寄り添う蛍2
そして我に返るようにハッとした私はスマホを取り出し彼にラインを送ってみる。
『今何してる?』
『仕事』
『家?』
『うん』
『今から行っていい? 邪魔しなから』
『今から? もう少し後ならいいよ。今はちょっと集中したいから』
『分かった。頑張ってね』
私はスマホを仕舞いながら頭の中が酷く混乱していた。今の状況もどうすればいいのかも何も分からない。そんな状態のままとにかく一度家に帰った。
翌日、私は会う約束をしていた七海と雫と八重(三人共、地元を離れてるけど私とは結構近い場所で働いてるからよく会ってる)と食事をしていた。そしてその食事が半ばあたりに差し掛かったところで昨日見た事を三人に話し相談した。
「あぁー。それは浮気だ。どんまい。終わったね」
「いや、七海あんた酷すぎでしょ」
「そうだよ。双葉ちゃん悩んでるのに」
「ちょっと待って。冗談だって。でもほら、考えても見てよ。高二だよ? 高二! そんな太古の昔から付き合ってる二人だよ? 大丈夫でしょ。むしろなんでまだ結婚してないのか不思議でしょうがないんだけど」
「まぁ、そう言われたらそうだけどね」
「アタシたちなんてこの間に一体何人の男と付き合ってきましたかって話じゃん。ほら八重、何人?」
「え? 私?」
「そんな事より今は双葉でしょ」
雫の言葉に一人だけ話について行ってなかった私へみんなの視線が戻ってきた。
「普通に聞いてみたら? 見たんだけどって」
「浮気してる? って訊いても結局はしてないって返ってくるだろうしね」
「そうだけど。でもラインで家に居るか聞いたら嘘ついてたから。それでちょっと訊くの怖いっていうか」
もしかしたら本当に浮気してるかもしれない。もしかしたらずっと続いていたこの関係が終わりを迎えるかもしれない。ずっと続いたからこそ、そう考えるだけで訊くのが余計に怖い。
「だけどずっとこのままっていう訳にもいかないと思うよ」
「そうそう。八重の言う通りね」
「それに最初と同じだよ。最初に太一君も双葉ちゃんもお互い好きだったのに、どっちも気持ちを言わなかったから何も変わらなかったでしょ。好きなのにってずっとモヤモヤしたまま。今は何も変わって欲しくないかもしれないけど、このままだったらあの時より嫌なモヤモヤを抱えたままになると私は思うな」
「さすが! 八重が言うと違うね。アンタと樹もずっとそうだったし。見てるこっちまでモヤモヤしてたよ」
「あの時はお世話掛けました」
テーブルが笑いに包まれる中、私は昔を思い出していた。好きだって気が付いてからの事を。好きなのにずっと傍に居るのに触れらえなくて、好きって言えなくて、一緒にいるはずなのに遠くに居る気がしてた。違和感みたいなものをずっと抱えてた。それは今のこれとは違うけどあんな感じてずっと抱えたままこれからを過ごすのは正直イヤ。というよりあの頃と違って仕事とか色々ある今は辛すぎるかもしれない。
でもそれと同じぐらい太一と終わるのもイヤだ。彼は私の人生の中で最愛の人。これだけ長い間一緒だって事だけじゃなくてもっと説明できない部分で――心でそれを感じてる。だからもし失ってしまったらこれから先、私は心にぽっかりと深淵のような深く暗い穴を開けたまま生きていくことになるかもしれない。そうなったら私は一体どうしたらいいのか分からない。だってそう考えるだけでもう既に溜息が零れるんだから。
「大丈夫だって」
するとそんな私の手を七海の手が包み込んだ。
「太一の事、信じてるんでしょ?」
「うん。でも……」
「今回は自信ない?」
「分からない」
「だけど太一君って今まで浮気なんて一回もしなかったんだよね。だったら今回も大丈夫なんじゃないかな?」
「それにどんな結果でもあたしはずっとあんたの味方よ、双葉。あいつの代わりにはなれないと思うけどあんたが立ち直るまで傍にいてあげるから」
そう言って雫は優しく微笑んだ。
「あー、雫ズルっ! 双葉、アタシもずっと一緒に居てあげるよ。ていうかもう一緒に住んであげる」
「七海ちゃん彼氏と同棲してるんじゃないの?」
「じゃー三人で」
「双葉が気まずいだけでしょ。それ」
「とにかく!」
七海は一旦全てを無かった事にするようにそう言った。
「ちゃんと訊かないといけないとは思うけど、もし不安だったらまずは様子を見てもいいんじゃない? でもあんまりズルズル引き延ばすのは無し」
「もしかしたら何か理由があるのかもしれないし。それかほんの気の迷いってだけですぐに関係を絶つかもしれないしね」
