4章

第23話 ペクドナルド

 奇しくも、というか。

 神楽坂瑞穂とフミハウは隣席で編入試験を受けることになった。


 それで午前中の試験を終えて、昼休み。


「………………」

 隣席から無言の圧。むすっとした表情で女子には大きすぎるサイズの弁当箱をつつくフミハウのじっとりした視線が、瑞穂にのしかかる。なにを聞きたがっているのかはだいたいわかるのだが。


「な、なんでしょう……?」

「あなた……あいつと……、新羅と、どういう?」

 つい、聞き返すとやはり案の定の質問。ここで瑞穂の中に少しだけ意地悪な気持ちというか、ライバルを牽制しておきたい気分が湧いた。


「……ご主人様と奴隷の関係ですが、なにか?」

「……ッ!? どれ……ぃ!!」

 しれっという瑞穂に、フミハウは口を押さえて息をのむ。瑞穂は心の中でひそかに勝ち誇り、あなたの出る幕はありません、とこっそり巨きな胸をそらす。


が。


フミハウのその先の反応は瑞穂の予想に反する。


「女の子を、無理矢理奴隷に……。新羅、やっぱり許せない……」

「……ぇ?」

「神楽坂さん……みずほ、わたしが守る。安心して、もう、泣かないでいい……」

「は?」

 フミハウはなにやら情熱的な使命感に燃える瞳になり、瑞穂の手を取るとがっしり握る。氷の歌姫の掌はひんやり冷たく、寒がりの瑞穂は少し「はうぅ・・…」と思ったが邪険に払いのけることもできない。


……フミハウはこうして、神楽坂瑞穂の庇護者として名乗りを上げたわけだがそのころ。


「あー、午前中授業ばんざーい」

「まったくっスねー。どっか遊びに行きます?」

「授業がないならその分鍛錬しないとならんぞ、赤ザル」

「拙者は執筆活動があるのでゴザルよ、失敬」

 新羅辰馬と3バカは先週までの緊張状態を抜けてだらーっと一様に気の抜けた顔だった。とくに辰馬とシンタのだらけようといったらない。


「新羅さん……、新羅さんが範を示してくれないとそいつがまただらけるでしょうが」

「いやそーいわれてもな……、おれ疲れてんだよ、正直。先週は慣れない力使ったからさー」

「あー、盈力、でしたっけ? お疲れっス。そーいやこの辺、ペクドナルドのチェーン店ができたらしーっすよ? はんばーがーっての食わせてくれるらしーっス」

「はんばーがー……なにそれ?」

「えーとっスね。パンでハンバーグ挟んだ……まあ簡単に言うとサンドイッチなんスけど」

「なんだよ。サンドイッチなら学食で食うわ」

「いや、それが最近学生の間でブームになるくらいうまいって評判で」

「また赤ザルの知ったかぶりか。新羅さん、そんなのはいいから鍛錬行きましょう。レベル上げです」

「んー……今日はそのはんばーがーってやつ行ってみるか。マズくても話のタネくらいにはなるだろ。瑞穂拾って、あとはスタジオに寄ってエーリカも誘うか……。一応聞くけど、林崎もくるかー?」

 今日も不登校のエーリカの席に目をやりつつ、辰馬はよっこら、と立ち上がる。


「うっさいわね、他の女子がいる前でアタシとアンタが仲良しみたいな態度取らないでよ! ……あとで合流するわ、場所は?」

「相変わらず、めんどくせーなぁ……」

 明芳館を倒したことですこしは学園内における男子の地位は向上したかに思えたが、そういうこともないらしい。最終的に決めたのは新羅辰馬ではなく北嶺院文である、という喧伝もあり、蒼月館の中における男子の扱いは依然として低いままだった。


 ともあれ立ち上がってみると、なにやら窓の外にぴこぴこ動くものを見つける。


「なんだ……? 動物、ネコかなんかか?」

 それにしては大きい。辰馬はガラッと窓を開けて、外に飛び降りる。物陰が俊敏に逃げ去る。辰馬はそれを追う。


「辰馬サン、ペクドナルドは?」

「あとで追いつく。番地は?」

「えーと……○○-××-△△!」

「わかった了解! 瑞穂たち誘って先に行ってくれ!」

 辰馬は言い置くと、物陰を追う。あらためて逃げる背中を見れば相手が人間サイズの大きさを持っていることが分かった。金髪に、水色のサマーセーター、紫のスカート。


「あれって賢修院の制服か? 何しに……」

 と、思っている間にものすごいスピードで引き離しにかかる人影。辰馬も100メートルを9秒切る短距離速力の持ち主だが、向こうはそれを長距離でやってくる。とんでもない身体能力とスタミナだった。


「これは……ダメか、さすがに追いつけん……」

 しばらく追ったが両者の距離は縮まるどころか広がるばかり、辰馬はやむなく戻って件のハンバーガー屋に向かう。


……

…………

………………

「………………」

「……う?」

 店内に入るなり、凍てつくような視線に射すくめられた。


 瑞穂の隣にフミハウがいる。

「あはは、お友達になりました……」

「そら、いーんだけど……なんでにらまれてんの、おれ?」

「………………」

 本人に聞いてみるも、フミハウは辰馬をにらむばかりで口も開かない。なにやらむすっとした顔で、黙々とポテトをかじる。


「んー……なんか嫌われてんのか……まあいーけど」

「いえ、嫌っているわけではないと思うんですけど……、フミちゃん、このままだと誤解されますよ?」

「ん……新羅……」

「はい?」

 弟か妹が欲しかったタイプの辰馬は年下には甘い。穏やかに続きを促す。フミハウはじっ、と辰馬をにらみつけ、睨む視線がだんだんふにゃふにゃと蕩け、危うくぽやーんと呆けてしまいそうになるのを必死でこらえるとなんだか混乱した表情になる。これ以上は危険だ、と判断したフミハウはバッと顔をそむけた。


