恋を終わらせる三つの方法

チェシャ猫亭

第1話 決心

「ナオって誰?」

 服を着終えた伊織いおりに、ベッドに寝そべったままの巧が詰問する。単に尋ねた、とは言えない強い調子で、怒りさえこもって聞こえた。

 なんでその名を、と、ぎくっとする。

 記憶にはないが行為中に口走った、そういうことか。

 確かに巧を抱きながら、これが直だったら、と今日も思った。そうだ、いつもいつも思っている、巧の前の相手の時も、その前も。

 俺が抱きたいのは直だけだ、直が欲しい、直だけが。

 その思いが強すぎて、無意識に口に出てしまったのか。

 答えずにいると、巧が暗い声で、

「モト彼?」

「うん、まあ」

 伊織はやっと巧に目を向け、あいまいに答えた。

 直は、彼氏ではないし。彼氏なんていたことは一度もない。

「モト」と訊くからには巧は、自分が今の彼氏だと思っているのか。

 冗談じゃない、と伊織は思った。

 おまえなんか、ただの。

 もちろん、そんなことを口にはできないが。

「彼のこと、まだ好きなんだ」

 巧の追及は、意外にしつこい。

 相変わらずベッドから動こうとしない。やつのベッドなんだから、どうでもいいことだが。

「そうかもな」

 直は彼氏ではない、まだ好き、という言い方も的外れだ。

 正確に言うならば、小学六年の時から二十二歳の今まで十年以上、ずっと好きだった同級生、それだけだ。告白した瞬間にすべてが終わるから、何も言い出せないまま、ここまで来てしまった。


 直を失いたくない。

 特別な関係になれなくても、親友だと思ってくれるのなら、それでいい。

 巧とは終わりにするか、と伊織は思った。

 体の相性はいいが、それ以上を望まれても困るのだ。

「じゃな」

 巧の部屋を出る。

 これっきり会えなくても構わない相手だ、と改めて感じた。

 引き留めておきたい相手だとしたら、悪い、うっかり口に出したけど、単なる昔の相手だから。とっくに忘れたよ、ほんとだよ、ごめん。

 とかなんとかごまかすことはできたのだ。

 しかし、伊織はそうしなかった。


 直。

 さらさらの髪、子リスのような前歯、それは子供の頃から変わっていない、毛深いのが屋並みの自分とはずいぶん違う、まだ少年ぽさを遺す二十二歳。お互いに来年は大学を卒業、就職先も決まっている。伊織は都内の企業だけれど、直は札幌が本社の会社に内定、伊織は愕然となった。

 そんなの聞いてないぞ、青天の霹靂だ、というわけで直は、来春には北海道に行ってしまう。

 直に彼女がいたことはないが、彼氏がいる形跡も皆無だ、単に目覚めが遅いのか、恋愛に興味がないのか。

 遠くに行ってしまう前に伊織は直告白するつもりだ、近頃、そう決心した。

 直の気持ちが知りたい、確かめたい。おそらく失恋するだろうが、それでもいい、と伊織は覚悟を決めている。

 このもやもやを晴らすためにも、はっきりカタをつけるつもりだ、これ以上は耐えられない。十年はあまりに長くつらい年月だった。


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