第6話 北嶺院文

 裏でヒノミヤの姫が陵辱に合っていることなど知るよしもなく。


 新羅辰馬とその一行はグラウンドにやってきた。辰馬一人なら「ぽーっ」と見とれられる芸術品でもあるのだが、後ろに赤ザルと筋肉ダルマとデブオタを引き連れていると美しい工芸品も憎悪の対象にしかならない。睨まれ、消えろと呪詛される。それを無視して「女子に不埒を働いた」とされる4人に歩み寄った辰馬は、


「あー、こらひどいわ……」

 完膚なきまで叩きつぶされている、4人の不良学生を見て「あちゃー」と天を仰いだ。学生会側としては手加減したと言い張るだろうが、それは「命だけは取らずにおいた」という程度のもの。おそらく今後の人生、かれらが健常な日々を過ごすことができる日は来るまい。


「いくらなんでもやりすぎっスよね、これ……」

 シンタも不快と嫌悪を隠さない。「不埒を働いた」というが、その程度がここまでする必要があるほどの罪だったのかどうか。それを「罪である」と断言する学生会に対して、怒りは止めどない。


「ったく、学生会のクソがよぉ~。……辰馬サン、やっぱアイツらのさばらせてたらだめですって! 学生会打倒! 男子解放を目指しましょーよ!」

「ん~、その気持ちもわからんでもないけどな。……でも、女殴るってことにおれは抵抗あるんだわ」

「今更……! んなこと言ってたら男子の居場所なくなっちまいますって! 先手必勝っスよ!」

「さすがにこれを見ては……俺も、赤ザルに同意です」

「拙者も黙ってはおれないでゴザル……」

「とはいえなぁ~、うっかり動くといろいろあってな……軽々に動くわけにもいかんのだわ」

 辰馬は普段通り眠たげに、しかし声にわずかな慚愧をにじませて言う。1年、2年続けて学年トップに立った新羅辰馬、当然ながら女子の圧政に苦しむ男子たちにとってはヒーロー、求心力であり、それを女子=学生会が放置しておくはずもない。学生会長、北嶺院文は辰馬に接触して「新羅辰馬が学生会に反抗すれば全校男子に厳罰、辰馬が男子を抑えておくなら現状維持を約束する」という誓約をかわした。人質を取られているようなもので、辰馬の側から破るわけにはいかない。


「ったく、辰馬サン甘いっつーか、優しすぎるから……。オレらだけでもなんとかするか?」

「面白そーなこといってるじゃない、上杉」

 声は真後ろから。辰馬や、シーフであるシンタにも気取られず背後を取ったのは学生会員の2-D、灰色の短髪、林崎夕姫と、1-A、腰まで届く紫髪・塚原繭。


「げ……林崎……」

「なによアンタその態度。クラスメート相手にずいぶんじゃない?」

「お疲れさまです、先輩方。でも、女子の主権を奪おうとか、そういうことをお考えでしたらやめたほうがいいですよ?」

「そーいうこと♪ 痛い目みたくなかったらね♡」

 1年と2年の次席コンビは、そういって不敵に笑う。これに黙っていないのが赤ザル、シンタ。


「るせぇーぞ、くそアマどもがよ! 辰馬サンが決起できないように脅しかけやがって、やりかたが汚ぇーんだよ、学生会はよ!」

 果然、夕姫を睨み付ける。睨まれた夕姫はしかし強者の余裕、悠然と腕を組んだまま、


「だったらなに? っていうかそーやって新羅が我慢してんのに、アンタはそれをふいにするわけだ。男子排斥学則条項その1「男子は女子に絶対服従、それに逆らうものは放校とする」……アンタみたいな猿でも、このくらいの言葉は理解できると思ったんだけど?」

 あえて挑発するように言ってのける。


「ぐ……、うっせぇ! 学則盾に取られたくらいで引っ込めるか!」

 引っ込みがつかなくなったシンタは夕姫に掴みかかろうとするが、その面前にズン、と繭の大長刀、その切っ先が突きつけられる。


「っ!? 塚原てめぇ、普段辰馬サンにかわいがってもらってるくせに……」

 塚原繭の実家は武門の家だ。父・塚原左陣は辰馬の祖父・新羅江南流古武術講武所師範・新羅牛雄の弟子に当たり、繭はそうした縁で辰馬に懐いているし女子の中にあっては男子への慈悲心も強い。しかしこの場において夕姫と辰馬、どちらに与するかと言えば夕姫であるようだった。


「すみません、上杉先輩。でも、学園の秩序のためにも女子の主権を忽せにするわけにはいかないんです……」

「先に仕掛けたのはそっちだからね、上杉。そんじゃ、懲罰――!」

 夕姫がダガーを抜いて、シンタの手の甲を狙う。一生拳を使えなくする狙いの、えげつない攻撃。


 それを、辰馬がシンタの肩を引いて逸らした。

「どいてろー、シンタ」

「辰馬サン、っけど……」

「いーから見とけ。……本校男子は女子に反抗しない、これはまあ、守らせよう? とりあえずおとなしくはさせとくが、だ。あんまりそっちが嵩にかかって攻撃してくるよーだとな……」

 ひぅ!!