「でもそれって浮気してるってことだよね? もしそうなったら双葉ちゃんどうするの?」
もしあの女の人が本当に浮気相手で、でも太一はすぐにその関係を終わらせたら。その時、私は彼を許してまた今まで通りの関係に戻れるのか。今まで通り彼を好きでいられるのか。
「もし浮気って分かって、でも私からは何も言えなかったとして。もしその関係を終わらせた後に太一が正直に謝ってきたら確実に許せると思う。――でももし、何も言わずに無かった事にしたら……」
それでも一緒に居たいと思うとは思うけど、今後、私は彼を疑ってしまうかもしれない。ちょっとした事とかが気になってしまうかも。そうなったらきっと疲れるし辛いと思う。一緒に居たいのに、一緒に居るのが辛くて。
「どうだろう。分かんない」
「まぁまぁ。まだ何も分からない訳だし。今は暗い想像は止め止め。とりあえず双葉は何か分かったり訊きたい事があったらいつでも言うんだよ。大丈夫、アンタにはアタシたちがついてるんだから」
私は七海から八重へそして雫へ。一人一人の顔を順に見ていった。
「ありがとう」
みんなは私のお礼に心強く優しい笑みを浮かべた。
「――あっ、そうだ。みんなはさ、そろそろ夏だけど帰る?」
「まだ決めてないかな」
「私も双葉ちゃんは?」
……
* * * * *
それは私の悪い癖というか悪い部分なんだろう。結局、私は太一に対して多少なりとも疑義の念を抱き続ける生活をしてしまっていた。ラインやデート、泊まりに行ったり来たり。直接のやり取りは今までの太一と何ら変わらない。だけど以前よりも頻繁にスマホで誰かとやり取りをしてるし、私からの誘いを断る事も少し増えていた。
「ねぇ、さっきからそんなに誰とラインしてるの?」
「んー。友達」
少し素っ気なく答えながら太一はスマホを弄っていた。
すると私はそんな彼の右手に見慣れないモノがある事に気が付いた。薬指に模様の無いシンプルな指輪が塡まっている事に。それを目にした瞬間、内側で鳥肌が立つような嫌な感覚を感じ、同時にすぐにでも追い出したいような事が脳裏に浮かんできた。
だがそんな感情は抑えつつ極々自然な声で尋ねた。
「そんな指輪してたっけ? ていうか指輪なんて今までしたことなかったよね?」
「あぁ。これ? 貰った」
「誰から?」
「友達」
「誕生日でもないのに?」
「誕生日じゃなくても何か貰ったりとかあるでしょ? たまにだけど。そのたまにがこれ」
これ以上訊くことも無くなってしまった私はそのまま黙ってしまった。でもあんまり納得はしてない。それが表情にでも出てたのか太一はスマホを傍に置くと(画面を裏にして)私の手を引いて自分のところへ引いた。そして体を前向きになるように誘導し、私が彼の前に座るとそのまま後ろから抱き締めた。
「欲しい?」
「要らない。それに貰った物でしょ?」
「別に誕生日とかで貰った訳じゃないし、何ならその人が要らなくなったから貰った訳で。別にいいよ」
「要らない」
すると太一はその指輪を外すと私の左手を取った。
「まぁでもあげるにしてもちょっと大きいかもな」
そう言うと私の左手に――人差し指から順にその指輪を塡め始める。私はそれをただ眺めていた。人差し指も中指も当然ながら小指も親指も。結局、全部の指にとってその指輪は少し大きく抵抗なく抜けてしまった。
「やっぱ大きいね。――そういえば双葉って指輪持ってたよね?」
「幾つかはね」
「でも最近は着けてるとこ見た事ないかも」
「別にただしてないだけ」
「じゃー、一個頂戴」
「何で?」
「別にただ。――それにほら、会えない時とかに代わりに双葉を傍に感じられるかもしれないし。ダメ?」
「でも小さくて着けられないでしょ?」
「じゃあネックレスにする」
もしかしたらその相手と会ってる時にこれのお陰で私を思い出して自分のしてる事に気が付くかも。そしたらちゃんと反省してちゃんと謝ってくれるかも。
まだはっきりと浮気をしていると決まった訳じゃないが私はそんな事を考えていた。それにもしそんな事をしていなくても別にあげる事自体は構わない訳だし。
「毎日着ける?」
「それならいいの?」
「うん」
「じゃあ着ける」
「じゃああげる」
「ありがと」
だけどそれからも私の不安は白雲に交じり蒼穹を不穏に漂い続けた。
* * * * *
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