第二章:寄り添う蛍

寄り添う蛍1

 私と太一はそれから残りの高校生活を隣に住む幼馴染ではなく付き合っている恋人として色々な想い出を作りながら過ごした。それと背中を押してくれた七海と他のみんなにも報告したら莉玖と樹だけが驚いてたけど、その少し後に八重と樹の報告には全員が驚きと言うかやっとかとどこか安堵の溜息を零していた。

 そして高校卒業後。私と太一は遠距離になったとしても自分が行きたい進路に進もうと約束してたのだが……。


「双葉、おはよー」

「おはよ」

「これからもまたよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。ってまさかまたお隣同士のままになれるなんてね」


 太一の美大(彼は結局、写真より絵をやりたいとその道を選んだ)と私の大学(私は特にこれと言ってやりたい事があった訳じゃない)がたまたま近くにあり、私たちは同じアパートに住むことにした。そしてこれもまたたまたま隣同士が空いてたからそこに決めた。さすがに高校の時ほど時間は無かったが(それぞれの講義とか課題とかバイトとかで)互いに合鍵を渡し合っていつでも好きな時に出入りしていた。だから時間が合う時は(それが少しでも)どちらかがどちらかの家に居ることがほとんど。同じベッドで朝を迎えることも珍しくなくまるで自分の家が二つ(と言っても構造は同じなんだけど)になったような半同棲生活のような大学生活だった。

 でも違う大学で違う道を歩み続ける私と太一。毎日が幸せで楽しかったけど、もちろん喧嘩だってした。バイトと大学とで忙しくて疲れてる時とかは特に感情的になってしまう。


「おい、双葉。昨日、家の前で男見たんだけど?」

「昨日? あぁ。ゼミの飲み会があって家まで送ってくれたの」

「家の前まで? 男が? ほんとか?」

「本当だって。何? 私が浮気してるって言いたいの?」

「そうは言ってないけど」

「言ってるじゃん! ていうか。最近、太一だって全然会ってくれないでしょ? こんなに近くに居るのに。いっつも忙しいってそればっか」

「ほんとに忙しいんだからしょうがないだろ」

「へぇー。こんな風に人を疑って乗り込んでくる暇はあるのに? そっちこそほんとはどっかで女と遊んでんじゃないの?」

「はぁ? そんな訳ないだろ。まだ課題も終わってなくて時間も無いのに心配だから来たんだよ!」

「あーそーですか。信用が無くてどうもすみませんでした!」


 でもそういうのは決まって、お互い言いたいだけ言い合ってどちらかが出て行って少し離れれば自然と終わる。落ち着いて冷静になれば言い合いを思い出して反省する。そしてまずはどっちかがラインで会いに行っていいかを訊いて家に行って。ちゃんとお互いの説明を聞いて話し合う。


「あのさ。さっきはごめん」

「ううん。私も最近ちょっと忙しかったからつい。って言い訳だよね。ごめん」

「言い訳なんかじゃなよ。疲れてるんだからしょうがないって。なのに俺の方こそあんな態度で」

「気にしなくていいよ。じゃあそれはお互い様って事で」

「そうだな」

「それと飲み会の後に送ってもらったって言うのは本当だから。その人は飲めない人だから送ってくれて。家の前まで来てたのは返す物があってそれを渡すって言ったらわざわざ家の前まで来てくれたから。でも中には入れてない。本当に。それに私以外にも送ってもらった人いたし」

「信じるよ。昨日帰ってきた時にたまたま双葉の家の前から歩き出すその人を見ちゃって。だから……」

「やっぱり私が車まで持っていけばよかったね。その所為で無駄な心配させちゃった」

「ううん。俺も先にラインかなんかで聞けばよかった。あぁ、それと最近会えなかったり返信が遅かったりしてるのはほんとに課題が忙し過ぎるってだけだから。中々良いのが出来なくて。浮気なんてしてない。ほんとに」

「いいよ、分かってる。私もつい対抗するみたいに言っちゃっただけだから。まぁ寂しかったって言うのもあるけど、お互いちゃんと自分の道に集中しよって約束したもんね」

「それにうちの大学にも綺麗だったり可愛い人はいるけど全員、双葉ほどじゃないし。俺の中では昔からずっと双葉が一番だから。雫や七海や八重には悪いけどあの三人や他の女子、誰よりも双葉が一番」


