第15話 蒼月館勢集結
一夜明けて。
蒼月館男子寮・秋風庵の辰馬の部屋。
「さて。こっからここがおれらの拠点になるわけだが」
ぼや―と言う辰馬。緊張感はあまりない。
「必要なことは何でしょうね。とりあえず募兵と出陣は必須事項だとして……」
大輔が首をひねる。これからやることは一冒険者としての行動ではなく、大勢の仲間に責任を持つことになる軍団戦。辰馬に緊張感が欠けるとはいえ、その舎弟たちの表情はさすがに硬い。これまで「人を率いる」なんて経験、ロクになかったのだから当然だが。
「内政、っつーか学園経営の一部かな、そのへんも任された。購買とか学食のメニュー案とか出して、それで実際利益が上がったら一部を軍資金にしていいんだと」
ぺらりとメモをめくって、辰馬は相変わらずぽやーんと。この緊張感のなさが伝播して、仲間たちの過分な緊張をうまい具合にほぐす効果になる。計算でやっていたらとんでもないが、あいにく天然である。
「あ、ならオレメニュー案出します。とにかく辛いやつ!」
「いやがらせか~?」
挙手するシンタに、辰馬は半眼ジト目でぼそっと言う。シンタも気づいたようで、すこし気まずげに笑った。
「いや、そーいうつもりはないンすけど。……辰馬サン、辛いのダメっスもんねー……」
「ガキ舌だってゆーんだろーが。おれにいわせりゃ辛いのばっか喜んで食ってるお前らの舌がバカなんだよ」
「いや、でも辛いの受けますよ?」
「まーなー。そこらへんはわかってるんだが。んじゃあなんか具体的にメニュー考えといてくれ」
「了解っス!」
「つまり、商業活動とそれに応じた報酬の受け取りが認められる、と、そういうことでゴザルな?」
出水がデブ肉を揺らして言って、眼鏡をくいっと。
「うんまあ、おおむねそのとーり」
「では拙者の出版物の稿料、今後は受取先をここにしておくでゴザル。多少の軍資金の足しにはなるでゴザろう」
出水秀規のもうひとつの顔、「ちんちんかもかも丸」名義での官能小説家活動。業界で威張れるほどに売れているわけではないが、辰馬たち学生にしてみればその印税による稼ぎは大金だ。それを出水は擲つという。
「え……いーんかな?」
「構わんでゴザろう? 問題あったらその時謝ればいいでゴザル」
「そんなもんか? ……んじゃ、内政はそんな感じで収益上げるとして。あとは訓練も必要だな。昨日ので実感した」
実感した、というのは味方の男子の弱さだ。アルティミシア大陸は女神の加護する大地、しぜん恩寵は女子に篤く男子に薄い……というのはわかりきっていたとはいえ、その落差がここまで大きいとは思わなかった。そのあたり、辰馬は魔王と聖女のデモノハーフで女子に劣ることがなかったし、シンタ達三バカも神力・魔力を持たない霊力・人理魔術使いとしてはかなり腕が立つから、失念していたといっていい。昨日の一戦、陣形とか作戦とか、そういうものに相手が慣れていたならああも簡単にはいかなかった。
「ですね。鍛錬なしの雑兵ではこの先、役に立ちません。ましてや神力持ちの女子を相手にするわけですから……」
「模擬戦の感触だと……、女子一人に男子五人でようやく互角、ってとこなんだよなぁ……」
「はれ、そんな差ありました? オレ、案外簡単に勝てたと思ったんスけど」
「そりゃ、指揮官の能力に差があったからな。林崎や塚原が相手ならおれは勝ってるけど。学生会長やら、向こうの李詠春やらに比べるとさすがに厳しい」
シンタの問いに、正直に自分の実力とその限界を告げる辰馬。学生会長・北嶺院文はアカツキ三大公家の令嬢だが、その門地格式にかかわらず実力で士官学校に大佐待遇で入学を内定している才媛だ。昨日辰馬が見せた戦術くらい簡単に対策するだろうし、それと張り合えている明芳館のトップ、李詠春もそれと同等の才覚実力を持っていると考えるべきだろう。
