2章
第11話 魔王継嗣と剣聖少女
一夜明けて。
新羅辰馬は太宰の町1等市街区、永安記念公園にいた。この国の現皇帝・永安帝こと暁政圀が自分の功労をたたえて設立した公園で、人気取りに熱心な割にやたら不人気な皇帝を反映してか人気は少なくまばらである。
しかもその少ない人影というのが、質の悪い学生だったりする。
「ねーねぇ、キミかわいーじゃーん?」
「モデルかと思った。きれいだよねー、銀髪」
「へへ、俺らと一緒に遊ぼーぜぇ、後悔させねぇから……」
なんやこいつらと。
辰馬は平然を装いながら、心の中で額に怒りマークを浮かべる。あまりに低俗なナンパに辟易したのもさながら、まず一番大事なことに辰馬を女の子だと完全に誤認しているのが腹立たしい。
ホント、腹立つ……いっちょしばいたろかな……とはいえ、おれが殴っちゃうと弱いモンいじめみたいになっちまうからなー……うっかりすると殺しかねんし。殺すまでいかんでもケガさせたら学校から親父に話いくだろーし、となると親父に殴られるしなぁ……はー、やだ。だから嫌いなんだよ、この顔……。
心中苦虫をかみつぶしながら、表面上はあくまで無表情に無視を通す。かかわりたくないのでリアクションを取りたくなかった。
「いいクスリがあんだよ。最高に気持ちよくなれるからさぁ……、ほら、行こーぜっ!」
腕を取りに来る。
しぱぁーん! と。
すがすがしいほどの破裂音。目にもとまらぬ拳速で、辰馬の右拳が学生を殴り飛ばす。殴られた学生は軽く5、6メートル水平に吹っ飛び、公園の手入れが行き届いていない雑木林に突っ込んでぐったりと頽れた。
「あ……」
あまりのキモさについ反射でやってしまい、新羅江南流の理念に反したことを辰馬は恥じる。このさい別に学生を殴り飛ばしたことそれ自体については、なんの反省もなかったが。
「あ!?」
「あぁ゛!? この女あァ!!」
ぞろぞろぞろり。一散に辰馬を囲む、チンピラ風情の学生ども。しかしながらその身ごなしや挙措のひとつひとつがどうにも物慣れていないというか、町の喧嘩程度しか経験したことのない連中のそれ。冒険者育成校所属で学園の筆頭生などやっている辰馬から見ると、本当にどうしようもなく滑稽なまでに雑魚助。
「あんさ、おまえら、怪我しねーうちに帰れ。そこのばかたれ見てわかるだろ、実力差。おれも弱いモンいじめはしたくねーし……」
という言葉は当然、火に油をそそぐことにしかならない。学生たちは示し合わせたように懐に手を突っ込むと、折り畳みナイフ……バリソンを抜いた。
「いや……やめとけって。痛い目みるぞー?」
「っせえくそアマ! ズタズタにして、ヒィヒィ泣かせてやるぁぁ!」
ナイフを握った手をびゅ、と伸ばし、突いてくる不良学生。辰馬はその手首を軽くはたいてナイフを落とさせると同時、手首にじぶんの手をかるく絡めて関節を決め、そのまま腕を旋回させると学生を投げ飛ばした。ずしん、と地面と自重を叩きつけられて、ぐしゃりとつぶれるチンピラ学生。
「一斉にいけ! 殺す気でやれ!」
リーダーらしき男が形相を変えて叫ぶ。殺すとか簡単に……と辰馬は柳眉を顰めたが、いちいち言葉で相手をいさめている場合でもなければ必要も感じない。ただムカついたので適当に石ころひろって、ていやっと投擲。シンタのスローイング・ダガーほどの精度ではないが球速はそれ以上。まず素人には回避不可能の魔弾はみごと男の眉間にあたり、べぐし、と急所を断ち割った。男はなにがなんだかわからないという顔をして、ふらりと仰のけに倒れる。
ここで残すところあと5、6人。リーダーをつぶされ、残りは算を乱して逃げだす……かと思われたが、そうならなかったのはチンピラなりの意地。しかし意地で勝てるなら苦労はないのである。
どごごっ、べき、がすっ、ぐしゃり、がす、がすっ、どふ、どごぉ、どふふっ、べきばきっ、ずだぁん、どぅっ、ずどむ!
‥‥
…………
………………
1分ジャストで、辰馬はチンピラたちを壊滅させた。
「ぐ……げぶっ……」
「な、んだこの強さ……バケモン……」
「神力使いかよ……卑怯だろーが……」
「神力ちがうし、いま使ったのはあくまで肉体の修練の結果の技術だけだし。まあ、バケモンは否定しねーがな……」
応答しながら、辰馬はやや苦いものを感じる。バケモノ呼ばわりされると自分が魔王の息子ということを実感して、どうにもやる瀬ない。当然向こうは辰馬が本当にバケモノかどうかなどわからずに言っているのだが、どうにも辰馬はこの部分に関してコンプレックスがあった。
「ま、いーや。そんじゃ警察よぶかー」
公園前の派出所に向かって不用意に歩き出す辰馬。そこでチンピラ学生のひとりが猛然と立ち上がる。凶刃を振り上げ、背後から辰馬を――!
