その一声で繋がる想い8

「先、いいよ」

「いや、太一からどうぞ」


 日本人特有の譲り合い精神とでも言うのだろうか。私たちは互いに譲り合った。


「じゃあ――」


 でも譲り返された太一は言葉を一度切り一拍程度の間を空けてから、顔を蛍景色の方へ向け再び口を開いた。私は彼の話を聞きながら改めて気合を入れ直そうと思い、心の中で軽く予行練習なんかをしてた。


「俺……。――双葉の事が好きなんだよね」

「――えっ? 何?」


 私が頭の中で告白の練習なんてしてた所為だろう。太一の言ったことを聞き違えてしまったようだ。だから彼には申し訳ないけど訊き直しもう一度言って貰った。


「だから友達としてじゃなくて恋人的な意味で。俺は双葉の事が好き」


 だがそれはもう一度聞いても同じ言葉だった。聞き間違いなんかじゃなくて確かにそう言っていた。突然の事に私は頭が追い付かず唖然としたまま固まりただ太一を見つめ続ける。

 そんな私の方を向いた太一は言葉を続けた。


「ずっと言いたかったけど、伝えたらもう今まで通り一緒にはいられなくなるかもって思って。だからそれよりは黙ったままで今までみたいに傍に居て笑い合ったりしてたいなって……。それでずっと言わなかったんだけど」

「――じゃあ、何で?」

「今日双葉と二人で祭り来て、花火見て思ったんだよ。やっぱり俺はどうしようもなく双葉の事が好きなんだなって。それにここに来ても思ったんだよね。俺って昔から双葉の事が好きなんだって。昔から今までずっと。だから多分これからもずっと好きなんだと思う。そう思ったら今のうちにちゃんと想いを伝えないと後悔しそうだなって思った。最悪、引きずり続けるかも」


 太一の話を聞きながら私は自分もそうなのかもしれないって思った。私も初めてこの場所へ来てこの光景を目の前にしたその時から――ずっと昔から太一の事が好きだったのかもしれない。ううん。もしかしたら出会ったその瞬間から心のどこかでは惹かれていたのかも。


「だから――これからの関係とかそう言うのは気にしないで今の、双葉の正直な気持ちで答えて欲しい」


 言葉の後、太一は静かに深呼吸をした。


「好きです。俺と付き合ってください」


 頭を下げ同時に差し出された手。まさかこうなるとは思っても無かった。本当は私が思い伝えてその返事を待つ側だったはず。なのに今は一足先に結果を知ってしまってる。一足先に幸せに胸を膨らませ、喜色満面に溢れている。

 私はこの気持ちを早く緊張に纏わりつかれた太一にも味わってもらいたい。早くこの溢れんばかりの好きを共有し合いたい。そう思いながらその手を取った。


「私も、ずっと好きでした」


 何だか気恥ずかしくも溢れ出す喜びを抑えた声でそう答えた。

 私の返事に吃驚と歓喜の入り混じった表情をした太一の頭が上がる。そして理解するのに数秒かかったのか少し間を置いて彼は「よしっ!」とガッツポーズをすると私を抱き締めた。同時に耳元で聞こえた安堵の溜息。


「はぁー。良かったぁ。もし断られて卒業まで変な感じだったらどうしようかと思ってた」

「実は――私も告白しようと思ってたんだ」


 その言葉に太一の体が離れた。だけどその両手は依然と私の肩に触れたまま。


「え? ほんとに?」

「うん。七海に言われて太一を夏祭りに誘ったんだけど」

「七海が誘えって言ったの? いつ?」

「夏休み入る前に。でもずっと誘えなくて。そしたらあのお返しの話があったから。それに私も最初は告白は無理って思ってたけどここに来たら言わなきゃて思って。――でも太一が先に言ってくれて良かった」

「ならもう少し迷えばよかった。そしたらこんなに緊張しなくて済んだのに」


 笑いながらそう言う太一はすっかりホッとした様子だった。


「でも、ずっとって言ってたけど――もしかして」

「うん。私も怖かったんだよね。この関係が壊れるのが」

「なんだ。じゃあ俺たちって結局お互いに怖がってただけじゃん」

「そうだね」


 私と太一は蓋を開けてみれば互いに自信が無くて消極的になってただっただけという事に思わず笑いを零す。そして少しの間、この静かな場所にまるで風に揺られた草木のざわめきのように笑い声が広がった。


「でもほんとに良かった。双葉も同じ気持ちで」

「うん」


 蛍のように静かにでも希望の光で輝いたその返事が夜に溶けると、私たちは吸い込まれるように互いの目を見つめ合った。言葉などいらない。そう言うみたいに黙ったままじっと。

 そしてゆっくりだが着実に近づき始め……。瞼を閉じた後、唇へ感じた柔らかで胸をときめかせる感触。

 それはほんの一瞬の出来事で顔が離れ沈黙の中、目が合った私たちは同時に気恥ずかしさから笑いを零した。

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