第3話 夢想

 直は穏やかな性格で人当たりがよく、誰からも好かれた。当然、友人も多く、周囲にはいつも誰かがいて、伊織をイライラさせた。

 幼稚園からこの学区に住んでいるのだ、新参者の伊織より親しい友人がいて当然だ、頭では分かっているが、気安く直に話しかけ、はしゃぐ連中に伊織はムカついてしまうのだ。

 直を独り占めしたい、束縛したい気持ちを伊織は持て余した。

 それでも、サッカー少年団では伊織は直とコンビを組んで、ミッドフィルダーとして活躍し、教室での鬱憤を晴らした。


 中学では直は当然サッカー部、と思い込んでいた伊織は信じられないことを聞いた。サッカーを辞めるといいうのだ。

「なんでだよ」

 怒りに似た感情で、強い調子になった。直はなんでもなさそうに、

「才能ないし、もういいかなって」

 二の句が継げなかった。

 伊織から見れば、直は自分よりはるかにテクニックがあり、地元Jリ-グのジュニアにだって入れそうだ。自分は到底無理だから、直がそっちに行ってしまったらどうしようと心配したくらいだ。

 直が選んだのはテニス部だった。

 テニスやりたいなんて今まで聞いたことがないのに。しかし直の意思は固く、引き留めることはできなかった。


 たまたま雄太郎がテニス部の部長で、伊織はそれとなく、直はどう? と訊いてみた。

「よくやってるよ。はじめてだって言ってたけど筋がいい、サッカーもうまかったんだろ」

「うん」

「まじめに練習するし、いいのが入ってくれた」

 練習といっても一年生はボール拾いや雑用だろう。しかし直は腐ることなく、雄太郎からも一目置かれていた。


 中学一年は、伊織にとって最も辛い時期だったかもしれない。クラスは離れているし、直はテニスに夢中、登下校も別々でつまらない。

 初夏の県大会。雄太郎はダブルスのパートナーに直を選んだ。雄太郎と組みたい二年生はたくさんいたはずで、異例の抜擢だった。

 ある日の放課後、遅くまで練習した伊織は、帰宅する直を見かけた。薄闇に、何かが光った。直の目元に涙が。

 泣いてる?

 胸がズキンと痛んだ。

 練習が辛いのか。まさか苛め?

 声をかけようとしたが、できなかった。


 その夜、伊織は直の夢を見た。

 直は裸で、隣で眠っていた。伊織は直を抱きしめ、キスしたくなり、でも直が眼を醒ましたらどうしよう、と悩んでいる。

 そこで伊織は眼を醒まし、股間が濡れているのに気づいた。

 粘り気のある液体が手に触れた。

 アレだ。

 夢精という呼び名を伊織はまだ知らなかったが、精通は既に経験していた。

 小学五年の時に何かに刺激され、白濁液がこぼれた。病気かと不安になり、雄太郎に尋ねると、男なら誰でもそうなるんだ、俺も五年の時だったかな、と答えが返ってきて、ほっとした。

 今回は直が裸の夢を見て、あれが出てしまった。ひどく後ろめたくて、伊織はティッシュでパンツの汚れを拭い、洗濯機に放り込んだ。


 この経験は、しばらく伊織を苦しめた。

 あの夢の意味h何なのか。

 直が好きで、そばにいてほしくて、他の子が親し気にしているとむかむかして。

 友達としての「好き」ではないのか。

 夢の中で直を汚したようで、罪悪感が伊織を悩ませた。女の子が男の子を好きになるように、自分は直が好きなのだ、と気づき、それはいけないことだと思い、胸の底に秘めておこうと決めた。




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