第22話 明芳館戦決着
明芳館校舎に飛び込んだ辰馬に、精鋭の女子と肉盾の男子が襲い掛かる。相手がすべて戦闘員ならともかく、校舎内には非戦闘員もいるわけで大きく巻き込む術は使えない。いきおい辰馬の行動は回避に徹し、隠密に学生会室を目指すという地味なものになった。
あんまし手間もかけてらんねー。会長がどんだけもたせてくれるかわからんが……。
壁にはりついて追撃をやりすごしつつ、辰馬はこの明芳館の建築パターンを頭の中に描いてみる。蒼月館と同じ西方バロック建築だとして、学生会室のような要所が置かれる場所は……、
「2階か3階の、奥ってよりか中央か。もっと絞り込めりゃあいいんだが……」
と、歩を進めるそばから襲ってくる明芳館一同。向こうもここが先途。必死に抵抗してくる。辰馬の体術レベルともなると一度に数十人でかかられても回避して進むことはそう困難ではないが、それでも進行が大きく鈍らされることは間違いない。そうしている間にグラウンドでは文が詠春相手に苦闘していると思うとさすがに焦慮を感じる。
……
…………
………………
「来てはならない!」
黒き神の衝撃波を、文の力が弾き返す。文の契約古神、久那戸(くなと)は別名岐(くなと)の神、塞の神ともいわれる。境界を定めて領分を越えることを禁じる神であり、そこから転じて設定した禁則を越えたものに罰を与える権能をも併せ持つ神だが、いかんせん自分から積極的に攻勢に出る神ではない。それ以前にうっかり力を使おうものなら……。
「『禁則』の力は使わないのですか? ふふ、欲しいなぁ、あれ。早く食べさせてくださいよ、あなたの力!」
詠春の混沌に食われ飲まれる。混沌という神は原初の黒き水の守護神であり、それ自体悪神邪神ではないが今は完全に暴走しており、その狂気は詠春の精神をもむしばんでいる。彼女を正気に戻すには一度倒して古神と接続を断つ必要があるが、現状文の力で詠春を倒しきることは難しい。「魔女」から承けた力を持ってきていれば話は違ったが、これもうかつに使って混沌に飲まれたのでは元も子もない。文がこの戦い、自分の力だけを使って戦うのはそういう理由だった。
「はぁ……はぁ……調子に乗って、いられるのも今のうち……。新羅くんはかならずやってくれる……」
「あら? あなた同性愛者だったと記憶していましたけど? まさか新羅さんに絆されましたか? あはは、案外面食いだったんですね、北嶺院さん!」
詠春の放つ闇が、また強烈にたたきつけられる。「言ってなさい……来てはならない!」再度文がはじく。神力は威力が大きい代わりに消耗も激しい。連続での使用に、文の繊手、その血管が裂けて血が噴き出した。左手で指揮杖を強く握り、どうにか力がブレることを抑える。
「あなたのかわいい新羅さんも、ただでは済まないかもしれませんよ? あちらには混沌の分身、燭陰(しょくいん)が待っていますから」
「っく、はぁ……あなた、漫画とか読まないのかしら……?」
「?」
「普通、漫画ではね……、そうやって、強キャラぶって勝ち誇るキャラは、だいたい足元すくわれて大負けすると、相場が決まってるのよ」
「……そうですか。なら、セオリーを覆してみせましょう! まずはあなたを叩き潰してからね!」
文の挑発、挑発に乗る詠春。闘争は激化を辿る。
……
…………
………………
転じて辰馬。
「この部屋か……」
ようやく学生会室にたどりついた辰馬は、そこに澱のようにたまる昏い気に気分を悪くする。強い魔力……盈力で守られていなかったら一発で精神を則られてしまいそうな、強烈で凶悪な邪気。
それを発するものはすぐに見つかった。フミハウが言っていた人頭竜の像、それはトロフィーやメダルが並ぶ台座に紛れ込ませるように置いてあったが、感覚の眼で見ればどう隠そうとしても隠しきれない、禍々しい気を発している。
