第3話 エーリカ・リスティ・ヴェスローディア
金髪のお姫様。
といえば高貴で優雅で品があり、楚々としてしとやか……まあだいたいはそんなイメージがあるかと思われる。
が。
ジャージ姿でトイレ前に尻餅をつき、半がに股状態で後頭部を押さえつつ辰馬を睨み付けるヴェスローディア王国第4王女、エーリカ・リスティ・ヴェスローディアはおよそ気品とか貞淑とか、そういったものを感じさせない。お姫様と言うより町娘、町娘と言うより農家の娘といった風情である。全体に豊満な肢体の持ち主であり、とくに双丘の豊かさはちょっとほかに類を見ないほどなのだが、芋ジャージという服装とあまりにちゃきちゃきした雰囲気から、雫とはまた違った意味でセックスアピールを感じさせない。
このプリンセスがアカツキ皇国京師太宰にやってきたのは1年前。父王が崩御し、兄マウリッツと叔父ロイテルの醜くも大人げの無い権力闘争に巻き込まれるのを避け、彼女は王権の象徴たるティアラと聖女の証の聖盾、そしていくつかの宝石を手に汽車に飛び乗った……のだが、しょせんは世間知らずのお姫様。切り崩した宝石を後先考えずに大盤振る舞いで支払い続けた結果、アカツキ国境付近で軍資金が底をつき、列車からたたき出されて太宰近郊で丸1日、さまよい歩いた結果いきだおれる。
「お……なにお前? なんでこんなとこに倒れてんの?」
通りかかったのが当時1年生の新羅辰馬。疲労困憊というか空腹の限界に達していたエーリカは「た……食べ物……なんかちょーだい……」と全くお姫様らしからぬ懇願を奉り、辰馬はしよーがねえなあ、と自分より2㎝デカいエーリカをかついで蒼月館に戻ると学食に案内した。このとき辰馬の手持ちも少なかった(本ばかり買うため、だいたいいつでも少ない)ため奢った食事というのが一番安い素うどん25弊であり、極限状態で学食の特に美味くもない素うどんを食したエーリカにとってこの味は一生忘れられないものになる。後年エーリカは女王となるべくいったんヴェスローディアに帰るが、その際宮廷料理人に玄食、というアカツキの食事を持ち込ませ、その中でも素うどんを至高としたほどだ。
そして鮮烈な素うどん体験をもたらしてくれた救い主、新羅辰馬に対しても絶大な信頼と愛情を向けるようになる。というか最初エーリカは辰馬のことを男だと気づかなく、同性だとばかり思っていたのだが。
ともかくそうこうあって、エーリカはアカツキ太宰、蒼月館の一員となる。頭は非常に良く、とくに政治経済に関しては天才的なものを持っているのだが言語と文化の壁により国語とアカツキ国史については壊滅的なエーリカの編入試験判定はDランク。蒼月館のクラス割りは成績順がそのままクラス順になり、年次があがって成績が変動しても基本的にクラスを変わることはないため、D組に編入されたエーリカは現在2-D、辰馬と同じクラスである。
さておき。
「ったいわねー、おしっこ漏れたらどーしてくれるのよ、たつま!」
「こっちだって漏れそうだったんだよ! 喚くなばかたれ!」
「むー。アンタってホント口悪いわよねぇ、せっかくかわいー顔してんのに勿体ない」
「やかましーわ。お前こそどこが姫さまなんだよ、どっかの蛮族の姫か?」
「むか。それはヴェスローディアという国に喧嘩売ってる?」
「喧嘩は売ってるが国には売ってねーよ、おまえ個人に言ってんの。もうすこしお淑やかに振る舞ってみたらどーよ?」
「いやよ。アタシがそんな態度とったらアンタたち絶対笑うでしょーが」
「笑わんし。そんなら淑やかじゃなくていいからおとなしくしろよ……つーか、おまえこの時間になにしに来たの? もう授業終わってるぞ」
「う゛……」
流れるように展開される口げんか。そしてやたらと似通う態度と口調。これはエーリカにアカツキ公用語を教えたのが辰馬だったために、エーリカの話し言葉も少々ガラが悪い。もっとも、辰馬の本来の口調は「げな、くさ、ばってん」に代表される南方方言で、それは伝授されていないのだが。