「こっち、見ないで!」

「お……おぅ……」

 そこはかとなく傷つく辰馬だが、実際フミハウの自傷自爆っぷりといったら辰馬の比ではない。なんでこうなるのかと自問してみれば、フミハウはこれまでの人生で異性と積極的にかかわるということがまったくなかった。


「なんか、よーわからんが。編入試験はどーよ?」

「それはもう、大丈夫です。ね、フミちゃん?」

「……当然」

「そか。ならよかった。で、これがはんばーがー? どーやって食うのこれ?」

「こーやって、手づかみっス。はぐっと」

「けっこー大胆な食いモンだな……」

「人前で大きく口を開けるの、すこし恥ずかしいですね……」

 シンタが食って見せるのに、辰馬と瑞穂があいついでネガティブな見解を示す。しかし一口食ってみると表情が変わった。


「あー! これうめーわ! あー! うん、うん」

「ほんと……いままでヒノミヤでは玄食(和食)ばかりでしたけど、こういうのも……」

「みずほ、本当においしいの?」

「うん、フミちゃんも食べてみて?」

「ん……」

 フミハウはハムスターか何かのように小さくもふっとかじりつく。クール少女のかわいいしぐさに、周囲の男どもが癒され、かついやらしさを喚起された。


「フミハウちゃん、ジュース飲む?」

「フミハウ女史、お手拭きでゴザル!」

「フミハウさん、指にソースが……!」

 馬鹿どもが下心満載で取り巻き化するのを、辰馬がチョップ。ついでに出水にはシエルが空気のヘッドホンをかぶせて、大音響地獄の刑をくらわせた。


「お前らそーいうの情けないからな。フミハウも怯えてるだろーが」

「またそーやって辰馬サンは、さりげなくポイント稼ぐんだもんなー……」

「稼いでねーわ。なにひがんだこと言ってんだ」

「だってフミハウちゃんの目が……」

「目?」

 シンタに指摘されて、フミハウの顔を覗き込む辰馬。一瞬ぼやーとなってしまっていたフミハウは真っ赤になり、朝に続けて今日2回目の平手を辰馬の頬に見舞う。


 が、そうなんども叩かせるほど辰馬もトロくさくはないわけで。


 ぱし、と止めた。


「あのさ、朝も今もなんよ、おまえ?」

「~~~っ!!」

「……せめてなんかゆってくれ。実際嫌われてんのかなんなのかもわからん」

「ご主人さま、フミちゃんはですね……」

「みずほ! 勝手なこと言わないで!」

「でも……誤解されちゃいますよ? お弁当だって、あれ本当は……」

「おまたせー! ハンバーガーなつかしいわね! ヴェスローディアでよく食べたわ。あ、店員さん、アタシフランクフルトとコーラ! ポテトはLで!」

「おー、エーリカ。ふらんくふるとって? はんばーがーの一種か?」

「んふふー、たつまにいいモン見せてあげる。まあこれをね」

 遅れて登場のエーリカは慣れた様子で注文すると、フランクフルトをぱくりと咥える。そして先っぽだけ咥え込むと、れちょぺちょと舐め始めた。


「んふふー、ろぉよ?」

「……?」

 口淫に見立ててフランクフルトをしゃぶるエーリカだが、その経験にかける辰馬にはピンとこない。なにやってんの? というしかなく、そして店員のおねーさんがエーリカの後頭部をトレイで一撃。


「お客様、公序良俗に反する行為は容認できかねます♡」

「あぁ! ごめんごめんごめんなさい!」

「なにがしたかったのお前?」

「ぅ……なんでもねーわよ……」

 というわけで辰馬にはまったく効果がなかった疑似フェラ攻撃だが。ヒノミヤでさんざんやらされた瑞穂は当然、この行為がなにを意味するか知っているわけで頬を赤らめうつむき、三バカは健全男子としての当然な知識からエーリカの狙った効果をばっちり惹起されて下腹を抑える。辰馬がこういう行為を知らないのは雫から情報統制を敷かれているためで、雫がやることなすこと以外のことを知らないのだった。なのに童貞ではないという不自然さ。


「この子があの雪の……へぇ~」

 ぺたぺた。エーリカが言えば

「明芳館の学生会ってとんでもねーわね。うちの学生会で氷使いって言ったら繭だけど、スケールが全然違うわ」

 夕姫もそういってぺたぺた。

「あの……さっきからぺたぺたって……なに……」

 戸惑うフミハウ。顔やら手やら、うらやましげにぺたぺた触られるとそりゃあ当惑もする。アカツキ北方、桃華帝国との国境にほど近い朔方鎮のある狼紋地方、コタンヌ族の生まれであるフミハウは雪深い地方の生まれだけに肌が白い。このあたりエーリカはもっと北のヴェスローディア生まれなのだが、フミハウの「透けるような」儚げな肌には及ばないところがある。


 そうしてにぎやかに。先勝祝賀会だったり編入試験終わっておめでとうパーティーだったりする時間は過ぎた。


……

…………

………………

「戻ったの、初音」

「うん。伊織」

「それで、明芳館を破った蒼月館、実際どんなものかしら……」

 薄暗く紗幕をかけてある部屋で。二人の少女が向かい合う。二人ともにまとうのは水色のサマーセーターと、紫のスカート。悠然と妖艶たる黒髪長身の少女は、小心翼々と身を縮める金髪獣耳の少女に問うた。

 部屋の奥には禍々しい雰囲気の木像。その瞳が怪しく光ったように見えた。

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