第14話 明芳館学生会長・李詠春

 明芳館学生会長・李詠春と対峙する辰馬たち一行。


 ……いやな笑い方する……。


 蛇かトカゲが得物を前に舌なめずりするような笑み方。自分が捕食する側で相手を捕食される側と信じて疑わないその態度は、辰馬の癇に障る。


「つーかいきなりのことだったが……そいつなにやったんよ? いきなり背中から神術叩きつけるとか、正気とも思えん」

「あれ、いまの神術だったんスか? あんな黒くて禍々しいの……」

「そら、暗闇の神だっているし光を掲げる悪魔もいるからな……、いま働いた力は神力だった。間違いない」

「さすがですね、蒼月館2年筆頭、新羅辰馬さん。男子でありながら神力使いの女子たちをものともしない活躍ぶり、聞き及んでおりますよ?」

「序列戦、見に来てたもんな、あんたと……ほかに二人」

「はい。学生会の林崎さん、滑稽でしたね。格の違いも分からずに……」

 くすりと悪意的に笑う詠春。いちおうは学友である林崎夕姫をあざ笑われて、辰馬は余計に苛立たされる。


「おれから見ると、あんたも林崎と大差なく見えるが?」

「わたしから見ても、新羅さんは大した脅威だと思われませんが?」


 詠春が前に出る。五指をそろえた掌打の連打で胸元を狙い、辰馬の意識を下げさせてから腕を跳ね上げ、目打ち。辰馬は軽く状態をそらしてかわすが、詠春はそれも織り込み済みで踏み込んでくる。状態が泳いでいる辰馬にズン、と踏み込み肩からぶち当てる鉄山靠、そこからさらに入り身になって肘うちの裡門頂肘、そして仕上げ、コンクリの地面を踏み込みの一撃で断ち割りつつの片手崩拳、猛虎硬爬山!


 至近も至近、半密着状態から繰り出されたこれらの攻撃を、しかし辰馬はことごとくかわす。まず初撃の鉄山靠を力を抜いて後ろに飛ぶことでしのぎ、その状態で裡門も受け流す。ラストの猛虎難爬山は着地し、軽く手を添えて力の流れをそらした。


 この間わずか10分の1秒にも満たない。シンタ達の目には二人の攻防のほとんどは見て取れず、交錯から両者が分かれるまで、詠春が仕掛けたことはわかっても辰馬が凌ぎえたのかどうかがわからない。二人が別れ、詠春がにやりと笑い辰馬がふう、と息をついたのを見て、三バカはようやく安堵して嘆息した。


「新羅江南流の妙技、見せていただきました。まさか絶招(ぜっしょう=奥義)三連をことごとくかわされるとはね」

「どってことないだろ。どんだけ高度に洗練された技か知らんが、あんなとろくさい拳じゃあな。ハエにもかすらん」

「………………」

 辰馬の挑発に、詠春が半眼になり笑顔を消す。


「確かに今のは本気ではありませんでしたが。わたしの本気の絶招を躱す自信がおありですか?」

 黒い闇の神気がいや増す。そのプレッシャーたるや気弱な人間なら失神しておかしくないほどであり、実際辰馬の背後のシンタ達は怯えざわめく。しかし銀の魔王と金の聖女の息子、新羅辰馬は臆さない。


「やってみろ。自分がどんだけ井の中の蛙か教えてやる」

「安い挑発。ですが……乗って差し上げます!」

 そして、先ほどに数倍、強弩の勢いで踏み込む詠春。


 しかしそれは途中で止まる。


 かわりに。


 歌声とともに巨大な氷柱が、明芳館のグラウンドに突き立った。


「フミハウ……心配性ね」

「会長が負けるとは思ってない……けど、ただで勝てるとも思わない。だから、助太刀……」

 氷柱から舞い降り、訥々と口を開いたのは黒髪の美少女。アカツキ北方・狼紋から朔方地方、コタンヌ民族の民族衣装をまとい、その容姿可憐といっていい。しかし小金色の瞳は男というものに対する蔑みと敵意に燃えていた。


「あんな、バカでけぇ氷を一瞬で……? 辰馬サンよりすごくねぇですか? 今の?」

「氷漬けはごめんでゴザルよぉぉ!」

「お前たち落ち着け! とはいえ、この場で本気の激突というのはうまくないですよ、新羅さん」

「そらーな。おれも向こうから仕掛けてこなかったらここでやりあうつもりはなかったが」


「恐れをなしてお帰りですか? まあ、所詮は男性ですものね。羽虫は羽虫らしく、物陰に潜んで怯えて暮らすのがお似合いですよ」

「……さっきの踏みつけられた男子見せられて、そんでまた羽虫呼ばわりされて。そのうえでお前らを容認しろとか言われてもできそーにないわな……、しばらく待っとけ、今回の学園抗争、おれも参戦する」

