寄り添う蛍3
そしてそんな気持ちのまま何かと想い出の多い夏が今年もやってきた。太一に告白された高校二年の夏から何度目か分からない夏。でもこんな風に迎える夏は始めてだ。
七海にも訊かれたが今年の夏、私と太一は大きな休みを合わせ一緒に帰省していた。二人共お互いの親と恋人同士と言うのを抜いても親しい訳だけからちゃんとそれぞれの親にも挨拶をして。帰った時のお決まりのように二家族が集まり食事をして。結婚はいつなのかなんて言われて。それはいつも通りの帰省だった。私以外は……。
だけどやっぱり実家に帰れば、仕事に追われる事もなくご飯も母が作ってくれて(手伝ったりもするけど)普段より楽でゆったりとした日々を過ごせる。
そんな帰省を満喫していたある日の夜。
「行ってきまーす」
それは普段より少しばかり涼しい夏の夜だった。私と太一は久しぶりに地元の夏祭りへ向かった。あの時とは違い二人して浴衣を着て、手も繋いで神社へと足を進める。
「相変わらず賑わってるな」
「そうだね。懐かしい」
下から見上げる石段はお面の子どもや食べ物や飲み物を持った人たちがあの頃を再現するように行き交っていた。そして私たちもその久しぶりの石段を上り始める。
その途中、私は横の太一を見た。それから繋いだ手を。今の私たちは、まだ告白されるって分からないままここを上がっていたあの時の私が見たカップルみたいだ。ついそんな事を考えてしまったけど私は、その事が嬉しくなって一人顔を俯かせ堪え切れない笑みを浮かべていた。
「なにニヤついてんの?」
すると横から太一の笑いの交じった一言が聞こえ、私は悪い事がバレたように勢いよく上げた顔を向けた。
「ちょっと顔赤いけど大丈夫か?」
太一の手が私の頬に触れた。
「――うん。大丈夫」
「ならいいけど、体調悪かった言えよ?」
「うん。ありがとう」
それから私たちはあの頃みたいに色々な屋台を回って食べ物を食べたり、あの頃とは違い少しお酒を呑んだりして久しぶりの祭りを満喫した。まるであの頃に戻ったようで、ここ最近心に抱えていた不安を忘れられるぐらいそれは充実していて掛け替えのない時間だった。
そして祭りを楽しんだ後はラムネを片手に打ち上げ花火。夜空に咲く花火は相変わらず綺麗で、でも何度も見てるはずなのに新鮮な気持ちで楽しむことが出来た。
浴衣に沢山の屋台に打ち上げ花火。久しぶりに地元の夏祭りを十分満喫した私たちは、それからあの懐かしの場所へと向かった。子どもの頃に何度か訪れた場所で、高校二年の頃に彼に告白されたあの場所。
そんな想い出の場所へ訪れるのは社会人になってから初めて。でもそんな私たちをその場所はいつものように迎えてくれた。
「懐かしいね」
「うん。何にも変わってない」
木漏れ日のように差込む月明りもこれ以上の侵入を阻むように生い茂った夏草も、それに囲まれ流れる小川も。全部が相変わらずで、あの日から時間が進んでないようにも感じる。
そしてそれは彼らも同じだった。夜を泳ぐ緑色の淡い光。相変わらず飛び回っている子や夏草にじっと止まってる子と色々。そんな蛍たちは打ち上げ花火のように派手なものではないけど線香花火のように美しく幻想的で、これまでと同じ様にこの美景を生み出していた。
だけど何もかも変わらないこの場所で唯一、異質的に変わってしまった私たち。それはどこかタイムスリップでもしてきたような気持ちにさせた。――確かあの時もそう思ったっけ。何も変わらないからこそより顕著に自分の変化が分かってしまう。ここはそんな不思議な場所でもあるのかも。
「ここで告白したの覚えてる?」
するとこの場所の静けさを掻き分けるように太一がそんな事を言った。忘れるはずもない。というより思い出していたぐらいだ。
「高二の夏でしょ。当たり前じゃん。今日と同じで祭り行って花火見てからここに来たよね」
「今日みたいに浴衣着てな。まぁその時は双葉だけだったけど。でも今でもあの緊張を思い出せるし――まるで昨日みたい」
「じゃあ一日で随分と老けちゃったね。私たち」
ふふっ、と零すように笑う太一。
「そこは大人になったって言った方がいいでしょ。それに老けたっていう程の歳でもないし。だってまだ二十五だよ?」
「そーだね。あーあ、でも私もついに大人になっちゃったかぁ」
私はそう言いながら手を離し太一の方へ体を向けると両腕を広げて浴衣姿を見せた。
「どう?」
「相変わらず可愛いし綺麗」
「そーじゃなくて。大人っぽくなった?」
