第4話 欲望

 二年生では直と同じクラスになった。直は以前と全く変わらずに伊織に接したから、伊織はだいぶ心が落ち着いた。この思いは恋であり、直に近づく連中が不快なのは嫉妬だとはっきり自覚したが、アクションを起こすつもりはなかった。

 伊織は、直とクラスメイト、女子などを注意深く観察した。特別な関係の同級生はいないと思えてjほっとするのだった。 

 三年生になっても直とは同じクラスで、伊織は嬉しかった。部活は夏の大会で引退、受験勉強に取り組むことになる。直と伊織は当時、成績には大差なく、同じ高校に行けると伊織は思っていた。夏休み直前、

「直、志望校は?」

「N高かな」

 伊織と同じ県立N高校の名を挙げたので安心した。めちゃくちゃ勉強しなくても入れそうなレベルだ。

 それで油断したわけでもないが、計画的な勉強が苦手な伊織は、さっぱりやる気が出なかった。秋になってから本気出せば間に合うだろう、と甘く考えていた。

 二学期、伊織は休み休み明けのテストで大ショックを受ける。さんざんな成績でN高も危ない、そして直はトップクラスの成績で、志望校を変えると言い出した。雄太郎が通っているS高、県下有数の進学校だ。

 なんでだよ、と言うまでもない。今の直の成績にふさわしい高校を目指すだけだ。

「大学受験に有利だから」

 直は、それしか言わなかった。

 S高は、伊織がどう足掻いても合格できるレベルではない、

 夏休み、直は綿密な学習計画を立て、苦手科目を克服し、得意科目は大きく実力アップさせた。

 さすがだぜ、と、努力家の直をますます好きになったし、高校は別でもご近所さんに変わりはない、と、伊織はN高、直はS高に進んだ。


 S高でも直はテニス部に入り、雄太郎とダブルスを組み、県大会でベストフォーまで勝ち上がった。大したもんだ、と感心するばかりである。

 伊織はサッカー部に籍を置いたが、次第にやる気をなくした、プロになりたかったが、そんな力はないことを思い知らされた。

 高校に入ってからも直はたまに園田家に来た、ウィンブルトンや全仏オープンなどの大会を居間でテレビ観戦するのだ。当然、雄太郎もいる。

 ソファに直、雄太郎、伊織が並んで陣取った。伊織はもちろん直の隣が良かったが、雄太郎は伊織に試合の解説をしてやるつもりが、世界最高峰のプレイに熱中し、結局、伊織は放置された。

 真夜中、盛り上がる二人を横目に、伊織は退屈だった。こんなちまちましたスポーツのどこがいいのか、とあくびを抑え、そのうち寝落ちしてしまう。目覚めると朝、直の姿は消えていた。

 そんなわけで、直との仲に進展の兆しはなかった。



 高校一年の冬。

 同じクラスの男子が、妙なサインを送ってくる事に伊織は気づいた。その子に興味はなかったが、誘われるままに家に行き、唇を奪われた。体の芯に火がつき、気づいたらベッドで裸で抱き合っていた。

 肉欲を満たすだけの関係だった。

 これが直だったら、と思いながら交わった。

 直が恋しい。

 ずっと好きだった、と伊織が告白する。

 僕もだよ、と直が応える。

 そんな都合のいい夢想を、伊織は何度も繰り返してきた。

 キスして、こうやって抱き合って、互いの体を愛撫する。つたない指の動き、高鳴る胸の鼓動。

 これが直だったら、どんなにいいだろう。

 しかし、直とこんな関係になれるとは、これっぽっちも思わないし、なってはいけない。

 欲望のために、どうでもいい奴とセックスする自分が、直を汚してはまらないのだ。


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