水はいったん、それぞれの部屋に戻る。が、瑞穂、エーリカそしてフミハウは辰馬の部屋についてくる。瑞穂は雫といっしょでないと春曙庵に帰れないとして、本来男子寮は女子禁制。エーリカは春曙庵に、フミハウは明芳館に戻ればいいものを


「アンタら二人っきりにするとまた乳繰り合うでしょーが! させないかんね」

 というエーリカと。


「瑞穂は……、わたしが守る……」

 というフミハウ。まあ実際、二人きりになると瑞穂はこれ幸いと甘えてくるので事実無根というわけでもない。どうにも加害者が辰馬の側であるとみなされているのが心外ではあるが。


「たでーまぁ……」

「おかえりー。今日の晩御飯はね~……山菜ごはんと鮭の塩焼きでしょ、肉じゃがでしょ、そしてほーれん草のお味噌汁!」

 部屋に戻るとエプロン姿の雫がにぱーと満面の笑み。家事能力ゼロの辰馬のために雫は毎日通って家事全般をこなしている。


 のだが。


「あー……今日食ってきたんだけど……」

 辰馬がちょっとだけ申し訳なさそうに言うと雫はがーん、という擬音が聞こえてきそうなくらいショックな顔をした。


「がーん! たぁくんが外食する不良に……!?」

 そして実際がーんと言う。


「いや、そんくらいで不良ゆわれても……」

「うんまあ、それは冗談として。何食べてきたの? おみやげある?」

「あるわよー、牢城センセ。ほら」

 横からエーリカがペクドナルドの袋をガサリと。


「ペクドナルド……ファストフードに負けたのか、あたし……。さめざめ」

「ウソ泣きすんな!」

「うんまあ、それは冗談として。でもあたしが作った料理も食べてね、腐っちゃうし」

「あー……じゃあ、少しだけ」

「みずほちゃんエーリカちゃんと、あと……フミハウちゃん? だっけ? も一緒に食べんさい。みんなで食べればすぐだから!」


 改めて食器を配膳していく雫。エーリカはテイクアウトのハンバーガーやらポテトやらを並べていく。こういうとき坊ちゃん育ちの辰馬とお嬢様育ちの瑞穂は完全に無力、戦力外(エーリカはお姫様なのだが、あんまりお姫様育ちでない)。フミハウはなにか手伝おうとしたが、お客様なので止められる。


 そして改めて会食。アスリートである雫がやせの大食いであるのは当然として、意外なほどよく食うのが瑞穂。お行儀よく、一度に口にする量はちびりちびりなのだが、それを積み重ねる回数が大概に多い。