「な、なんでもいーじゃない、アイドルにはいろいろあんのよ」
「アイドル……アイドルねぇ……」
「あによ、その顔は?」
「いや、まあ。グラドルもアイドルと言えんこたぁないとは思うが……」
「だからなによ、その奥歯にものが挟まったような態度は!?」
「いやー……お前見てるとイロモノっぽいよなぁと。世間様のほかのグラドルは知らんが」
「むか、アンタね、バイトもしてない世間知らずにどーこー言われる筋合いねーわよ?」
「おれはクエストやってるだろーが。お前こそバイトバイトで、蒼月館の学生って自覚あんのか? つーか、だからお前この時間になにしにきたんだよ?」
「補習じゃねースか? エーリカってアホだし」
真性のアホであるシンタが、地頭では天才と言って良いエーリカに対してアホと言う。エーリカもさすがに「イラッ♡」とした顔になるが、一瞬柳眉を逆立てるもののすぐに悄然、肩を落とした。
「そーよ補習よ。っつーか、シンタうっさい! アンタと話してねーわよ!」
「あー……いろいろ単位足らんもんな、お前……。まあ頑張れ」
「頑張れってゆーなら勉強見てよ。国語とアカツキ国史とさっぱりなんだけど」
「え゛~~~?」
「なに、そのあからさまにイヤそーな態度?」
「嫌そうっつーか、実際イヤなんだよ。おまえこっちの文化で育ってないから基本のキのところから教えないとならんし。労力が半端じゃなくて正直、疲れる」
「そこを我慢して見てくれるのがいい男ってもんでしょーが! よっ、たつまかっこいい、男らしい、男の中の男っ! ね、ほら、だから勉強おせーてー……」
「お前……ふだんおれのこと女顔とかオカマとか嘲笑っといて、よくそんなきれいに掌返せるもんだな……いっそすがすがしいわ……」
「えへへー」
「褒めてねぇよ。……っかし、まあ30分くらいならいーか」
なんのかんので、新羅辰馬という少年は他人に甘い。困っている人を見捨てられないタイプの人間なので、エーリカの懇願もやはり無視できなかった。
「やたっ♡ サンキューたつま、愛してる~♡」
「うっせぇ。さっさと教室行くぞ、30分間みっちりしごいてやる」
………………
「30分だとこんなもん、か。わりと集中してやったけど、エーリカ、わかったかー?」
「わかんないわよ! っていうかアカツキの近代史ってなんでこんなに人が多いの!? しかも固有名詞全部アカツキ公用語で書かなくちゃいけないし! アタシは歴史の勉強してるのになんで漢字の勉強までしなくちゃなんないのよーっ!?」
「泣くな喚くな。そんじゃせめてこの問題くらいはってやつ。維新4賢侯とは?」
「え……イシンシケンコウ……えーと、あれが春嶽で、あっちが容堂? 残り二人……容保と、最後の一人誰だっけ……、斉彬?」
「はい、正解。まあ今日のところはそんだけだな。またあとで見てやっから、自習頑張れよー?」
「うー、はい……、頑張る……」
「じゃ、おれは行く。いくぞ、シンタ、大輔、出水」
「あいよっ」
「了解です」
「承知でゴザル」
………………
「あと2、3箇所回ったら蓮華堂行くか……。さて……」
廊下に出て、どこに行くかと思案していると。
「不良学生の公開処刑ですって!」
「学生会のみなさまが不埒な男子を処断なさるそうよ!」
「北嶺院様がご出御なさるんですって!」
「グラウンド、グラウンドで!」
興奮気味に聞こえてくる、女子たちの声。
「公開処刑、ねぇ……」
「行ってみますか?」
「行くか。学則違反かなんか知らんが、学生会がやり過ぎんように見とく必要あるかもしれん」
ということで。
次の目的地はグラウンドに決まった。
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