第12話 悲劇語り

「さて……。病室何番だっけ……?」

「病院ってこんなふーなんスねぇ。オレ初めてかも」

「バカは風邪ひかんでゴザルからな、ヴァカは( ´艸`)」

「るせーよデブオタ、そら、おめーはその体格からして病気たっぷり抱えてそーだけどなぁ、糖尿とか」

「あ゛ぁ!? デブ=糖尿とはー!!」

「っせぇーよ、やんのかコルァア!!」

「お前ら……少しは静かにしろ、周囲の迷惑だぞ」

「うるせーゴリラ! 常識人ぶってんじゃねーぞ!」

 こんな場所で早速口論を始める三バカ。当然、病院側の迷惑に触れ、婦長さんが飛んでくる。


「これ、あなたたち。病院では静かに! いい年をしてそれくらいもわからないんですか? 学校は?」

「うぐ……すんません、蒼月館っス……」

「蒼月館。名門じゃあないの。それなのにねぇ……」

 残念なものを見る目で、正座する三バカを見やる初老の婦長さん。


「あなたたちも、しっかり管理してもらわないと困りますよ?」

「はあ、すんません。……それで、面会に来たんですが」

 辰馬も、やや苦手なタイプのおばあさんに気圧されながら普段の傲然よりは物腰柔らかく口をはさむ。


「面会? それは構いませんが、あまりうるさくされるとねぇ……。それと、保護者の方はいらっしゃる?」

「はーい、あたしでーす! 牢城雫、23歳。冒険者育成校蒼月館、体育教師、2年目!」

「……は?」

 元気よく進み出た雫を、は? と婦長さんは胡乱気な目で。それもまあ無理もないことで、雫はハーフ・アールヴ(ハーフエルフ)のせいで23歳とは思えないくらい童顔だし、背丈もわずか144㎝。その身体の発育は子供とは思えないが、さりとてありていにいって成人女子にも見えない。


「いや、このひとちゃんと大人なんで。……しず姉、教員免許出して」

「あぁ、はいはい。ほら、これ!」

「帝紀1792年生まれ……ふむ、確かに。……牢城、どこかで聞いた名前な気もするけど、なにか有名人?」

「やははー、有名人なんてそんなそんなー♪ そんなたいしたもんじゃないですよぉ~♪」

「あ、そう。それじゃあ……面会希望者のお名前は?」

 身をくねくねさせる雫からあっさり興味を棄てて、仕事に入る婦長さん。しかし。


「神楽坂瑞穂。もとヒノミヤの齋姫です」

「うひひひひひひひひひひひひひひひひひいぃ~~~いぃ!?」

 次の辰馬の一言で、婦長さんはひっくり返った。雫の名前に興味はわかなくても、そりゃあ国の最高宗教権威における象徴的偶像の名前を知らないはずはない。ウェルス神教の教徒が、その敬虔の差はあれど教皇の名を知らないはずはないのと同じである。


「も、申し訳ありません、齋姫さまのご友人とはつゆしらずうぅぅっ! お立ちくださいませ、お立ちくださいませご友人がた、わたくしめの失礼失言、平にご容赦を! 今すぐに、マッハで、面会準備を整えますので、しばしお待ちをを!!」

「あ……はあ……。やっぱ、斎姫って有名なんよな……」

「そーだねー、負けた……。そんじゃ、少し待つ?」

「ん」


……

…………

………………

5分後。

「準備整いました! それではこちらへ!」

ということで、5階7号室に通される辰馬たち。ここに来るまでに驚かされたのは階の移動にエレベーターが使われていること。滑車を利用したシステムであって電気制御のものとは全然違うが、まず最新鋭技術と言っていい。


「齋姫様、入りますよ……?」

 まず、婦長さんが入り、何言かかわして辰馬たちを招き入れる。

そして1晩ぶりでの再会となった。

「昨日は……ありがとうございました、皆様……」

 ベッドに腰かけた少女は、そう言って頭を下げる。今の彼女はパジャマ姿で、普段なら束ねて結った紫髪もほどいて垂らしている。なにより、市販のパジャマでは入りきらないからだろうが、ボタンを大胆に外して大きく開けた胸元の凶悪さ。雫とエーリカが瑞穂の胸を見て、自分のそれを見下ろして、もう一度瑞穂を見て、「はぅ……」と敗北感あふれた溜息をもらした。


「なに溜息ついてんの、二人とも? ……まあ、いーや。昨日も言ったと思うけど、おれは新羅辰馬。それで、なんであんなとこであんな目に遭ってたのか、そのへんを聞かせてもらいたい。言いたくないところとかあると思うから、そこはぼかしてもらって構わんが」

「はい……、お話します。大神官・神月五十六の野心と、この1週間にわたしが受けた凌辱、そのすべてを……」


 そうして、瑞穂は語る。


 長い話だった。男性原理、男尊女卑の神月派、その台頭と首魁・神月五十六について。いまや正統と言える神楽坂派の大半が駆逐され、あるいは接収されて勢力逆転してしまっていること。そして最後まで抵抗をつづけた瑞穂は【先手衆(さきてしゅう)】という武闘派集団に襲撃されて神力封じを受け、叩き伏せられたうえ、神月五十六の前に引き据えられて敗北宣言させられ、以後1週間近く凌辱を受けたこと。男百から1千人におよぶ男にひたすら犯され、心屈しかけたこと、ある少女の助けを得て、力を振り絞りかろうじてヒノミヤを脱したこと。さらに憔悴しきってヒノミヤのある白山から隣の盎山までどうにか逃げたところで飢えた山賊につかまり、さらなる凌辱を受けているところを辰馬たちに救出されたこと……。


