その一声で繋がる想い7

 それから時間も忘れ話に花を咲かせていると、小さく円を描くような高い音が聞こえ次の瞬間、私たちの横顔が月光よりも明るく照らされた。それに反応し顔を横へ向けたけどその時には既に夜空に咲いた花は散り始めていた。


「おっ、始まったな」

「そうだね」


 そうやって言葉を交わしている間も次の花火が打ち上げられていたけど、今度はちゃんと花開く瞬間を瞳に映せた。まるでとびっきりの笑顔のように夜空へ咲く花火。でもその代償と言わんばかりにほんの一瞬で儚く散り暗い夜空へ溶けていった。

 だけど花火というのは不思議でそれすら美しく見える。咲いた瞬間だけじゃなくてその余韻すらも美しい。


「うわぁ。めっちゃ綺麗」


 花火の音に被りながらもハッキリと聞こえた太一の感動交じりの声。それはまるで私の心を代弁したかのような言葉だった。

 何度も見ているはずなのにその都度新鮮な気持ちで目も心も奪われてしまうこの光景。今年も例外じゃなく夜空を見上げ、その一瞬に全てを注ぐような花火の美しさを眺めていた。

 だけどその途中私は夜空から逸らした顔を横へ。そんな私の行動に合わせるかのように夜空では花火が咲く。視線の先でほんの少しの間だけ明るく照らされた太一の表情は、咲いた花火のようで煌々としてて、どこか子どもの頃の太一を見ているようだった。あの日、手を握り隣で蛍を眺めていた時の太一。

 そんな横顔を見た瞬間、やっぱり胸は締め付けられ、次の花火の音に紛れながら強く鼓動し始める心臓。私は少しの間、花火を見ることすら忘れその顔を見つめてしまっていた。

 でもハッと我に返ると見つからぬうちにそっと夜空へと顔を戻す。

 それからどれくらい時間が経っただろう。短い時間だったかもしれないし、そこそこ長かったかもしれない。でも私にとってはあっという間に夜空のパレードは終わり星たちが静かに輝くいつもの空に戻った。


「いやぁー。最高だったなぁ」


 余韻に浸るような声の太一は満足そうだった。


「そうだね。今までで一番良かったかもしれない」

「だよな。なんかこう見る度に前の最高を越えてる気がする。いやぁ花火ってすげぇわ」


 確かに花火はすごいけど、私にとってはそれだじゃない。去年よりも一昨年よりも今年の夏祭りと花火が最高に思えるのはきっと――。


「そうだ。折角だし今からあそこ行かね?」

「ん? あそこって?」


 私のその質問に答えるより先に太一は立ち上がった。


「んじゃ、それはついてのお楽しみってことで」


 言葉と共に差しだされた手。太一がどこの事を言ってるのかさっぱりだったけど私はとりあえずその手を掴み立ち上がった。

 それから太一に連れられて向かった場所は、生い茂る草に挟まれた舗装とはかけ離れた道。仄暗く人けの無いその道の先はどこまで続いているのかさえも見えない。

 でも私にはその先が――少し変わってしまったけど見覚えのあるこの道の先にある景色が、段々と記憶越しに見えてきた。


「ここって昔お父さんに連れてきてもらったとこだよね?」

「そうそう」

「あれ以来初めて来た。懐かしぃ」

「俺も。ずっと覚えてたけど改めて来たのは初めて」


 さっきとは何も変わらないはずなのに今の私には、目の前の道が夢の国にでも続いている道のように見えた。


「――ねぇ、早く行こうよ! すっごい楽しみ」

「ちょっと待てよ」


 そう言うと太一はスマホのライトを付け足元を照らした。光を浴びた少し凸凹とした道はちょっと歩き辛そう。


「よし。行くか」


 そんな道を私たちは並んで時折、横の頭を垂らした草に撫でられながらゆっくりと進んだ。

 そして肝試しのように暗い道をライト一つで進んでいくと、あの日と同じ様に風鈴のように心地好い川のせせらぎが聞こえ始めた。


「うっわぁ。懐かしぃ」


 少し開けた場所に出ると太一は零すように呟き辺りをライトで照らした。

 これ以上の侵入を阻むように生い茂った夏草に囲まれ小さな川の流れるこの場所は相変わらずで、あの日から時間が進んでないようにも感じる。


「ライト消すぞ?」

「うん」


 私の返事の後ライトが消え明るさに慣れた分、視界が一気に暗闇に包まれた。周りに生い茂っているはずの夏草さえも見えない。

 だけどそんな暗闇の中、川の傍では緑色の小さな光が光り輝いていた。それは暗闇を彩る生命の光。飛び回っている子や夏草にじっと止まってる子。その蛍たちはあの頃と同じで心奪われる光景を生み出していた。

 生い茂る夏草も川のせせらぎも蛍の優しい光も、何もかも変わらないこの場所。そんな場所で唯一、異質的に変わってしまった私たち。それはどこかタイムスリップでもしてきたような気持ちにさせた。


「ほんと何にも変わんないな。ここ」

「うん。綺麗だね」


 それからお互い何も話し出さないまま時間が過ぎていった。

 その最中、あの時を――あの日を再現するように私は赤い糸に引かれ顔を横へ。あの日より近い距離にあって成長した太一の顔は、あの日と変わらない表情を浮かべていた。

 でもやっぱりその顔が蛍や花火より輝いて見えるのはどうしてだろう。花火や蛍よりその顔に見惚れてしまうのはどうしてだろう。一緒に居るだけでこんなにも胸が高鳴るのはどうしてだろう。

 こんなにも太一の事が好きになったのは、いつからだろう。

 最初は親同士が仲の良い同い年の近所に住む男の子だったはず。いつも隣に居る男の子からよく一緒に遊ぶ男の子、幼馴染で仲の良い男の子。そしてそんな朝一緒に登校したりする仲のいいグループにいる幼馴染の男の子に気が付けば恋をしてた。今ではもっと一緒に居たいしもっと近くに居たい。そう思える男の子。

 考えれば考える程、膨れ上がっていく感情。そして風船みたいに膨れた感情に押し上げられるように想いは喉まで上がってきたけど、最後の一押しをする勇気が足りずそのまま落ちていってしまった。

 そんな自分に心の中で溜息が零れ、私の視線は太一の手へ落ちた。あの日より随分と大きく逞しくなった手。引かれるように私は自分の手をその手へ近づけていく。だけど触れる直前で我に返り止めるとそっと引っ込めた。

 もうあの頃のように何も考えず無邪気に手を繋ぐことは出来ない。でもあの日のように手を繋ぎこの景色を眺められたら。そう思うと心のどこかで時間が戻ればいいのにと本気で思ってしまった。叶わないと分っていてもせめて止まって欲しいと願ってた。そう願ってしまう程の想い。それはやっぱりこのまま諦めて持ち帰るにはあまりにも大きく膨れ上がってしまっていた。

 そしてその想いは急かすように胸を締め付ける。

 ここで言わないと。何故かそんな使命感にも似た強い気持ちが私の中にはあった。ここで言う事に意味がある。そんな気がして――。


「あのさ(あのさ)」


 色々な想いに引っ張り出されるように口にした言葉はまるで掛け声があったかのように寸分の狂いなく重なり合った。

 そしてまたもや同じタイミングで動き出した顔が向かい合う。

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