第18話 テルケのベヤーズ
市街に展開する蒼月館勢、27名(留守番の瑞穂と遊撃の雫のぞく)。
対する明芳館は神力使いの女子が60人で迎え撃ち、互いに街の各所に散らばる。数と言い兵の強さといい蒼月館、新羅辰馬の側に圧倒的不利だが、始まった以上そんなことは言っていられない。
「まず明芳館正門で集合を目標に!」
辰馬は側近に置いた出水に通達、出水はそれをシエルに伝え、シエルが風の魔術で辰馬の言葉を各所の仲間に伝える。
そこに躍りかかる明芳館女性陣。彼女らにとって男子は「穢れたもの」「粛清対象」である。攻撃に一切の容赦はない。
相手は8人、辰馬たちは辰馬、出水、シエルと一般兵4名。
「4人で1人を殴れ! 1対1とか考えんなよー!」
そう、指示を出す。先日の模擬戦での感触の通りなら4対1に持ち込んでもまだ不利なぐらいだが、細かいことを言っている余裕もない。辰馬はまず範を示すべく、敵中に突出。腰に差した二本の剣は抜くことなく、腕を一薙ぎさせる。氷の力場が少女たちを吹っ飛ばし……倒しきれないのは辰馬が人間相手に全力を使えないこともあるが、やはり彼女たちも精鋭だからか。少女たちの反撃、その前にシエルと出水が飛び出し、
「ヴェント・デア・シュゥルム!」
「泥檻!」
疾風と、泥濘。まずシエルの呼んだかまいたちの烈風が少女たちの衣服を切り裂き、羞恥にへたりこむ少女を出水の作った泥の監獄が封じ込める。これで二人を無力化、1人は4人がかりで対戦中、辰馬の前に残るのは5人。
「まあ……この数ならいけるか」
ぽやーんと気を抜いた。その刹那。
それは天空から雷のごとく。
放たれた。
辰馬の右を射て、わずかに時間差で左、さらに時間差で中央。辰馬が右を射られて左に回避し、回避した先をまた射こまれ、それも避けて中央に戻るのをことごとく見越しての超精密狙撃。大気を極限まで圧縮して放つ、鉄板すら貫く空気の矢。辰馬は回避、回避して最後の一矢は躱しきれず、ついに氷剣・雪王丸を抜いて受け止め、威力を相殺した。
「主様!?」
「だいじょーぶ! 動揺すんな!」
とは言ったものの。辰馬が動揺する。ふだんなら神力の流れを読んでどこから射られたかわかるはずの辰馬が、今回の攻撃に関してはどこからのものかわからない。それは辰馬の探知能力の範囲外からこの威力が放たれたということであり、そして敵はおそらく、辰馬だけでなく街に展開した蒼月館勢のどこでも自由に狙うことができるということ。
「出水、伝達! 総員狙撃に備えろ!」
……
…………
………………
「総員狙撃に備えろ、か。判断は悪くないけれど、一手遅いわね」
明芳館学生会3年副会長、ベヤーズは風が運んでくる情報から、町の全景をほぼ正確につかんでいた。少なくとも現在戦場になっている学生街区の範囲内は完璧に掌握しているといってよい。そして彼女は手にした情報を利して、この、明芳館の尖塔から超長距離狙撃を連射することができる。
「圧倒的にこちら有利なハンティングだけれど、多少は楽しませてくれるかしら、新羅くん?」
そしてまた彼女は右手を閃かせ、射る。
……
…………
………………
「ちょ!? なんだっつーんだよ、これぁよ!?」
「上杉センパイ、騒いでる暇があったら頑張ってください!」
次に標的とされたのはシンタと、1年生塚原繭が属する部隊。軽装で防御の薄いシンタと、重装で動きが鈍そうな繭がまず狙われた。
風の塊であり半ば透明の矢は見て回避することが難しいうえ、一撃でもまともにあたれば戦闘不能の威力。さらにここにも、ベヤーズが風を使って指示を出した……辰馬がシエルに言ってできていることが、ベヤーズにできないはずもなく……女子たちが押し込んでくる。混戦の中でも風の矢は完璧なコントロールで蒼月館勢のみを狙い、外さない。シンタと繭はどうにかこうにか、シンタは回避しつつ明芳館女子を気絶させるに務め、繭はその間降り注ぐ風の矢を大薙刀でホームラン連発してこの戦場をやり過ごしたが、その間仲間の兵2人が戦闘不能となった。
蒼月館勢にとって救いだったのは、ベヤーズが徹底した性格ではなく、一種移り気なところにあった。シンタと繭の部隊を徹底殲滅しようと思えばまずこれを壊滅させて次に移れたはずだが、それをせずまた標的を変える。
