第7話 ラケシス・フィーネ・ロザリンド
「たのもー!」
「新羅さん、道場破りじゃないんですから……」
意気揚々と職員室に乗り込む辰馬に、大輔が苦言を呈す。問題児集団があまり堂々と職員室に出入りするもんでもないだろうということだが、辰馬はそこのところ頓着しない。
「気にすんな。で、しず姉は……?」
平然と、広めの室内を見渡す。牢城雫の長耳とピンクのポニーテールはやたらと目立つので一発で見つかったが、彼女は学年主任、八坂教諭にいびられている真っ最中だった。
「私もくどくど言いたくはないがね、牢城先生。しっかりして貰わないと困るんだよ。いつまでも学生気分でいられると、ねぇ……。特に新羅はあの、魔王の子だろう? 問題児集団にはしっかり手綱をつけて貰わないと困る」
「はい……わかってます、八坂先生。わたしの管理不行き届き、申し訳ありません!」
くどくど言いたくないらしい八坂は、くどくどとねちっこく言いたてる。雫のほうにも普段の明るさはどこへやら、神妙な顔で頭を下げ、謝るばかり。
「返事だけは元気なんだからなぁ……、頭の中は全然、学生時代の頃のまま、いや、身体の方は学生の時より、ずいぶんと育ったか……」
八坂は雫の肢体をジロジロ舐め回すように睨めつけて、好色に舌なめずりをする。雫は嫌悪感に身をすくめたが、ここは縦社会。八坂に抵抗すれば男性陣を敵に回すことになり、さりとて抵抗しなければ女性陣から「男に媚びる若手」のレッテルを貼られる。男性教諭陣とは敵対してもいいから女性陣の庇護下に、と思っても、明るく元気で人気者の雫は女性陣からひがみとねたみの対象。非常に身を処しがたい、困ったポジションに雫はいるのだった。
「………………」
見ていて気の毒になった辰馬はスタスタと八坂の背後に回り、
「てい」
どげし、とその後頭部を張る。
「えぶっふあぁ!? し、新羅!?」
「っ……たぁくん!?」
もんどり打って倒れかかる八坂と、驚き椅子から立ち上がる雫。辰馬は二人とも平然とスルーして
「あー、すまんな先生。虫がいたんだわ、虫が」
そう言ってのける。体勢を立て直した八坂は「新羅ィ……貴様わかっているのか、貴様を退学にするくらい簡単なことなんだぞ、問題児が!」いかつい悪人面にあからさまな恫喝の色を浮かべて、歯を剥いてみせる。先ほど、雫との会話で「あの問題児集団」と呼んでいたのも辰馬たち新羅一行のことを指していたらしい、敵愾心はすさまじかった。
「勝手にすりゃあいーだろーが。べつにおれは蒼月館に特段の愛着もねーや。けどな、生徒と教師でなくなったなら、思う存分ぶん殴っても問題ねーよな? しず姉のこといじめてくれて、ただで済むと思ってんじゃ……」
「っひ……!?」
逆恫喝。清純可憐そのものの美貌が凄絶なすごみを帯びて、ぎろりと八坂を一瞥する。高みから睥睨されるような圧伏感に、八坂は一瞬で呑まれる。
が。
「た、たぁく……新羅くんっ! こっち来なさいっ!」
危うく本当に辰馬が八坂を殴ってしまうその寸前、雫が辰馬の耳を引っ張って思い切り引っ張った。
「あいだだだだだだっ! し、しず姉!? な、なに、いだだだだっ、耳、耳千切れるっ!?」
「いーから来なさい! ほらこっち!」
一瞬前まで魔王の迫力を見せていた辰馬は一転、泣き顔で雫に引きずられ、職員室の片隅の資料倉庫に引きずり込まれる。
「で……なんでこっち来たの? ギルドに行くよーにってゆったじゃん?」
眉つり上げた雫にそう聞かれて、辰馬としてはぐうの音も出ない。特別に用事があってここにきたわけでもないから、なおさらに分が悪い。しかし辰馬は雫を見誤っていた。怒っているように見えたのは演技、すぐにいつものおねーちゃんの目になると、人気のない資料室で辰馬にすがりつく。
「いやなんとなく……って、へ?」
「たぁく~ん、嬉しかったぁ~♡ あのハゲのセクハラ攻撃で泣いちゃってるおねーちゃんの危機に、颯爽と現れるたぁくん♡ きゃー♡ たぁくんそんなにおねーちゃんのこと好きなの~? わざわざ職員室まで来てくれちゃって~♡」
「はいはい。そーな、好きな。うん。まあ、一応はおねーちゃんだからな」
「むう……、そーいうスカした態度はよくないなぁ。もっとスキスキ~、ラブラブ~って言えよ~、たぁくん」
「スキスキでもラブラブでもねーからなぁ……、ま、ともかく。ギルド行く前にあのハゲ一発しばいとくか……」
「ちょおぉ! すと~っぷたぁくん! 先走ってくれんな、これはあたしの問題だから。たぁくんの気持ちは嬉しーけど大丈夫。安心していっといで?」
雫が蒼月館で教師をやっている理由は辰馬がいるからであって、自己に定義している存在意義は「辰馬を守ること」。辰馬を退学にしたい八坂教諭に、格好の理由を与えるわけにはいかないのだった。
「んー……まあ、しず姉がそー言うならいいか。んじゃ、行くけど……にしても腹ん立つよなぁ、あのハゲ。やっぱ一発しばいて……」
「だいじょーぶだから! 安心しろぃって!」
