第13話 幽世結界での腕試し
幽世(かくりよ)結界。
現世と彼岸のあいだにある幽冥界を切り取った、外界から遮断された空間。
ギルド緋想院蓮華堂の裏庭に、十六夜蓮純はそれを展開した。
「そんじゃ、はじめよっか」
「そらいーんだけど……なんよおばさん、そのカッコ。しず姉も……」
「え、なんかヘン?」
「あたしなんかおかしーかなぁ、たぁくん?」
意気揚々とさぁ、模擬戦と相成ったのだが。ルーチェと雫の衣装がブルマ。そりゃ蒼月館女子の体育制服はいまだにブルマだから見慣れちゃあいるが、実の叔母であるルーチェや姉同然の雫のブルマ姿なんてものは見たくなかった。正直どぎついものを感じる。
「おかしい、つーかさ、なんでブルマなの? はっきりいってケツじゃん?」
「たぁくんそんな目でブルマ見てたんだー。エロ助くんめ♡ ブルマって動きやすいんだよ~?」
「そもそもあんたはいつもの短パンでいーだろおが!」
わざとらしくふちを引っ張ってはみパンを見せつけようとする雫を、辰馬は怒鳴ってやめさせる。本当にこのおねーちゃんは悪ノリが過ぎる。
「とにかく、始めるよー、準備しなさい、辰馬」
「……はいはい」
釈然としないものを感じながらも、木剣をとって構える辰馬。三バカと雫、エーリカもそのそばに散らばって布陣。最前に出るのはエーリカ、剣の構えは並みの一流というところだが、盾による防御態勢には一部の隙もなく鉄壁。エーリカはヴェスローディアの「11の戦乙女」が一、「盾の乙女」であり、その防御力は比類がない。
その横から、シンタや辰馬よりさらに敏捷軽捷な身ごなしで躍り出たのは雫。走り抜けざまに腰の木刀を抜き打ち、居合の3連斬! その剣は神速、気息剣の一致!
「ほっ、と」
しかしルーチェは神速の太刀筋をすべて手にした短杖でさばいてのける。雫はまぎれもない前衛型の超攻撃型アタッカー、それに対してどう見ても術者・キャスタータイプのルーチェが余裕で受け流すというのは異様な光景だった。
雫はその場で身体をひねり、身を低くして反転、もう一本、短刀を抜いて近接を挑む。さすがに超接近戦の間合いでぴったり張り付かれてはルーチェに分が悪く、下がる。そこにもう一歩踏み込んで雫必殺の一太刀……の前に立ちはだかる、十六夜蓮純。
「雫くんは私が相手しましょう。ルーチェ、あなたは辰馬たちを」
「はーい、助かったよー、あなた♡」
「しず姉一人よりおれら全員のが楽とか、舐めてくれるよな、おばさん」
「舐めてはないけどねー。事実だし」
「そーかい。そんじゃ、後悔させる!」
辰馬が仕掛ける。まずエーリカの後ろから氷弾、ルーチェがそれを捌く隙に肉薄、近接の間合い。
「雫ならともかく、あんたと近接なら、ね!」
木剣がルーチェの脇腹に吸い込まれる寸前、逆に辰馬の体がルーチェに引き込まれて気が付くと天地が逆に。衝撃が後からきて、ズシン、と背中に痛みと重さが叩きつけられる。
「かふ……っ!?」
呻いて息を吐く辰馬。その顔面にルーチェは容赦なく靴底で踏みつけに来る。そこにエーリカが割って入ってカバーリング、ルーチェの短杖とエーリカの木盾が火花を散らす。その間に辰馬は転がって回避、なんとか立ち上がり、気息を整える。
「ルーチェさんお覚悟! 雷刃!」
続いてシンタのスローイング・ダガー。7本のダガーはしかし、奇術のようにルーチェの手の中へと消え、さらにシエルの烈風ヴェントも打ち消し。視界をふさぐ効果を狙った出水の泥弾は巧みに回避されて蓮純と戦っている雫に向かって飛び、それに一瞬、気を取られた雫のみぞおちに蓮純の前蹴が突き刺さる。
一旦、仕切り直しと。下がって固まる辰馬たち。
それを横目で確認したルーチェ。
「栄耀なる光輝の祝祭(グロリアス・ルーチェ・トリビュスティ)」
短く神讃。たった一言の、身振りもなにも必要としない聖句から発される神力の強大な波動、光の大波が、辰馬たちを襲う。エーリカが盾をかかげて止めようとするが、いま彼女にの手にあるのはヴェスローディアの至宝「聖盾」ではなく、ただの木盾。当然いかんともしがたい。辰馬が氷の障壁を展開、光を反射させて弾き返そうとするが、威力がけた違いに過ぎてはじくも防ぐもあったものではない。
勝敗決した。
普通であればそうなるところ。躍り出るのはまた雫。彼女は打ち付ける光の奔流に影響を受けていないかのように、平然と光輝の怒涛のただなかに立つ。実際、光は彼女を避けて通った。
「てぃやっ!」
気合一閃、雫の木剣が光の奔流を断ち切る。牢城雫、その体質は「魔力欠損症」。本来病気とは違う、新時代の人間の可能性の一つであり、「一切の魔術を行使できない代わりにあらゆる魔術的干渉を受けない」というもの。世界に100人といない特異体質であり、その体質と彼女の剣技が組み合わさったとき、対術者戦闘における戦闘力は計り知れない。
