第2話 隣人
川沿いのマンション二階、右の角が直一家の住まいだ。巧の部屋から戻る途中、伊織は冷たい秋風に吹かれながら直の部屋を見上げた。
午後九時、見慣れた青いカーテンが灯りに浮かび上がっている、直は在宅だ。
顔を見たいな。
いつもと同じことを伊織は思った。
わざわざ直の住まいを見に来たわけではない。この角を曲がって二軒目が伊織の自宅なのだ。
小学六年になる春、伊織の父が一戸建てを買い、一家はこの街に越してきた。転校は嫌だったが、一年後は中学だし、学年の変わり目ならば、見慣れぬ教室で、
「転校してきました、園田伊織です」
なんてクラスの注目を浴びる必要もない。伊織は渋々承諾した。二つ上の兄・雄太郎は、全く気にする風もなかった。
街にはJリーグ強豪チームの本拠地があり、サッカーが盛んだ。伊織も当時サッカーに夢中で、引っ越すなり、近所の少年団に加入した。徒歩圏にチームがあるなんて最高だ。
初日に知り合ったのが黒崎直だった。おっとりしたタイプに見えたがボールさばきは抜群で、伊織はやべえ、と思った。全体にレベルが高い少年団のようだ。
帰り道、チームメイトは違う道に逸れていったが、直とは、いつまでたっても同じ方向で、
「伊織くんもこっちか」
直は初日から親し気に話してくれ、伊織は嬉しかった。
「うん。S町三丁目」
「うちもだよ」
「へえ、直くんも。あ、うち、ここ」
伊織が自宅を指さすと、直は目を丸くして、
「うちは、その角のマンションだよ」
めっちゃ近所だね、とにっこりした。
次の練習には、直が迎えに来てくれた。行きも帰りも話が弾んで、前の学校では特に親しい子がいなかった伊織は、直に夢中になった。
新学期が始まる前に友達ができたと知って、両親も祖母も喜んでくれた。六年生になると、ラッキーなことに直と同じクラスだった。
直は一人っ子、両親は共働きだから放課後、一人の部屋に帰ることになる。直は在宅ライターをしていた母と、まだ元気だった祖母に気に入られて、夕食まではウチにいればいいわ、となり、おやつを食べて一緒に宿題をして、恐縮した直の母が訪ねてきて、伊織の母とママ友になり、と、両家はどんどん親密になっていった。
「ただいま」
ある日、伊織と直が居間で宿題をしていると、雄太郎が珍しく早く帰宅した。
「おかえり」
「おかえりなさい」
「ああ、直くん来てたの」
いかにも長男タイプの雄太郎は柔和な笑顔を直に向けた。
「おじゃましてます」
直はぴょこんと頭を下げた。
雄太郎が自室に消えると、直は、
「いいなあ伊織、お兄ちゃんがいて」
「俺がアニキになってやるよ」
一人っ子で寂しいんだと伊織は思わず口走った。
「同じ年じゃん」
直が苦笑する。
「俺の方が年上だよ。おれ五月生まれ。直は」
「十月だけどさ。五か月しか違わない」
兄になるのは却下されたが、伊織は直の親友にはなれたと信じていた。
中学生になったら直とコンビを組んで、サッカーの試合。勝ちまくってやるぞ、と、夢を膨らませていた。
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