「はい、お待ちしております♪」

「……蒼月館戻るぞ。会長と話す」

「は、はい!」

「了解っス!」

「承知でゴザル~!」

 鼻息荒く明芳館から立ち去る辰馬と、三バカ。


……

…………

………………

 新羅辰馬一行が立ち去ったあと。


3年のベヤーズ、北方ヘスティアからの留学生で遊牧騎馬民族テルケ種の少女は周囲の「風」を読んで、これから先の敵手となるであろう連中の戦力を分析する。

「上杉慎太郎、朝比奈大輔、出水秀規……この三人は霊力使いとしてはそこそこ使える程度だとして。問題はやっぱり新羅辰馬ね。魔王と聖女の子……しかも、力の質が、神力とも魔力ともつかない……とにかく巨大な力、というのはわかるのだけれど」

「わたしが彼の力を奪えないと?」

「どうかしら……詠ちゃんのことだから手は打ってあるのでしょう?」

「さて、どうでしょう? 新羅辰馬にせよ北嶺院文にせよ、早晩蒼月館の連中が攻めてくるのは必定。先輩もフミハウも、働いてもらうわよ?」

「はいはい」

「……わかった」


……

…………

………………

「たのもー!」

 蒼月館グラウンド。日曜だというのにご苦労なことに集団戦闘訓練に明け暮れている学生会および志願兵の女子たちの前に、辰馬はズカズカと踏み込むと呼ばわった。


「……新羅くん、その目は何かあったかしら?」

 さすがに学生会長。北嶺院文の眼力は侮れない。辰馬もいちいち隠し立てするつもりはなかった。いきなり本題に切り込む。


「いまの学園抗争、明芳館攻めをおれに任せ。しっかりバッチリ潰してくるし」

「あら……戦いを嫌う新羅くんがどうしたことかしら。まあ、新羅くんの実力はわかっているし、わたしは構わないのだけれど……」

「おねーさま、新羅なんかに任せちゃだめですよ? どうせ途中でつまんない慈悲心起こして、不徹底で終わるにきまってるんです。だから明芳館攻めの先鋒はアタシに♪」

 林崎夕姫がそういって自分を売り込み。


「新羅先輩を疑うわけじゃないんですが……やっぱり大事な作戦に男の人を入れるのは……ごめんなさいです……」

 塚原繭が女子の中に男子を交えることの危惧を説いた。


「というわけでね。蒼月館の学徒たるもの、要求あるなら実力を示すべし。ここでこの二人を倒してのける自信はあるかしら? 集団戦で」

「とーぜん! 集団戦だろーがなんだろーが関係ねー!」


 かくて。

 新羅辰馬麾下男子20名vs林崎夕姫・塚原繭麾下女子40名での集団対抗戦が組まれた。


「女子のほとんどが神力もち、対するにこっちは貧相な霊力しか持たない男子が20人……厳しいっちゃ厳しーが」

 辰馬は敵の布陣を見ていた。個々の能力はともかく、集団戦闘において必要とされる統制・統率がとれているようには思えない。適当に場当たり的な行動に終始する女子に対して、辰馬は男子全体のカリスマとしてほとんど意のままに配下を動かせる。これは大きなアドバンテージだった。


「よし、んじゃこれで」

「なんスか、この陣形?」

「自分たちを錐だと思え。敵中央をこれでぶち抜く」

 辰馬がとった陣形はいわゆる魚鱗。側面からの横撃には弱いが、正面にやたらと強く、一点突破にもっとも適した陣形である。


 3人を1集団として魚鱗を6集団、18人ぶんつくった。敵は見慣れない「陣形」なるものに奇異の目を向けたが、まずそれで行動を変えることはない。なにせ人数でも個々の戦闘力でも勝るのである、気を遣う要素がなかった。しかも辰馬が魚鱗6集団を側面に迂回させたので総大将、辰馬の周りには三バカと男子二人のみ。


