第4話 だから両親に打ち明けたくない
それは退院する1週間ほど前のこと。
たまたまではあるが、ちとせとおばさんが来るタイミングと母が来るタイミングが一致した。
「ここまで持ち直して良かったわ。まったく、政信が倒れたって聞いたときは心臓が止まりかけたけれど」
「そうだったの。じゃあやっぱり連絡してよかったんだ」
「ほんとよ。最初は信じられなかったけどね?」
「そりゃ普通信じられないでしょう。お宅のお子さんが倒れました、現在入院中ですなんて言われて正気でいられないわよ」
「まあ普通そうよねぇ。……でもそうじゃない人もいたって聞いたけど?」
「ああ、ちとせでしょ?あの子もなんかすごいパニクってたからね。……でしょ?」
「えっ!ママ、ちょっとまってよ。その話は――」
「ほら、顔真っ赤っか。絶対あれよね?」
「そうなんじゃない?……全く、子は親に似るって言うけど、そこ母娘で同じとか、ちとせちゃんも大変よね」
「なにが似てるっていうのよ?」
「あなたも昔、旦那さんと付き合う前に会ったときとか、いっつも顔真っ赤っかだったじゃない。ずーっとヘタレで、このままじゃまずいんじゃないか、って2人でよく話してたんだから」
「私はママと違ってヘタレじゃないよ!」
……。
ちとせが叫んだ瞬間、母達の目が変わる。
当たり前だ、今の叫びはもう付き合ってるって返事したようなもんである。
自分の失言に気づいたちとせが頭を抱えるが、今更でしかない。
俺はため息をつく。
「政信、多分だけどちとせちゃんと付き合ってるのね?」
「ああ、そうだよ母さん。……ほんとは退院するまで隠しとくつもりだったけどね」
「いつから?」
「目が覚めたときから。……おばさんもいた気がするんですけど?」
「その時は医師の方とお話していたのよ。……それと、これからはお義母さんって呼んで頂戴」
「はい?なんでですか?」
「だって大学入る前に結婚するでしょ?」
「……ノーコメントで」
どうしてバレたのだろうか。
まさかこの方ひょっとしてエスパーかなにかなのだろうか?
「読みが甘いわよ。結婚だけで済むと思うの?」
「どういうことよ?」
「はあ。ちとせちゃんが産まれたのも、政信が産まれたのも、両方とも結婚してから1年経っていないでしょ?」
「ああ、そう言えばそうだったわね」
「でしょ?その血を継ぐ2人なんだもの、そのくらい考えられるでしょ?」
「言われてみればそうよね、私達の子だもんね?」
俺達の前であっさりと明かされた両親の性事情に顔が火照ってくるのを自覚し。
さらにその後も遠回しながらも「はやく子供こさえてしまえ」というニュアンスを含む言葉を俺達にむかって連発し(飛び火し)、非常に恥ずかしい思いをした。
そもそも付き合いたてのカップルに向かって言うことではない。
が、そんな事を考えられるなら、長男17才のときに子供できたりしない。
さらに運の悪いことに、それが見回りに来た看護師さんにも聞かれており、もっと恥ずかしい羽目に合わされてしまうのだった。
これだから付き合っていることは隠しておきたかったのだ。
親の性事情を聞いて喜ぶやつがはたしているのだろうか?
少なくとも俺達はいい思いはしなかった。
ただ、実はこの話はこれで終わりではない。
それは最後のことである。
「あら、もうこんな時間じゃない。そろそろ私達は帰りましょ?」
「そうね。……ちとせはぎりぎりまでいていいからね?」
「分かった。じゃあまた後でね」
「お義母様、今日はわざわざ来ていただいてありがとうございました」
「ふふっ、政信くん、別にそんなかしこまらくていいのよ?むしろ大歓迎なんだから。様じゃなくてさんでいいわよ。……あ、そうだ、ちょっと大事な話するわね」
急な呼び方の変化に苦笑しつつ、急に真剣な顔になるお義母さん。
その途端、母と2人揃って放つ空気が重く冷たいものになる。
それにつられて思わず背を伸ばした俺達に向けて、真剣そのもので話し始める。
「ちとせ、政信くん。病み上がりで申し訳ないんだけど、ちょっと覚悟して聞いてね?」
「はい」
「ママ、何があったの?」
「千春のことなんだけれど」
瞬間、ちとせの顔から表情が抜け落ち、纏う空気は冷たいものに变化する。
「あのクズ姉、今度はなにしやがったの?」
「まだ確証は持てていないんだけどね、どうも新しいSNSアカウントを作っているっぽいの」
「どういうこと?」
よくわからないという顔をするちとせ。
一方の俺はその行動が意味することに気づいてしまった。
「……まさか、自分たちの正体がバレないことをいいことに、またデマを流そうっていうのか」
「政信くん、あたり。だけど今のところは特に動きなし。政信くんのアカウントも、ちとせのアカウントも、攻撃受けたり批判があったりとかは一切ない。……だけど、いつ始まるかなんて誰にもわからない。杞憂に終わればいいんだけどね」
「多分やらないと思うよ。だって少しだけ脅したもん」
「ちとせ、アレが少しだけなのか?」
「そうだけど?」
何変なこと言ってんの、という表情をするちとせ。
この間のアレがちょっとだけだと言うのなら、本気で脅してきたらどうなるのやら。
「でも脅しが効いてない可能性もある。特に俺だけを狙ってくる可能性、とかね?」
「へぇ〜、私の政信に手ぇ出そうって言うんだ」
パキリ、ポキリ。
ちとせの手首が音をたてる。
その顔からはそれまであった笑顔がストンと抜け落ち、代わりに殺意が浮かび上がる。
「いや、まだそうなるとは決まってないからね?それやるのはそうなってからでいいんだからね?あと殺さない程度にやるんだよ?」
「そうね、口で言っても駄目なんだもの、手足の1本2本くらいは失わないと理解できないよね」
「……本来はそれすら駄目なんだけどな。まあそのくらいは俺もしてやりたいところだし許すけど」
「私達は許さないわよ。切り落とすとかはなし。外出血がない程度にしなさいね」
「ぷっ、昔同じことやってた人が何言ってんのよ」
「ちょっ?その話はやめて!」
「はいはい、分かりましたよ。……ちとせちゃん、絶対にやりすぎちゃ駄目だからね?」
「分かってます。……抑えられないかもですけど」
「そう。いざというときは私達を頼ってくれていいんだからね?私もあなたのお義母さんだし」
あのクズが何をしてくるかはまだ分からないが、もしなにかあった際の心構えをさせられた俺達だった。
そして杞憂に終わって欲しいと願ったそれは、残念ながらここで終わりにはならなかった……
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ちょっと今回は長いです。
手首のやつは元ネタがあります。
わかりにくいかもですが(かなり最近のアニメのワンシーンです)。
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