ついで狙われたのは晦日美咲。乱反射して降り注ぐ、嵐のような風の矢を、しかし美咲は鋼糸でことごとく切り裂き、切り伏せ、切り捨ててのける。もっとも弱兵と見えた晦日隊の兵は「加護」の力により1対1で女子の精鋭と渡り合える力を引き出されており、ある種ここが一番安全圏であったといってよい。
ベヤーズはまたすぐに見切りをつけると、今度は大輔と林崎夕姫隊にターゲットを変える。ここは夕姫が回避・撹乱して大輔が打ち返す、シンタと繭の隊とだいたい同じ戦法でしのぐことになったが、打ち返す大輔の精度が繭ほどに高くない。いきおい、夕姫も迎撃に参加することになり、神力をおびたダガーで風の矢を切り捨てはしたが、ここにも流れ込んできた女子の勢を押し返している間に仲間の兵3人が戦闘不能となった。これで蒼月館側の被害は5人、総兵力22。
………………
「あまり、芳しくないわね……」
これまで執拗さ、徹底さを欠いたベヤーズも、ここにきて目の色を変える。部下の兵も相当数討ち減らされ、このままで明芳館の敷地を踏ませるのは面白くない。
「ちょっとだけ本気を、見せるとしようかしら」
右手を、くるくると旋回させる。一回転で光の矢は一回り巨きくなり、二回転で二回り、三回転で……と加速度的に巨大さを増した風の矢はもはや「矢」という概念で括れるサイズではない。砲弾、ミサイルといってよいものであり、これを打ち込まれては打ち込まれた戦場一帯、風塵と化すだろう。今日の戦い、学生街区には通達が出て一般人非難は済んでいるとはいえ、完全にそれが徹底されているとは言えない。しかしベヤーズにとってそんなことはお構いなしだった。穢れた男を粛清し、世界を清らかに保つ。李詠春とフミハウと自分の理想であり、そのためなら男子の側に多少の犠牲が出るとも厭わない。
「次の標的は……金髪のあの子!」
………………
エーリカがその一撃に反応できたのはまさしく「盾の乙女」としての研鑽のたまものだった。なにしろ音より先に衝撃と質量が届いたのだから、普通ならば反応できるものではない。
が、止めた。
音速を超える風の弾丸を受け止めるのは、聖盾アンドヴァリ。エーリカが祖国ヴェスローディアで「11人の戦乙女」の一人として受勲した、星神の盾。まあ実際は星神ではなく、とある古種のドヴェルヴ(ドワーフ・小人)が造ったアーティファクトらしいが、どちらにせよエーリカの頼もしい相棒である。本来資質としては聖女に達していないエーリカを選んでくれたこの盾のためにも、亡命の姫君は万難に立ち向かいこれを受け止める「盾の乙女」であることを証明しなければならない――!
「って、言ってもねェ……! んぎぎっ、これ、厳しーんだけど!」
受け止めたはいいものの、衝撃の威力はなお消えない。力比べとなり、エーリカは圧される。背後から男子4人が支えてどうにか互角でいていられるが、ここにまた明芳館女子がなだれ込んだならそれこそどうしようもない。
さすがに明芳館もそんな、見方もろともの策は打たない……と、思うのは甘い。ベヤーズにとって部下は使い捨ての道具であり、彼女らが戦闘不能どころか死んでしまっても構わない。そうとも思わない少女たちはエーリカたちの後背を襲う!
「ちょ! あんたら、これ見えないの!? これ止め損ねたらあんたら死ぬわよ!? ねぇ聞いてるー!?
絶体絶命、その局面に。
「エーリカちゃんお待たせっ! 雫ちゃん先生登場だァ!」
巨大な風のエネルギー場を、剣光一閃、断ち切って切り捨てる。遊撃の剣聖、牢城雫ここにきての参戦。雫の秘剣・神伏せは雫の体質、魔力欠損症の魔術干渉を受けない特質を攻撃に転化させ、あらゆる魔術的存在を「斬る」もの。いくら大気の砲弾の威力がすさまじかろうと、神力で作られたものである以上雫の敵ではなかった。
「はあぁ~……牢城センセ、いいとこもってってくれちゃって……」
「まあまあ♡ エーリカちゃんも活躍だったよ~♪」
「あんがとセンセ。そんじゃ、こいつら倒して先に進みますか!」
エーリカは盾を振り上げ、殴打のポーズ。ごっつい盾でぶん殴られることを想像した少女たちは「ひっ!?」と青ざめ悲鳴を上げる。
ゴス、ゴスッ、ガン、ベキッ!