「ご主人さま、それ残すのでしたら、わたし食べますよ?」

「あ……おー、頼む……」

「ホントよく食うわよねー、瑞穂。その乳袋はそーやって育ったわけね……」

 エーリカもあきれるくらいの食欲。すでに辰馬とフミハウは食傷気味でぐったりなのだが、他三人はまだまだ入る。


「ふー、食べた! ペクドナルド? たまには悪くないね!」

「そーでしょお、さすが牢城センセ、話が分かる!」

「わたし、まだ少し食べ足りないです……」

「瑞穂……わたしの、残りでよかったら……」

「わぁ♪ ありがとうフミちゃん!」

 瑞穂の底なし胃袋はともかくとして。狭い部屋に女4人と男1人。化粧をする子はいなくてもやはり女のにおいがこもるというもので、当てられ気味の辰馬は窓を開ける。


ふう……シンタたち早くこいよ、男おれひとりだといたたまれんだろーが……。


 案外そんなところで小心な辰馬だった。


「辰馬サーン、遊びに来ましたよっと」

「押忍! お邪魔します!」

「拙者もいるでゴザルよぉ~、シエルたんも」

「ふぁ……アタシもーねむい~……」

  ようやく連れ立ってやってくる男子の面々。辰馬は地獄に仏で出迎える。


「おー、入れ入れ。んで、今日なにする?」

「この人数だし。RPGできるんじゃないスかね?」

「あぁうん、えーと……おれと瑞穂としず姉とエーリカとフミハウ、シンタと大輔と出水とシエルで9人か。マスター1人いるから、プレイヤー8人?」

「アタシぱーすー。ヒデちゃんの見てる~」

「んじゃあ……」

「なになに、なにするの? なにして遊ぶ?」

「ぎゃあ! いきなりくっついてくんなエーリカ!」


 というわけでRPG「ダンジョンズ&オロゴンズ」プレイ。

「あたしRPGって経験ないんだけど、ダンジョンはともかくオロゴンってなに?」

「古代の伝説の格闘家らしーッすよ。巨漢アケボーノを飛び蹴り一発でノしたとかなんとか」

「ふーん……そのオロゴンさんが出てくるの?」

「いや、出てこないっス。あくまで語呂」

「わたしも初めてなんですけど……初心者はどんなキャラクターを作ればいいんでしょう……?」

「お、瑞穂ねーさんもRPGバージン? だったらやっぱファイター系が……」

「わたしは……やめておく。イラスト描く……」

「うひゃあ、フミハウちゃん絵上手ぇ!」

 と、RPG初心者の瑞穂、雫に基本のところからレクチャーするシンタ、プレイには参加せずイラスト描きに徹するフミハウ。


「アタシは何にしよーかなー……ガーダー職はやりたくないのよね、やっぱり魔法で一気に敵をなぎ倒す役がいい!」

「実際が戦士系だとみんなそー言うよな。おれもたまにゃーシーフ/レンジャーとかやってみるか……」

 こちらはある程度慣れがある辰馬とエーリカ。


 キャラメイクを手早く30分で済ませ、プレイ。時間も押し迫っているのでストーリー性のあるゲームにはならない。ちょっとしたダンジョンを設定、財宝目当ての冒険者としてそこに潜る。


「実際ダンジョン潜って財宝なんか手に入った覚えないけどな……まあ、ギルドから報酬出るから、安定してるっちゃしてるが」

 という辰馬のロール(役回り)はシーフ/レンジャー。罠の探知・解除および戦闘では遠距離からの一撃必殺を担う。


「そーっスねぇ。一度はでっかいお宝とかお目にかかりたいもんスけど……」

 シンタのロールはセージ/ウィザード。攻撃魔法のほか、アイテムの鑑定など担当。


「アタシは宝石も財宝も飽きるほど見てきたけど? ほらたつま、罠調べて」

「あいよ……あ、1と2……」

「それじゃあわかりません。どうします?」

 マスタリングは大輔。ショートシナリオでも意外に話の筋立てがしっかりしているのは、出水の脚本と、大輔の語りによるところが大きい。


「主様、ここはガッと開けてみるでゴザル! ほかのみんなは10メートル退避!」

「お前出水、見殺し作戦かよ……まあ、罠探知できなかったのおれだし、開けるか……」

 そしてここで罠発動。辰馬、飛び出したクロスボウの矢に射貫かれてリタイア。


 シーフを欠いた一行はガタガタになり、それでも瑞穂(ファイター/ファイター)、雫(モンク/ウィザード)のビギナーズラックとしか言いようのないダイス運に恵まれて突き進むが随所の罠にかかりまくって一人また一人と散華。手加減した大輔の演出でどうにか最終決戦まで持ち込むものの、すでに戦闘力は半減以下であり敗北、クエスト失敗に終わった。


「わーん、負けたー!」

「悔しいですうっ! ダイス目がもう一歩走れば……!」

「いや、実際あの状況でよく頑張ったんじゃないスか?」

「そーだなぁ。おれが初手で死ななきゃよかったのかも。やっぱ現実みたいに簡単にはかわせんからな、あれ」

「いや、フツーは逆スけどね、そのセリフ……。まあ序盤のシーフは体力ないんで簡単に一撃死しますからねー」

「アタシたちはいつもどーりだとして。牢城センセと瑞穂は? 楽しめた?」

「はい! とっても!」

「次はまた違うキャラでやりたいよねー。でもそろそろお開きにしないと、明日もあることだし。帰るよー、みずほちゃん。たぁくんはフミハウちゃんを送っていくこと!」

「あーうん。そーだな……」


 と、突発的に始まったRPG大会は終わりをつげ、そして辰馬とフミハウ。


「………………」

「………………」

「あのさー……」

「……なに……?」

「いや、なんで怒ってんの、おまえ?」

「……怒って、ない……」

「いやまあ、ならいーんやが。今後おなじガッコの仲間になるわけだし。あんまりギスギスすると疲れるしな。なんでよろしく頼む」

 辰馬はそういって、右手を差し出す。フミハウはややためらいながらもその手を取った。ほのかに小さく笑う。辰馬もほんのり微笑んだ。


「まーすぐに仲よくしようって話じゃねーし。ゆっくりゆっくりな」

「……ん…でも、瑞穂のことは……開放してあげて」

「は?」

「瑞穂に、聞いた。……奴隷だって」

「あー……それでか。いや、奴隷ってのは瑞穂の言い方っつーか……、なんかおれが鬼畜みたいな響きになっちまってるけど……」

「違う、の?」

「まあ関係性としてはあってる、のか? けどひどいことはしてねーよ」

 むしろされてる側です、とはさすがに言わないが。フミハウも今日一日の瑞穂と辰馬の様子を思い返していろいろと得心するところがあるようで、二人の関係を完全に理解したわけではないがなんとなく察した。瑞穂が自分を牽制するためにあえて言ったことにも、ここで気づく。


「なら……いい。新羅、これから……よろしく」

 ようやく、今度は明確にはっきりと笑顔を見せるフミハウ。そのあと二人の間に特別な会話はなかったが、もうそれまでのような重苦しさはなかった。明芳館の女子寮前までフミハウを送り、辰馬は踵を返す。そうして、新しい仲間を交えての長い一日はようやく終わった。

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