「……んじゃ、改めて行くとすっか……」
「あ、それでね、たぁくん?」
「んぁ?」
「文化棟でなんだか妙な風が吹く、って噂になってるんだけど。ちょっと見てきてくれるかな?」
「あいよー」
………………
「次は文化棟っスか?」
「おー」
「妙な風……幽霊ですかね?」
「や、やめるでゴザルよ筋肉ダルマァ! 幽霊なぞいないのでゴザル!」
………………
「あ、たつまくん~♡」
文化棟につくなり、ぽやーんと笑ったのはラケシス・フィーネ・ロザリンド、通称フィー。西方の「神国」ウェルスのからの留学生で聖女候補。去年から辰馬の母、アーシェ・ユスティニア・新羅の内弟子であってその縁で辰馬とはやや距離が近い。そして学生会のメンバー(副会長)でもある。
「よおフィー。お前グラウンドに行かなくていーんか?」
応える辰馬の声もかなりぽやーんとしている。ぽやぽやコンビだ。
「うん。わたしはこの辺りの異変解決がお仕事」
ぽやーと言いつつ、ラケシスはあちこちの壁や床の調査に余念がない。
「あー。おれと一緒か。おれはしず姉からだけど、お前は?」
辰馬も、ぼんやりのほほんとしながら、油断なく周囲の霊素を探る。問題児ではあれど天才。この時点でほぼ、妙な風の正体を見抜いた。
「学生会の投書箱からだよー。こうやって学生の皆さんの役に立てるって実感できるの、楽しいよねー♡」
「どーだろ。おれには奉仕とか献身とかわからんからな……ま、来たからには仕事するけど……うん」
「たつまくん、なにか分かった?」
「たぶん、妖精(シー)だな。あのへん」
辰馬が行って指さしたのに欣喜雀躍、大喜びで元気を取り戻すのが赤マフラーのデブオタ、出水秀規。
「妖精! 妖精でゴザルか!? 幽霊でなく!? ならば恐れることはないでゴザル、よくも今まで脅かしてくれたでゴザルなあぁ!! 土遁、泥礫!!」
いきなり泥の法術をぶっ放す。
「きゃわあぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然上がる甲高い声と、出水の顔に張り付く小柄な有翅の人型。
「ぐあああああああ! な、なんでゴザルかあぁ!?」
二人分の騒々しい悲鳴が反響し、耳を聾する。辰馬が出水の顔面をふさぐ小妖精の首根っこを掴んでひっぺがすと、妖精は柳眉を逆立てて出水に食って掛かった。
「アンタいきなりなにすんのよ、殺す気!?」
「う……済まんでゴザル……」
「まったく。本当だったら精霊王のいとこのはとこの友達の知り合いであるあたしの偉大な力でブッ殺してやるところだけど……まぁ、まずまずいー男だし? 許してあげる」
妖精はそう言って胸を張る。これに目を点にしたのがシンタと大輔。出水を見て、妖精を見て。首をかしげる。
「今、デブオタに言いましたよね、こいつ。いい男って……頭おかしーんか?」
「いや、そこは流してやれよ。美醜の感覚は人それぞれだろ」
シンタの言葉に辰馬は一応フォローを入れるが、
「ぬ……ぬっふふぁ~! そうでゴザろぉ~? 拙者って美男子でゴザルから~♡」
出水は調子に乗った。うははと笑うデブオタに他の三人は
「うぜぇ」「うざいな」「さすがにうざいなー」
と、それぞれ舌打ちしたり呆れたり頭を振ったり。
なんにせよ。
「お名前は? 先ほどは失礼、拙者出水秀規と申す」
「あたしはシエル、妖精の王に連なる、優秀な妖精さんよ!」
「それは素晴らしいでゴザル! どうでゴザろう、拙者と夫婦(めおと)に?」
「いーよ、OK、ヒデちゃん!」
「軽っ」
とんとん拍子に結婚まで至る出水と妖精……シエルの会話に、さすがに辰馬が突っ込んだ。しかし二人の世界は止まらない。
「では、シエルたん!」
「死が二人を別つまで!」
「……たんって、なに?」
ノリノリの二人に辰馬は再度突っ込むも、返事はなかった。
「まあ、いーや。えーと、シエル、だっけ? ついてくる、んだよな?」
「うん! あたしはヒデちゃんの嫁だからね!」
ということらしい。
「これにて一見落着、か」
「あ、ちょっと待って。シエルさん?」
ラケシスも出水・シエル劇場に圧倒されていたが、そこは聖職者の図太さか。すぐに立ち直ると、シエルの小さな手を取る。
「結婚式ならウェルス神教式がいーよぉ。蒼月館の中にもチャペルがあるから、そこで……」
「なに営業してんだよ。そんじゃ行くぞ」
「にしても……」
「んー?」
「辰馬サンって可愛い子に知り合い、多いっスよね?」
「そーかな?」
「そーですよ! 雫ちゃん先生にエーリカにラケシスに、あと1年の塚原もだし。なんのかんので林崎も辰馬サンのこと気にしてるし、気にしてるっつったら学生会長もじゃねーっスか?」
「……そーかねぇ? ま、ともかく。そろそろ出るぞ」
というわけで。
新羅辰馬一行、ようやくにして校外に。
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