 辰馬の右拳が閃く。あまりの拳速で肘から先が見えなくなるほどの一撃。もとより当てるつもりなどない牽制だが、その速さと勢いに飲まれた夕姫と繭はそろって尻餅をつく。


「ひ……ひぅ……!?」

「夕姫センパイ!? し、新羅先輩、不敬です!」

「まあおれは退学だろーと放校だろーと構わんのだが……。おれがいなくなると困るのそっちじゃねーかな? 不満分子を抑える役、ほかにいるかー?」

「そ、そんなのは……いくらでも……」

「……よしなさい、繭……。悔しいけどアンタのいうとーりね、新羅。アンタ以外にその役目は務まんないわ」

「ご理解いただけてなにより。そんじゃ、男子をこれ以上無用に刺激するのは、止めといてもらえるよな?」

 辰馬はここで勝った、と確信したが、そこにまた一人闖入者。青い長髪に白いソフト帽、制服の肩に白いケープを羽織り、眼鏡をかけたスレンダーな少女は学生会長・北嶺院文そのひと。


「お、おねーさま!?」

 夕姫が、頓狂な声を上げる。林崎夕姫という少女は北嶺院文と恋人関係にあった。


 文はそちらに軽く頷いて見せて、


「いろいろ迷惑をかけて申し訳ないわね、新羅くん」

 優しげな声で言ってのける。しかしこの少女が男子排斥学則の発案者であり、だれよりも怠惰な男を嫌う存在であると言うことを忘れるわけにはいかない。


「学生会長じきじきかよ……、あんまし心にもないこと言ってんなよな。おれはおとなしくするし、男子にも暴動は起こさせない。それで十分だろーが」

「まあ、そうなんだけどね。でもそこの……赤ザルくん? みたいに不満がたまってる子も沢山いるようだし、ここでひつガス抜きでもやってみないかしら?」

「ガス抜き?」

「有り体に言うと、模擬戦ね。そして勝者は敗者になんでも要求を呑ませられる。もっとも男子排斥学則の撤廃をのぞいて、ではあるけれど。……どう?」

 一見、平等なルールのように見えるこの提案、辰馬は鼻で笑う。


「莫迦らしい。アンタ確か模擬戦無敗の天才だろーが。勝負として成立しねぇ。おおかた全校生徒の前でおれを叩き伏せて男子に絶望植え付けたいとか、そーいうハラだろーが」

「そーだぞー、ボケー。んな手に乗るかっつの。あと、オレのことわざと赤ザルっつったか!?」

 追従して怒鳴るシンタには一顧だにくれず、しかしシンタによく聞こえるようにして、文は言葉を継いだ。


「なんならわたしたちをこの場で裸に剥いて、溜飲を下げる、でも構わないけど?」

「莫迦らし……」

「その勝負乗ったァァ! あとで後悔すんなよ学生会長……ってぉぶっ!?」

 どげし、と辰馬がシンタの顔面に裏拳ツッコミ。


「お前なに勝手な約束してんの……あ-、悪いな、今のは無効」

「そう……わかりました。気が変わったらまた、わたしたちに話しかけるといいわ。放課後はだいたいここにいるから。それじゃね、新羅くん」

「あいよ。んじゃ、いくぞー、おめーら」


 女子たちに睨まれながら、グラウンドを立ち去る辰馬たち一行。


「……次、どこ行きます?」

「そーなー……いっぺん職員室に顔出すか。しず姉に釘刺しとけば、学生会のやりすぎもちったあ抑えられるかも」

「なんのかんので辰馬サン、雫ちゃん先生のこと好きっスよねー」

「別にぜんぜん好きじゃねーわ。勝手なことゆーなよ、シンタ」

 新羅辰馬は超然とした天才ではあるが、まだまだ子供。本当のことを言われると腹を立てるぐらいには、まだ稚気を残していた。

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