 結局、二人共ちゃんと分かってるんだ。お互い相手が裏切るような真似はしないって。でもそれでもやっぱり不安になったりつい感情的になったりしてしまう時がある。だからそういう時はちゃんと冷静な状態で話し合いをやり直して、聞いて、許してあげる。何よりこんなくだらない喧嘩で関係を終わりにして離れたくないって気持ちが強いのかもしれない。それ程までに私たちは互いを好きでい続けてる。

 だからこそお互いに辛い時はちゃんと傍に居て支え合い。お互いを頼る事が出来る。私が日々の忙しさに圧し潰されそうになった時、太一はすぐに来てくれた。


「大丈夫か? 双葉」

「はぁー。勉強もしないといけないのに課題も沢山あって、バイトも忙しくて……もう無理。それに今日バイトでミス沢山しちゃって怒られるし。テストも近いし。もうヤダよ」

「でもやらなきゃ乗り切れないし。それに双葉なら出来るって。――でも今日だけは一緒にいよう。何もかも忘れて気分転換してさ」

「でもそっちも課題あるんでしょ? 期限近いって言ってたじゃん」

「そうだけど。明日から頑張ろう。二人共」

「明日やろうはバカ野郎らしいよ」

「いいじゃん。たまにはバカにならないとやってっけないし。それにこんな可愛い彼女との時間を削って課題やら何やらをしてる訳だしたまにはいいでしょ」

「じゃー家であの映画見よ」

「いいよ。その前に何か買ってこようか」


 そして逆に太一が辛い時は私が彼を支えてあげる。太一はよく課題に頭を悩ませていた。何も思い浮かばず全く描けない時があって時折、意気消沈としてしまう事がある。そんな時は私が傍に居てあげる。彼を抱き締めて大丈夫だって言ってあげる。


「もう駄目だ。何にも描けないし描ける気がしない。はぁー。もうやっぱ俺には無理だったんだよ。もう辞めよっかな」

「そんな事ないよ。太一ならきっと大丈夫。だって昔から見てきた私が言うんだよ。間違いない」

「もし俺がこのまま辞めたらどうする?」

「大学を?」

「そう。諦めたらどうする? 失望する? そのまま別れたりとか」

「する訳ないじゃん。止めはすると思うけど、それでも失望なんてしない。だって私はその夢を持つ前から太一の事が好きなんだし。でもその代わりちゃんと家事出来るようになってもらわないと。美味しい料理とか」

「もしかして養ってくれる?」

「もちろん。でもちゃんと家の事はしてよ?」

「なんか双葉ってダメな男に引っ掛かりそうだな」

「それって太一の事? なら当たってるかも」

「俺はダメじゃないだろ。まだ」

「ならもう少し頑張ってみて。それに私がダメ男に引っ掛からないようにちゃんと彼氏で居続けてね」

「分かったよ。それに俺は料理作るより美味しい双葉の料理食べたいし。頑張って描くよ」

「それじゃあちゃんと提出出来たら夕飯作ってあげる」

「まじ? 俄然やる気出て来たわ」


 よく人生は一本の道だって表現されるけど、私の道の隣にはあの頃からずっともう一本道が伸びていた。決して離れる事の無い道が寄り添うように真っすぐと。

 それから大学も卒業した私はそれなりに良い企業に就職して、太一はイラスト関係の企業で働きながら絵を描いてはコンクールに応募していた。流石に隣同士とはいかなかったけど、それでも日常的に会える距離に住んでいた私たちは休日や仕事終わりなど時間を合わせてはデートや食事に出かけた。

 恋人同士になってから――いや、彼と出会ってから続く幸せな日々。ずっと長い事続くのに未だに告白された時のように好きという感情を確かに胸の中に感じる。だからこそ中々会えない日が続くとピースが欠けたように物足りなく寂しい。しかも最近は太一が忙しかったり予定があったりで全然会えなかったもんだから私は少し落ち込んだような気分になっていた。

 そんなある日。私は休みだったが太一は仕事で会う事が出来なくて、午後から一人街をぶらっとしていた。何かを買いたいって訳じゃなかったけど色んなお店に寄ってアクセサリーや服やら色々と見て回った。

 すると道路を挟んだ向こうに思わぬ人を見つけた。太一だ。


「うそっ……」


 しかも隣には女の人の姿が。それは同性の私から見ても美人だと思える女性だった(あの雫にだって負けてない気がする)。

 ――同僚かも。まるで女性の姿と同時に浮かんできた嫌な考えを追い出すようにそんな事を考えたけど、服装はそんな感じじゃない。それに仕事でどこかに行くなんて太一はほとんどない。気付けば私は、そのやけに楽しそうに笑いながら歩く二人を唖然としながら目で追っていた。

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