声と蛍2
『双葉へ
これは念の為に書いておきます。最近、調子が悪い日が増えてるし、この病気が良くないと伝えられた時のように嫌な予感がする。だから念の為に双葉のいない間にこうして手紙を書くことにした。手書きで文字を書くなんて大人になってからはあまりないけど、双葉への最後の手紙だし手書きで書こうと思う。願う事なら自分でこれを捨てる日がこればいいんだけど、多分無理かも。
さて、知っての通り俺はあまり話をまとめたりするのが得意な方じゃないので言いたいことを簡潔に書いていきたいと思います。
まずこれを読んでる時、多分、双葉はボロボロに泣いてると思う。もしくは時間が経ってまだ立ち直れないで酷く落ち込んでいるかもしれない。逆の立場だったら俺もそうなってると思う。でもどうにかいつものよく笑う双葉に戻って欲しい。そう簡単じゃない事は分かるけど、やっぱり俺の事で双葉が悲嘆に暮れるのは想像するだけで辛いから。俺はもう隣で手を繋いで一緒に歩くことは出来ないけど、でも双葉は一緒に立ち止まらずに手を離して歩き続けて欲しい。振り返るなとは言わないけど振り返る時は楽しそうに笑ってて欲しい。
次に俺はもう一緒に結婚生活を送ることが出来ない訳だけど、双葉をいつまでも縛る存在にはなりたくない。その指輪はそういう意味で渡したんじゃないからこれを読み終えたたら捨てるなり売るなりケースに仕舞っておくなり、とりあえず外して欲しい。それからこれまで何度も言ってきたけど双葉はとても、とても素敵な女性です。夫や恋人という立場を抜いても。だからこれからきっと良い人が見つかると思う。俺の事を忘れろとは言わないけど、これからは単なる想い出の中の人として、双葉の人生の脇役として心の隅に仕舞っておいて欲しいです。双葉は俺抜きでちゃんと幸せになって。絶対に。
そして最後にひとつ。双葉が人生を全うしてこっちに来た時にはどんな人生だったのかを是非聞かせて欲しい。ちょっとぐらい嫉妬するかもしれないけど新しい旦那さんも紹介してくれない? まずは双葉を幸せにしてくれた事のお礼を言いたいから。でもたまには二人でデートでもしたいかな。もちろんその人がいいって言ったらだけど……。
とにかく俺が願うのはたった一つだけ。双葉が俺と過ごした日々と同じように楽しそうに笑えること。そんな日々を過ごせること。それだけ。
小さい頃から今まで長いようで短かったけど、沢山の想い出をありがとう。これからの最高を味わえないのは残念だけどこれまでだけでも十分過ぎる程にいい人生だった。これも全部、双葉のおかげだよ。
これで最後になるけど俺は最後の瞬間まで双葉を愛してるから。じゃあまた』
振り始めた雨のように手紙へ零れ落ちる泪。止めることすら諦める程に段々とその量を増し頬を流れては滴る。私は下の方にまだある続きを読もうとしたがその所為で視界はぼやけよく見えない。でも読みたい気持ちは強くて雑に目を拭い無理矢理にでも晴らした。
『追伸
本当は、いつまでも双葉の傍で見守ってる。なんて言いたいけど他の人が双葉の隣を歩けるように、双葉が俺を意識しないように。俺は離れようと思う。だから最後にお別れをしよう。俺らが恋人になって夫婦になったあの想い出の場所で。でもいつでもいいよなんて言ったら双葉は中々来ないかもしれないから期限を決める事にする。この手紙を読んだ次の夏。もし今が夏なら明日にでも、いや今すぐにでも向かうこと。俺はそこで双葉を待ってるから。もし来てくれなかったら俺は一人で行っちゃうから。口頭での最後の別れが出来たかは分からないけど、もし出来て無かったらこれが最後のチャンスだと思って。
それとどうせ指輪をしたままにすると思うからそこでお別れしたらちゃんと外して。これは俺との最後の約束だから。じゃあ待ってる』
想い出の場所。その文字を読んだ瞬間、私の頭にはあの場所が思い浮かんでいた。流石に日付の感覚がないとしても今がその夏だと言う事は分かる。一応スマホでカレンダーを確認してみると今日は八月で丁度、私たちがあの場所を訪れた頃だった。
でも体は動き出さない。正直、別れると分っていて行きたいとは思わなかった。それにすぐに行かなくともバレないだろうとも。
だけど手に持った手紙から視線を感じる。まるで太一が何か言いたげに見ているように。
「……ヤダよ。お別れなんて」
私は涙声で手紙を見ながら一人呟く。鼻を啜り泣く声だけが響く部屋で私は須臾の間、太一の顔を見るようにただ手紙を見つめていた。手書き文字から感じる太一の存在。それは少しだけだったけど今の私にはそれだけでも十分だった。まるでジャンキーのように太一を求めてしまってる私には。でもその手紙を見れば見る程、太一が私に語り掛けてるような気がする。約束だからって。私は別に神様も死後の世界も信じてる訳じゃない。だけど何故かこうして手紙を読んでるのにそれを知らんぷりしている事が太一にバレてるような気がした。太一がじっと見ているような気が。
だから本当はあまり気乗りしないけど、そんな気持ちに背中を押されるように私は立ち上がり準備をすると家を出た。
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