「これを壊せばいーのか……。てい」
よそ様の備品ではあるが関係なし。辰馬は人頭竜の像を持ち上げるとうりゃっとばかり床にたたきつけた。これで詠春の力は断たれる? かと思うや、煙とともに現れたのは身の丈2丈(6メートル)ほどの人頭の竜。
「ふふん、像を壊せば力が失われる、とでも聞いたか、小僧? 生憎とそうはならぬ、この燭陰を倒さんかぎりはな!」
「……つーかさ、竜の身体にひとの首って、キモいわ~……」
気圧されていたのかと思えば、げんなりと言う辰馬。その声と視線に込められたなんともいえぬ哀れみ、憐憫に、燭陰はたちまち頭を沸騰させる。
「やかましい! この姿は「山海経」にも書いてある由緒ある恰好なんじゃ! ガタガタ吐かすと食い殺すぞ、小僧!」
「ガタガタいわなくても食い殺すつもりだろーが。まぁ、アレだ。バイラヴァの本気を使ってみるいい機会か……」
軽く凍気を右手にまとわせる辰馬に、燭陰は目を閉じる。刹那辰馬の力が消えた。もう一度凍気を喚ぶも、やはり燭陰が目を閉じて見せると力が消え失せる。
「なるほど……」
「くく。わかったか小僧。貴様は絶対にワシには勝てん!」
勝ち誇る燭陰にスタスタ近づいて、辰馬は「うりゃっ!」と竜の胴体に回し蹴り。「げぶぅ!?」燭陰は轢き潰される発情期の野良犬みたいな悲鳴を上げた。
「魔法がダメなら物理で殴る。簡単だな」
「ちょ……待て待て、待たんかァ!? そんな……ワシの竜鱗をぶち抜いてこんな衝撃を……ありえんじゃろ!?」
「ありえん、ゆわれてもな。現実は現実で受け入れろ」
「待てぇーい! 勝負は術比べじゃ! あくまでも神力魔力を競え! ワシの「ともしびを消す」力を……」
「ならそれで」
いちいち注文の細かい燭陰に、辰馬は今度こそ全力を練り上げる。バイラヴァとの接続と融合、必要な力を降ろすと、燭陰は目を閉じるどころか見開き怯えた。
「そ、そそそそそ、その力は……!? は、はかはかはかはか……!?」
「? なんか知らんが、殺さんよーにな、バイラヴァ」
『わかっている。我は汝自身だぞ? 殺人鬼のように言うな、辰馬』
なにやら愕然と狼狽える燭陰を前に、新生・新羅辰馬の本気が叩きつけられる。荒れ狂う氷嵐は一瞬で燭陰を凍てつかせ、活動を停止した燭陰は小さな玉に身を変じる。
「バイラヴァの力、属性が違うのかな、本当ならもっと威力が出るはずなんだが……、で、これは?」
『根元石(こんげんせき)。人面トカゲの魂魄よ。喰らえば力を得ることになるが?』
「いらん。が、とりあえず持っていくとして……急いでグラウンドにもどらにゃあな」
……
…………
………………
そして再びグラウンド、文vs詠春。
「そぉら!」
詠春の暗黒。それを放つと同時、踏み込んで掌打のワンツーから目打ち、喉突き、そしてみぞおち狙い! ことごとく急所を狙ってくる詠春の猛攻に文は防戦一方、詠春が体術を織り交ぜはじめると「境界」のタイミングも完璧にはいかなくなり、数発をもらう。蒼月館強化学生服は防弾防刃、魔法に対しても一定以上の防御力を誇るが、詠春の放つ混沌の闇、その威力は一定どころではない。文のところどころ裂けてボロボロの制服からして、文が不利にあるのは明白だった。
「さぁさ、どうしました、北嶺院さん! わたしのようなのは足元をすくわれてやられるんではないですか!?」
「く……そうね、そろそろ、かしら」
文がそう言ったとき、それはまさしく新羅辰馬が学生会室で燭陰を根元石に封じ込めたその瞬間であり。
次の瞬間、如実に詠春の動きが鈍る。
「は!?」
気づく詠春。進むか退くか、一瞬逡巡し、まずこの場で文は叩きのめすと決める。
「咬牙混沌!」
まだつながっている力をかき集めて、渾身の一撃。それまでにもまして巨大な闇の咢が文を襲うが、文もここまで無為に防戦一方だったわけではない。