「んー……」
唸るような声を出しながら首を傾げ太一は一歩近づいた。そして両手が腰に回る。
「それはちょっと分かんないかも。一緒に居過ぎかな? でも昔から変わらず双葉は素敵だし――双葉のことは大好きだよ」
「えぇー。分かんないの?」
わざとらしく不機嫌そうに言ってはみたが抑えきれなかった分が口元を緩ませた。
「ごめんって。ほら、それより今はこの懐かしくて綺麗な景色を楽しもう」
太一は少し笑いながら私を蛍景色へ向かせた。
「話逸らされてる気もするけど、まぁいいや」
私は彼の肩に寄りかかり腰に回ったままの片手が抱き締めるように少し強く体を引き寄せた。
太一にとっては高校生の頃の告白が一番想い出深い日だったようだけど、この景色を眺めながら私は初めてこの場所に来た日を思い出していた。まだ幼く何も知らず気付いていない、密かに心に咲いていた一輪のかすみ草。
それからまたお互いが何も話し出さないまま時間が過ぎていった。
その最中、私は昔と今を比べるように顔を隣へ。あの日より近い距離にあるあの日より成長した太一の顔は、ここへ来たどの日とも変わらない表情を浮かべていた。それにやっぱり花火よりもこの蛍景色よりもこの横顔に見惚れてしまう。それは私が心の底から大宮太一という人を愛してるという証なんだろう。
だけど今の太一はどうなんだろうか。本当に私だけを愛してくれてるんだろうか。折角、考えないようにしていたのに――それが出来ていたのに、脳裏にはあの不安が姿を現した。藻掻けば藻掻くほど絡みつく蜘蛛の巣の如く考えれば考える程、私を締め付ける不安。それはまるで消さない限り逃げる事は出来ないと言ってるようだった。
私の最愛の人、大宮太一は本当に浮気なんてしてるのか。もしそうだったとしたら、私かその人かを選ばないといけなくなったら彼は本当に私を選んでくれるんだろうか。そんな事を最近は思ってしまう。だってあの日あの場所で見た太一の隣を歩く女性は私なんかよりも美人だったから。今までずっと一緒だったなんて自信を揺らがせる程には美人だったから――嫌でも鬼胎を抱いてしまう。
さっきまでの花火のような気分から一変。私は一人、気が付けば顔を俯かせていた。
「双葉」
するとそんな私を他所に蛍火のように優しい声が名前を呼び、ゆっくり顔を上げた。内心を悟られないように表情を浮かべた私のと交換するように交わる彼の視線。
「実は言いたいことがあるんだけど」
「え? 何?」
急に真剣味を帯びどこか言い辛そうにも感じる声。いつもと違う雰囲気に私は自分の中で黯いモノが広がるのを感じた。
「俺らって家が隣で両親の仲が良いこともあって昔から遊んだりしてたじゃん」
「うん。物心ついた頃には既に太一と一緒だったし」
「それで小中高も大学は違うけど住んでるアパートは同じで隣同士だったわけで。恋人としては高校二年の時に俺が告白してそれからずっと一緒で、もう八年?」
「そうだね」
「ほんとに長い間、一番近くで寄り添ってきた。だけど……」
不安を更に煽るように脈打つ心臓。太一がこの後に何を言おうとしてるのか分からないからこそ怖い。もしかしたら一緒になったこの場所で想い出の詰まったこの場所で告げられてしまうのかもしれない。もう二度とこの場所に来たくないと思わせるような事を。やっぱり私にとってはそうでも、彼にとってはそうじゃなかったのかも。不意に告白されたあの日から今日までこの胸に抱いていたはずの明るい未来への期待はいつの間にか希望じゃなく鬼の子へと変わってしまっていた。
今すぐにでも逃げ出して無かった事にしたい。そんな心境のまま言葉の続きを待っていた私だったけどそれは中々姿を見せず、太一は口を開かなった。
「だけど、何?」
もしかしたらそんなに長い沈黙じゃなかったかもしれないけど、胸に抱え込むにはあまりにも兇暴なそれの所為で我慢が出来なくなり、急かすようにそう訊いてしまった。
そんなの問いかけを聞くと太一は静かに深呼吸をひとつ。私は彼の口から出てくるその呼吸にでさえ全ての意識を向けていた。
そして私の腰から手が離れると彼は一歩後ろに下がった。その開いた距離はまるで私と彼との心の距離のようにも感じ、恐怖と不安の入り混じった感情は更に深くそして強く心を蝕んだ。
重々しくゆっくりと開く太一の口。
「俺は少し長すぎた気がする。だからもういいかなって」
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