「まぁ、こんなもんね……はー、疲れた」
「よぉし、行こぉ♪」
そして、蒼月館一行は明芳館の敷地を踏む。
「きたぞー、李。お前の女性至上主義、矯正しちゃる!」
………………
「きたね……会長……」
「来ましたね。ベヤーズ先輩、遊んだのかしら」
学生会室。李詠春とフミハウはのんきに座ったまま、ミカンの皮など剝いていた。追い詰められた側の悲愴などみじんもなく、余裕綽々という雰囲気だ。
「わたし……出る?」
「必要ないでしょう。ベヤーズ先輩がどうとでもしてくれます。あとは倒した新羅さんから力を奪い、それで蒼月館と北嶺院さんを打倒して終わり」
詠春は右手を包む長手袋をわずかにはがす。そこには彼女本来の白い肌ではなく、黒い肌があった。古き黒の神、万象を飲み込むもの「混沌」。あらゆる力を吸収し、奪い取るこの古神の力がある限り、自分に負けはないと詠春は確信している。新羅辰馬の魔力(?)が高いとは言っても、確認されている彼の契約古神「餓えの毒竜ヴリトラ」は混沌より格下のはずだ。
そうして、一瞬だけ自分の力に酔っている間に。
グラウンドで残存の明芳館vs蒼月館の激突が始まった。
………………
明芳館残存戦力は神力使い140、対する蒼月館は27-3+雫を加えて25人。兵力差と練度の違いは明らかながら、辰馬は巧妙な攻防進退の運用でそれを覆していく。個人戦技に長けた雫、エーリカ、美咲、夕姫、繭、シンタ、大輔、出水といった面々はここを先途と奮起し、とくに雫と美咲、そして辰馬自身の戦闘力はすさまじい。次々と明芳館女子を戦闘不能に追い込んだ。16人の男子兵力も足手まといではなく、美咲の「加護」そして辰馬の集団戦指揮により十分戦力として数えられるにいたる。
さらには。
「ご主人さま……みなさん、ご武運を……」
蒼月館の拠点……辰馬の部屋で皆の帰還を待つ齋姫、神楽坂瑞穂の祈りが皆にさらなる力を与えた。瑞穂にとって神力の使い過ぎは性的興奮を喚起してしまう……もともと女神というものは豊饒と多産の象徴であり、エロいものであって、女神と交感する瑞穂はその好色の影響を受けやすい、プラスしてヒノミヤでの凌辱はその感覚を加速させて瑞穂に後天的な淫魔の質を与えた……ものであまり積極的に使いたくはないのだが、大事なご主人様のためには使わないわけにいかない。
「っ……あとで、かわいがってもらいますからね、ご主人様……」
下腹部に甘い疼きを感じながら、瑞穂は祈りをつづけた。
………………
戦況がはっきり蒼月館に傾き始めたところで。
ベヤーズはグラウンドに出た。
赤いテルケ民族服をまとう、濃紫の髪の長身少女はどんな準備を済ませてきたのか、なお余裕を崩さない。
手を挙げた。
振り下ろす。
猛烈な烈風が、天から大地にたたきつけられた。木柱石柱の電信柱が、一撃でへし折れるほどの威力。ダウンバースト。辰馬たちはエーリカの盾、雫の太刀のもとでどうにか難を逃れるが、うかつに動けたものではない。
「一騎打ちといきましょう、新羅くん。それとも、無差別に破壊の風をまき散らされるのがお望みかしら?」
そういわれては受けないわけにいかない。おそらく、雫に任せれば勝ちを得るのは簡単。しかしベヤーズが倒れている味方にまで烈風をたたきつけないという保証はなく、そうされた場合辰馬が自分を許せる自信もなかった。
「いーけど、おれは強いぜ? 言っとくけど」
「言っておくけれど、わたしだって強いわ」
「なら、いーか。そんじゃ……!」
「やりましょう……!!」
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