「とは言っても……おねーちゃんお疲れ。たぁくん、あとは任せた!」
「おぉ、任せろ! 闇涯の盟主! 兜率の天を……」
絶技、天楼絶禍の詠唱。しかしそれより早く、ルーチェの再詠唱。
「書、宝輪、角笛、杖、盾、天秤、炎の剣! 顕現して神敵を討つべし、神の使徒たる七位の天使! 神奏・七天熾天使(セプティムス・セーラフィーム)!」
もう一度、さきに数倍する光の怒涛。今度は雫の助けもない。辰馬たちはまともに七天熾天使の威力をもらい、弾き飛ばされた。
あとはもう、立て直すだけの余力もなく。
……
…………
………………
「まあざっとこんなもんね♡ 辰馬、実力不足わかった?」
「あー……魔王殺しの勇者が二人がかりで本気出すとか、大人げないとかいわん。負けは負けだ」
「なによ、なんか言いたそうじゃない、負け犬辰馬」
「やかましーわ。次にやるときは勝つから」
「ん。その意気その意気。そんじゃ、あんたたちがもーちょっとレベル上げたらお願いする案件あるから。必死でレベル上げに勤しみなさい」
「あいよ。そんじゃ、行くか」
「あ、たぁくん。あたしちょっとルーチェお姉ちゃんとお話していくねー♪」
「アタシもそろそろスタジオに行かないといけない時間だわ。それじゃーね、たつま」
「おお。そんじゃーな」
「んじゃ、野郎どもだけで帰りますか」
「アタシもいるんだけど?」
「ガトンボは数に入んねーよ」
シンタとシエルの漫才を聞きながらも、辰馬は自分の実力がまだまだなことを痛感した。できるだけ早く、レベルを上げなくては。
「ちょっとばかし、明芳館に寄ってくか……」
「明芳館? あの、コスプレ学園明芳館っスか?」
「コスプレ学園て……。私服OKってだけだろ」
「いや、でもあそこコスプレにしか見えませんもん。あすこの学生会長でしたっけ? 華服のなかなかいー女なんだわ」
「別に会長に会う予定はねーが。蒼月館ではレベル上げの相手ももうなかなかいねーしな。武術交流? みたいな提案ができればと思う」
「はー。辰馬さんアホかと思ったら、ときどきちゃんと考えてんスよね」
「アホとかゆーな。おれはいつでも考えとるわ」
というわけで。
1等市街区のさらに山の手、一等地も一等地に明芳館はある。蒼月館、賢修院とならぶ名門校。しかし維新後の人材輩出競争に出遅れ、他二校からは軽い蔑視と侮りを受けていた。しかし近年になって諸外国の留学生を広く受け入れ、威勢を大きく盛り返している……。
「つーてもおれは大したこと知らんけどな」
「あぁ、辰馬サンてもともと進学希望じゃなかったから……」
「そだよ。親父たちがうるせーからしかたなしで蒼月館入っただけ。もともと中等学校出たら働くつもりだったからなー」
「今時中卒は厳しいと思いますが。……しかしそれで2年連続、蒼月館のトップをとるとか……」
「天才ってのはいるもんでゴザルなぁ……」
「アホとか天才とか、その都度変わる評価はどーでもいいけどな。まあ天才っていわれるより努力家って言われるほうが好きだ。天才って言われると努力してねぇみたいに思われるし。……これでも毎日腕立て3万回はやってんだよ」
「俺は指立て20万回やってますが」
「………………まあ。それはそれとして。ここもやっぱり、か」
「そーっスねぇ、女尊男卑」
あちこちで散見される、女子による圧政。ののしられ、打擲され、働かされる男子。女神グロリア・ファル・イーリスが創造したこの世界において女性には神力の加護があるが男性には基本的にそれがないという、明白な差。それが差別という形で噴出している。昔から大陸全土で多少の差別はあったものだが、いまのアカツキ京師太宰における学生間の差別意識は異常だ。まるで誰かが後ろで対立を煽り、糸を引いているような。
「ひいいいぃっ! た、助け……ッ!」
逃げ惑う男子の一人が、辰馬たちをみて助けを求め、駆け寄ってくる。辰馬が手を差し伸べるその手前で、闇の咢がその男子を飲み込んだ。闇が咀嚼して吐き出した後の男子の体は、完全にすべての力を奪われて生ける屍状態になっている。
「お客様の前で粗相をするものではないですよ……。ねえ、新羅辰馬さん?」
シニヨンに結い上げた翠の髪に華服(漢服)、一見穏やかそうに見える明芳館学生会長・李詠春は倒れる男子の背中をごく自然な動作で踏みにじると、艶然と笑ってのけた。
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