 長く重い話に、誰も途中、声を挟まない。おちゃらけ者のシンタですら「うっひょ~、興奮するぅ!」とか言える気配ではなかった。そして1時間以上にわたる話がおわると、辰馬ははらはらと落涙する。


「うぅっ、ぐずっ……苦労してんなぁ……ぐす、すん……にしても、許せんのは神月五十六だな、そのジジイはしばく。つーかなんならぶっ殺してもいい」

「お力……貸していただけますか?」

「おー、任せろ」

「任せろて、辰馬サン? いくら何でも相手、ヒノミヤの大神官っスよ? そこいらへんのチンピラ殴り倒すのとはわけが……」

「赤ザルの言う通りですよ、新羅さん。ヒノミヤ、というのは宗教組織というよりひとつの独立国家ですからね。その大神官ともなるとまず、手が出ません……」

 辰馬の、気やすすぎるともいえる安請け合いにシンタと大輔が懸念を表明する。しかし辰馬に引く気はなかった。


「んなこと知るか。おれはやるっつーたらやる。お前らがやめとくならそれはそれでいーが、おれの邪魔すんならお前らもしばくからな」

「いや……そりゃ、辰馬サンがやるならやるっスけどね。一の舎弟としては」

「おい。一の舎弟は俺だ。勝手に順番を変えるなよ、赤ザル」

「なに言ってるでゴザルか、貢献度からして、一番は拙者でゴザルよ!」

「やははー、たぁくんモテモテだねぇ♡」

「男にもててもうれしくねーわ」

「んじゃ、あたしは? あたしってほら、かぁいい女の子じゃん?」

「ちょ、牢城センセズルい。アタシもいるからね、たつま!」

「はいはい。嬉しー嬉しー……。さて、そんじゃ今の話、叔母さんの耳に入れとくか。ついでに蓮っさんにも会えるといいが」

「あぁ、やっぱギルドに頼るは頼るんスね。よかったー……」

「そりゃ、個人でどーにかならんだろ。殴りに行くにも手順がいる。……そんじゃな、神楽坂」

「はい。どうも、ありがとうございました、新羅さま……」


 病室から出ていく際、入れ違いで一人の少女が入っていく。赤毛をシニヨンキャップでまとめた、細身でメイド服の少女。


「……メイド?」

「お姫様だし、専属のメイドさんくらいいるんじゃない?」

「いや、でも逃げてきた先にいるか? メイドが? まあ、いーや。行こう」


……

…………

………………

「たのもー。おばさんいるかー?」

 からんころーん、とチャイムを鳴らし、辰馬はギルドのドアを押し開けた。何人かの事務員に聞くとルーチェは休憩中とのことで都合がいい。辰馬は奥の間に通される。


「はれ? 辰馬、昨日の今日で用事? それに雫ちゃんも久しぶりじゃーん、辰馬とはうまくいってる?」

「そりゃーもう、ばっちりだよー、ルーチェお姉ちゃんっ♡」

 ルーチェ・ユスティニア・十六夜と牢城雫は非常に仲がいい……というより、雫の人格形成に多大な寄与をしたのがルーチェであり、そういう意味も含めて雫はルーチェを慕うところ大きい。がっちり抱擁を交わす二人を見て、辰馬はやれやれと嘆息。


「……なにがバッチリなんだよ……? まあ、いーとして。蓮っさんは?」

「んー、今日は奥で仕事中。なにか用?」

「ん。昨日の齋姫……神楽坂の件でな」

「あぁ。やっぱなにかあった?」

  さすがに察して、それまでのだらけムードを消すルーチェ。


「ヒノミヤ神官長・神楽坂相模弑逆事件、および齋姫・神楽坂瑞穂凌辱事件、そして神月派によるヒノミヤ簒奪……三つめはまだだが、このままだと本当になる」

「……なるほど。それは、手を打たないとね。ちょっと待ってて、蓮純呼んでくるわ」


……

…………

………………‥

鴨居をくぐって現れたのは、やたらと長身な男だった。ルーチェの夫、十六夜蓮純(いざよい・はすみ)、41歳。192㎝という長躯は西方でも珍しい。もともとはアカツキ京城柱天城(ちゅうてんじょう)の役人で、そこから16年前、ルーチェに誘われて魔王討伐の旅に同行し、帰国後宮仕えには戻らずギルドを立ち上げた。眼光鋭く、いわゆる美形悪役面なのだが、実のところその精神性は非常に温厚で温かく、心配り細やかでギルドの構成員から近隣住民にまで広く慕われている「親分さん」である。


「久しぶりです、辰馬」

「ん。さっきもおばさんにゆったけども……」

 辰馬の復唱に、蓮純はもう聞きました、と野暮は言わない。椅子に腰かけてしっかりと耳を傾け、親指を顎に、人差し指を眉間にあててしばし黙考。


「この件、国に話を通しますが、国が動くまで3か月はかかるでしょう。3か月後、国軍の義勇兵として参戦してもらうとして、今のままではまずレベルが足りない。この3か月間を準備期間と思い、レベルアップに励んでもらいましょう」

「……おれのレベルってそんなに足りてねーかな?」

「すくなくとも、ヒノミヤ大神官を相手に勝てるほどではないかと。ひとつ、確認してみますか、辰馬?」

「そーだな。久しぶりに、叔父叔母夫婦におれの力、見せるとすっか」


 かくて、模擬戦開始と相成った。

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