「では、その辺5対1から3対1くらいにはなるよう、レベル上げますか」
「だな。つーても普通に冒険者としてのレベル上げじゃいかん。軍指揮官と兵員としての技量と熟練を上げんと」
「んな都合のいい訓練所あります? まさか国軍の演習に参加とかできないっスよね?」
「シンタ惜しい。国軍の出してる討伐クエストを受ける。今までは無視してたけど、ギルドにはそーいう仕事もあんだよ。傭兵用の」
「傭兵用のクエストですか……普通のクエストより何度厳しめですね。そのぶん、報酬も多くはありますが」
「ま、無理はせん範囲でな。あとは……まあ、実際やってくのが一番か。つーかやってみねぇとなんもわからん」
「そうですね。じゃあ、ひとまずこのくらいで?」
そこでガチャリとドアが開き。
「ここが新羅の部屋? 案外こざっぱりしてるのね」
「し、失礼します新羅先輩……はわぁ、男の人の部屋……」
と、入ってきたのは林崎夕姫、塚原繭の二人。今日は冒険用の武装ではなく、普段通りの蒼月館学生服姿である。ふたりとも男の部屋が珍しいのかきょろきょろするので、辰馬としてはなんだか背中がむず痒い。
「おのぼりさんか。つーかあんまりジロジロ見んなよ、なんか恥ずかしーわ」
「なによ、見られて困るもんでもあるの? エロ本とか?」
「エロ本ねぇ……そーいうのも見たくはあるが、買うなってしず姉のお達しでな。『ムラっと来たら雫おねーちゃんに全部ぶつけんさい!』ってことで……」
「はあ……牢城先生もモノ好きよね、こいつのどこがそんなにいいわけ?」
「知るか、おれに聞くな」
「いえ、新羅先輩はかっこいいですよ? 林崎センパイだって……」
「繭!? アンタなに言ってんの!?」
「??」
「ぎゃー! こっち見んな! アタシはおねーさま一筋なの。新羅なんか歯牙にもかけてないのよ!」
「はいはい。くすす……」
「??? ……まあ、林崎が同性愛者なのは知ってるが」
林崎夕姫と北嶺院文がそういう関係だということは、蒼月館の学生ならだれでも知っているレベルの話だ。どちらが受けでどちらが攻めかとか、そういうことは知らないが。そもそも女性主権で男子は汚らわしいとされるこの世界、女性同士の同性愛は珍しくもない。
「……そーよ。なにか文句ある?」
「いや、ウチにもすぐひとのケツ触ろうとしてくる赤ザルいるから、まあなんとなくはわかる」
「ちょっと! 上杉とアタシを一緒にしないでくれる!?」
「いや、大して変わらんだろ」
「うわ‥‥‥こーいうこというからこいつ嫌い」
「んで、なにしに来た?」
「あ、すみません失礼しました……、本日をもって正式に、新羅先輩の指揮統帥下に入ることになりました塚原繭と」
「林崎夕姫よ。いちいち自己紹介も必要ないでしょーけど」
「センパイ? 相手は上官なんですから、ちゃーんと頭下げて」
ふてぶてしく昂然と胸をそらす夕姫の頭を繭がつかんで、強引に頭を下げさせる。武家の娘で体格的にも腕力的にも優れる夕姫の力に抗しきれず、ギギギと頭を下げさせられる夕姫。
「了解。これからいろいろやってもらうから、よろしく」
「はい♡」
「ま、アンタが成功してるうちは、いうこと聞いてあげるわよ」
こうして、林崎夕姫と塚原繭が、辰馬の指揮下に入った。
さらにしばらく駄弁っていると、再びドアがガチャリと開く。
「たぁく~ん、たぁくんたぁくんたぁくんたぁくん、会いたかったよぉ~っ!」
「うぎゃああ!? いきなり抱き着くなやアホ姉!! なんの用だアンタ!?」
「むー、たぁくん冷たい。あたしのいないところでキレイどころ二人も侍らしちゃって……。まあ、あたしは理解のあるやさしー奥さんなので許してあげちゃうけど」
「いーから、本題」