 夕姫は果然として辰馬の守旧を上げるべく突進、繭は「なにかあるのでは?」と自重するもやはり部下の勢が突撃を望むとこれを止められない。結局一丸となっての突撃になったが、わずか6人の辰馬たちをどうにも抜けない。魔法の類を禁止されているわけではないが、辰馬は魔法を使っていない。単純に敵に対して右腕を前に支えているだけである。利き腕で突っ張るのだから、それは多少の防御力の上乗せになる。そして。


 辰馬たちを攻めあぐねる敵左手側から、魚鱗6部隊がまさしく錐のように突撃した。ただでさえ側面突撃は脅威なうえ、左手側という防御に劣る方向からの猛撃。さらにいえば辰馬たち男子勢は余裕で勝って当然、という女子勢に比べなにがなんでも勝つ、という士気の高さで勝った。これら諸要素が、一気に数と力に勝る女子たちを蹴散らす!


 この交錯で大半の女子は戦闘力を失い、残りも十全の力をふるえる状況ではなくなる。辰馬がもう一度突撃命令を発して、勝敗は決した。


………………

「そこまで! お見事ね、新羅くん」

 北嶺院文が旗を振り、男子勢の勝利を告げる。


「どーも。兵力2倍の神力使いが相手、となるとちょっとビビったが。まあなんとかなるもんだな」

「なんとかって……辰馬サン集団戦の指揮経験なんかあったんスか?」

 シンタが騒ぐ。まさか勝てるとは思っていなかった顔で、しかもここまで簡単に、一方的に勝てたことに驚いている。

「いや? 初めてだが」

「初めてでアレとか……どんだけバケモンなんスか。わけわかんねーし」

「わかんねー指示を出したつもりはねーよ」

「いや、だからっスよ! 全部完璧、正確、確実。あんたどんだけ才能あふれてるんスか!?」

「才能ねぇ。おれ、料理とかできねーでしず姉に作ってもらってっけど」

「そら、辰馬サンに家事的才能がないのはわかってますけども!」

「まあ、勝てたんだからいいだろう、新羅さんを困らせるな、赤ザル」

「そうでゴザルよぉ~。……あ、そういえば。林崎、昨日の朝、赤ザルに「負けたら脱ぐ」って約束してたでゴザルよなぁ~。序列戦ではうやむやになったでゴザルが……」

「ぅぐ……!」

「あ、そーいやそーだ。おら、完膚なきまでおめぇーの負けだぞ、林崎。脱げオラ!」

 再度、今度は劣情にうかされて騒ぎ立てるシンタと出水。それに同調して脱げ、脱げとコールする男子たち。


「夕姫、そんな約束したの?」

「う……はい……売り言葉に買い言葉で……」

「それなら脱がなくてはいけないわね。約束とは契約だもの。契約不履行は最も重い罪。……脱ぎなさい、林崎夕姫」

「は……い」

「は、林崎センパイ一人を脱がせられません、わたしも……」

「塚原さんはいいのよ。無理しないで」

「いえ、敗戦の責はわたしにもあります。どうか私も」

「そうね……あちらはもう、二人が脱ぐこと前提で話を進めているようだけれど……」


「お前らは! 悪乗りを、すんな!」

 辰馬のげんこつがシンタと出水の脳天をゴン、と。

「つうぅ……でも約束は……」

「そうでゴザルよぉ。学生会長も契約不履行は……」

「黙れ。お前らブチしばくぞ」

「………………」

「林崎も塚原も、脱がんでいーからなー。それより今後、おれと一緒に戦ってくれると嬉しい」

「へ? いいの、新羅?」

「新羅くん……あまり甘やかさないでくれるかしら……?」

 辰馬はいいというが、契約にこだわる文は引かない。結局、下着姿をさらすということになった。夕姫は鎧を脱いで灰色のインナー姿になり、繭は鎧と肌襦袢を脱いでかわいらしい下着姿をさらす。夕姫の強気ににらみながらの羞恥顔、繭のいかにも恥ずかしくて泣きそうな表情、どちらも男子積年の留飲を下げるに十分の効果があった。


「はっきり言って林崎には敗北記念ごめんなさい♡ の裸踊りくらいさせてもいーと思うんスけど……」

「お前……それ以上ゆったらもっかい殴るぞ?」

「あああ、すんません」


「とりあえず、落ち着いたかしら。学生会長、北嶺院文の名において布告します! 対明芳館の学園抗争、総指揮は新羅辰馬! 林崎夕姫、塚原繭は新羅辰馬の隷下に組み入れるものとします!」


 かくして。新羅辰馬は明芳館との抗争に身を投じることとなる。


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