きん、と金属同士がぶつかる音がして。
ナイフはくるくると回転して宙を舞い、地面に突き刺さる。背後の気配にきづいた辰馬が振り向き対処する、それよりさらに速いスピードで割って入って、手持ちの小柄、その鞘でナイフをはじいてのけたのは小柄な体にレオタードと見せブラ、ショートパンツ。ピンク・ブロンドをポニーテールに結い上げた、エルフ耳の少女。
「やはー、危ない危ない。キミたち、これ以上やるとおねーちゃんも怒っちゃうよ?」
少女……といっても23歳……牢城雫はにっこり笑って、彼女独特のやはは笑いで男たちをにらんでみせる。
「牢城……雫……? 剣聖の?」
チンピラたちが愕然と目を見開いた。牢城雫、8年前、15歳から6年前、17歳までの三年間、アカツキ皇国最大の権威的武術大会「煌玉天覧武術大会」を連覇した伝説の剣聖。アカツキ国民の半数以上が、新聞やテレビ(白黒)で彼女を知るといわれる。決して、美少年の弟ぶんにセクハラして喜ぶだけの変態おねーちゃんではないのだった。
「ありゃ、あたしゆーめーじんっぽい? やははー、照れるなぁ、たぁくん、どーしよっか?」
「いや、どーもこーも知らんが。そんじゃ行くか」
「ほーい。……キミたち、あんましオイタしちゃダメだからね、次は雫おねーちゃんが相手になるから」
雫が笑みつつも強い視線でにらみつけると、チンピラたちはガクガクと壊れたおもちゃのように首を振る。
「は、はいぃ!」
「わかってます、もうしません!」
仲間を引きずり、走るように逃げ去っていく男たちを別段、振り向きもせず歩き出す辰馬に、雫はとんとんとん、とステップを踏んで横に並ぶと腕を組む。
「しず姉……なんで腕組むの、歩きづらい」
「えー、だって久しぶりのデートだしぃ~……」
「デート違うだろ。ただの病院。見舞い」
「いーからデート気分にひたらせろよぉ~。だいたい、たぁくんはもっとおねーちゃんに優しくしていーと思うんだよ」
「してる」
「してないわー。なにそのそっけない態度。昔の素直だったたぁくんはどこへ……」
「こっちが覚えてもねー昔の話持ち出すなや! 恥ずかしいだろーが!」
などと言い合いつつ公園を抜け、1等市街区の区画整理行き届いた道を歩いて太宰太宰総合病院前へ。
「遅いっスよ、辰馬サン!」
「待ちくたびれたでゴザルよぉ~……」
「辰馬のくせに、ひとを待たせるとか生意気!」
病院前には3人の少年と1羽の妖精。
「あれ、お前ら……来なくていーっていったのに」
「すいません、新羅さん。止めたんですがこいつら、どうしてもと聞かず……」
「だって、謎の巨乳美少女っスよ!? しかも齋姫! これはもー、お近づきになるしかないっしょ!」
「フッ……お前なぞ相手にされるわけないでゴザろう」
「あ゛ぁ!? だったらおめーはどーなんだよ、デブオタ!?」
シンタの言葉に、にやりと笑って余裕ぶる出水。それにカチンときたシンタは出水の首を絞めにかかるが、そのロン毛をシエルが引っ張ってけん制する。
「いやまー、来ちまったもんはしよーがないが。静かにな。あくまで見舞いだし。それにあの子、だいぶ憔悴してたからな……」
「あれ、たつまと愉快な仲間たちじゃない? なに? 病院の前で、だれか病気?」
割り込む声。エーリカ・リスティ・ヴェスローディアがそこにいた。いつもの芋ジャージ姿ではなく、アイドルやお姫様が着るような幻想的なドレス姿で、失礼ながら辰馬は「あー、こいつそういえばお姫様だっけ……」と今更ながらに確認するのだった。
「エーリカ……お前、お姫様だったんだよなぁ……」
と、正直に言ってしまうのがシンタ。「あ゛!? どーいう意味よアンタ?」とすごまれる。お姫様らしくない。
「エーリカには話しといていいか。えーと、どっから話すか……昨日お前と別れた後なんだけどな……」
……
…………
………………
「はー……きのうそんなことあったんだ。イツキヒメ? だっけ、その子も災難ね……」
かいつまんだ説明に、エーリカは気づかわしげな表情を見せる。こういう表情の時はちゃんと、お姫様で通るのだが。
「つーわけで。んじゃな」
「ちょっと待ちなさいよ、アタシも行くから」
分かれて病院に入ろうとする辰馬を、エーリカが呼び止めた。
「へ、仕事じゃねーの?」
「ちょっとくらいの時間の融通はきくわよ。そんなかわいそーな子、ほっとけないでしょ」
「やははー、エーリカちゃんやっさしー。でも本音は?」
「辰馬の新しい女がどんな子か、確かめとかないと気が済まない!」
「やはは、やっぱりだ。ま、あたしもおんなじなんだけどねー」
「新しい女もなんも。そーいうのじゃねーんだっての。あと、古い女もいねーからな、おれには」
「はいはい、そーいうことにしといてやるわよ……にしても、その子災難ね。イツキヒメってあれでしょ、聖女でしょ? 普通だったら神聖不可侵、指一本触れられないわよ?」
「そーなー。そこんところ昨日はよく聞けてないんだわ。今日これからちょっと、込み入ったところ聞こう」
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