第29話 誰か私にクスリを その3

 少し溜めたあと、先生は口を開いた。


「お前らがバカップルだの夫婦だのと呼ばれるくらいに仲が良いのは承知だ。幸い、うちの校則に不純異性交遊はない。だが、妊娠はこれとは別だ。もしも妊娠なんてことになったらさすがに処分が下る。それだけじゃない、親に無理やり引き裂かれるやつもいる」


 すかさず反論するちとせ。


「でも、うちの親は公認ですよ?早く孫の顔を見せろって」

「それとこれとは別だよ!ま、親に引き裂かれて堕ろされそうになったりお見合いさせられそうになったりしたやつらはだいたい駆け落ちしてるがな」

「「「「駆け落ち?」」」」

「ああ。駆け落ちスローライフってやつだよ。なんでかしらんが子供産んでそのままベタベタイチャイチャ暮らしてやがる、しかも多産になるしな。ああクソが、リア充め爆発しやがれ」


 なるほど先生にも結婚願望はあるらしい。

 それが爆発しそうになっている、という感じか。


「て、その話はどうでもいいんだよ!せめて避妊くらいしろ。あとは妊娠時期考えろ」

「「「「時期?」」」」

「そうだ。お腹が大きくなる時期がちょうど冬、コートを羽織る季節になればそこまで目立たないだろう?」

「じゃあいm――」

「バカ野郎、今妊娠したら臨月は真夏だぞ?そして来年はお前らも受験生だ。大人しく諦めるんだな」

「そんなあ……」

「大学入るまでは我慢しろ、我慢。周期とか考えろよ、何も堅苦しいことは言わないからな」


 危険な日じゃないなら避妊しなくても良い。

 酒田が言外に含ませた意図はこういうものだった。

 それにしたって、お腹が隠れるなら妊娠してもいいだの、酒田は教師にあるまじき(?)言動を繰り返す。

 生徒寄りなソレが、生徒からの人気を得る秘訣なのかもしれないが。


「お前らが妊娠沙汰にならなきゃいい。ソレ以外は好きにしろ。ああ、でも他の先生には見つかるなよ?不純異性交遊だとか言われて説教されても知らんからな。じゃあ川口と大塚は早く移動しろ」


 言うが早いか部屋を出ていく酒田先生。


 その直後を追うように、慌てて部屋移動する武弥たち。

 あっという間に俺たちの部屋は、ちとせとふたりっきりになった。






<Side 酒田>


 部屋のカードキー、渡した。

 念のための注意、入れた。

 ついでに全部屋の見回り、済ませた。


 酒田は今日やるべきことをすべて終えたのを確認する。

 幸い、職員会議などというめんどくさいことは食事前後に済ませてある。

 明日の準備も終え、酒田は冷蔵庫を開けた。


 中から取り出したのは、下の売店や見学場所のお土産物屋さんで買った地酒、地ビール、そしておつまみ。

 本来、修学旅行中は不測の事態に備えて飲酒はしない。

 だが、今の酒田には必要だった。


 地ビールを一本開けると。


「ぷはああ!これだよこれ、全くこれがなきゃやってらんないよ!」


 部屋に一人きりなのをいいことに、人目を気にせず酒盛りするのだった。


 問題を起こしかけた生徒への対応の代償、それは。




 「アルコール」というクスリを接種せざるを得なくなるということであった。

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