「禁則! 汝の我に触れることを許さず!」
闇の牙は文に触れる寸前で、恐れをなしたように霧散する。恐れ為すのはまた詠春も。恐怖に顔をゆがめる明芳館学生会長に、蒼月館の会長は指揮杖を突きつける。
………………
辰馬がグラウンドに降り立った時、すでに決着はついていた。
「さすが会長。おれ必要なかったな」
「新羅くんが燭陰を倒してくれたからよ。それで、燭陰の根元石、あれはわたしが預かります」
「あいよ。変なことには使わんでくれよー?」
「さて、どうかしら」
というやりとりの間。敗者・李詠春はさっきまでとはうってかわってしおらしくなったものである。
「悪い、夢を見ていたようです……。北嶺院さん、新羅さん、申し訳ありません」
「……まあ、操られてた? 悪意を増幅されてた? ってんなら仕方ない。これからは多少男子に優しくしてやってくれ」
「はい。ですがそれは口約束ではなく……」
「契約ね。学園間抗争協定、勝者の側は敗者に制約魔術(ゲッサ)による絶対順守命令を下すことができる」
「そんなルールあんの?」
「知らずに戦っていたの? 新羅くん」
「いや……詠春の態度があんましムカついたから一発しばいたろと思っただけだしな……細かい学園抗争のルールとか知らんかった」
「じゃあ改めて今知ったということで、新羅くんの望むゲッサは?」
「んー……命令で仲よくしろっておかしい気がする……。蒼月館と明芳館に同盟関係を結ぶとか、そんなんでいーんじゃねぇかな?」
辰馬はしばらく首をひねったが、やはり命令による友好関係はおかしい。明芳館女子には今後男子に優しくしてもらうとして、そのあたりの報告のために留学生を交換する、程度が落としどころのように思えた。
「本当なら、ゲッサは履行してもらわないと困るのだけど。まあ新羅くん一人のお手柄といって過言ではないし、今回は大目に見ましょう」
「あい、あんがとさん」
……
…………
………………
そうして、ひとまず蒼月館、明芳館の抗争は終わる。後ろにいるらしい竜の魔女という存在が気になりはすれども、辰馬はたったんそのあたりの疑問にふたをした。
そして7月も2週目の月曜日。
この日は2学期からの編入生試験の日であり、神楽坂瑞穂がこの試験を受ける。もともとヒノミヤで英才教育を受け、さらに雫からマンツーマン授業でテスト用のヤマ張り勉強もみっちりやった瑞穂に隙は無い。
「というわけですから、ちゅーしてください」
「……あー、ここ朝の通学路な。そんで、ウチの学生やら、あとモンスターもそこいらへんにいるわけだが」
「でもいまがいいんです! ご主人さま!」
「こげんとこでそげな呼び方するなや! わかったけん!」
と、まあだいたいいつもの辰馬と瑞穂。
しかしいつもと違ったのは。
抱き合った辰馬と瑞穂、その少し先でなにかかドサリと落ちた。
「?」
なにごと? と目線を向けると、そこにはコタンヌ族の民族衣装姿、黒髪セミロングの少女が、世界の終りのような顔をして立っていた。
「あー……フミハウ、だっけ? 交換留学生っておまえか……」
という辰馬(瑞穂を抱いたまま)の横っ面に思い切り平手。華奢だが強い神力に加護された彼女の平手はかなりに強烈だった。
「なにすんのお前……って、行った……なんだ、今の?」
なにがなんだかわからない辰馬の腕の中で、事情がだいたい飲み込めた瑞穂は新しいライバルの登場に身を引き締める。
一方。
「……弁当箱? あいつ結構な量食うんだな……。まーあれか、明芳館の歌姫だっていってたし、体力使うのかもな」
フミハウが落としていったきんちゃく袋を確かめた辰馬は、相変わらず的外れなことを言っていた。
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