「はーい。えっとね、みずほちゃん、週末退院だって。うれしかろー?」
「週末? また、えらく早い……やっぱ齋姫ってことで、女神の加護的なもんがあるのかね……? そんじゃ、退院のときは手伝いするとして。しず姉、訓練教官頼めるか?」
「んー? 学園抗争? 教師の立場としては学生の喧嘩に手を貸すのはなぁ~……。てゆーか、たぁくんがアレに参加するとか意外だったよ? 普段たあくん、あーいうのには我関せずじゃん?」
「……まあなー、ちょっとあってな」
絶望の悲鳴を上げながら駆け寄ってきた男子、背後から神撃を叩きつけられ、踏みつけにされた少年の姿が頭を離れない。そのうえで明芳館・李詠春の「男子は羽虫」発言。ことここに至っては我関せずというわけにもいかなかった。
「積極的に学園抗争に加担、はできないけど。まあ偶然にうちの学校の子がよその子と喧嘩してて? そこに出くわしたらしかたなく、雫おねーちゃんも手を貸すことになる、かな」
「あんがと、それで十分。あとは……エーリカか」
……
…………
………………
エーリカ・リスティ・ヴェスローディアはスタジオにいた。瞬くフラッシュライト。赤い水着と前をはだけたヨットパーカーという健康的に煽情的な姿のエーリカが、シャッターが切られるたび表情とポーズを目まぐるしく変える。
「その表情いいよぉ~、そのまま、そのまま!」
「エーリカちゃんもう少し足、寛げてみよーか?」
「はーい♪」
と、水着姿でニッコリ笑う同級生をぼけーっと待ちながら、「なんだろーな、あれ……」辰馬はぼんやり呟いた。なんというか、辰馬の知るエーリカとここにいるエーリカの落差が激しい。あいつあんな素直な顔するキャラ違うやろ! と思うわけだが、まあ職場とプライベートの顔が違うなんて珍しくもないのである。
辰馬はスタジオのスタッフとは顔見知り……というかエーリカにグラドルの仕事を紹介したのがシンタで、その時に随伴したので顔を覚えられている。その節は何度もしつこくアイドルにならないか、と尋ねられたものだが、さすがに何度も重ねて断ったからにはこれ以上しつこくするスタッフもいない。
だからスタジオに足を運んでも門前払いとはならず、「撮影終わるまで見ていくかい?」となったわけだが。
「シンタとか、エーリカの身体がエロいエロいってよくゆってたが……まあ確かにエロいか。ふだんジャージだとわからんが」
「はれ? たつま?」
撮影中のエーリカの注意が、こちらに向いた。余所行きの表情が剥がれて、普段の強気で自信家なエーリカが現れる。辰馬はあちゃーと頭を抱えて撮影妨害になったことを悔やんだが、むしろスタッフは大喜びでエーリカの素の表情を撮りまくった。
「ちょ、やめ、やめて! この表情違うから!」
意図しない表情を隠そうとするエーリカと、その困り顔に群がるスタッフたち。なんか襲ってるような絵面に、辰馬はそっと目を背ける。
「あ゛-、えらい目に遭ったわ……で、なにしに来たの、たつま?」
「んー、今後学園抗争に参加することになってな。エーリカの力を借りたい」
「ふーん。色気のない話ねぇ」
「おれに色気とか求められても困るわ。んで、ご協力願えますか?」
「いーけど、なんか見返りがほしーところよね。国語と歴史の家庭教師、あたしが望んだ時にいつでも、っていうのは?」
「OK、それでいい。まあ完全にいつでもってわけにはいかんかもしれんが」
こうして。新羅辰馬は順調に、陣営の地盤を固めていく。
数日間は学生会の一員として、学食のメニュー出しから購買の管理、放課後の治安維持活動と集団戦訓練。そして週末、いよいよ神楽坂瑞穂が退院する。
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