その一声で繋がる想い6

 三回のノック音の後、お母さんの声が聞こえると部屋のドアが開いた。


「双葉。太一君。来てるわよ」


 ドアを開きながら話始めていたお母さんは鏡の前で立っていた私を見ると表情を驚かせた。でもそれは私も同じ。というより私は焦りの方が大きかった。


「え? もう? ――お母さん。これどう? 変なとこないよね?」


 まだ見つからない自信を探すように私は自分の浴衣姿に視線を落としながら両腕を広げて見せた。そして結った髪と後ろも確認してもらおうとゆっくりと一回転。


「どう?」


 再び正面を向くとお母さんにそう尋ねた。

 いつの間にかに莞爾として笑うお母さんは、うんうんと頷きながら私の目の前へ。


「大丈夫よ。すっごく綺麗だから」


 言葉の後、頬に触れる手は温かくて優しくて、気が付けば私の胸の奥で自信が光り輝いていた。


「楽しんでらっしゃい」

「――うん。ありがと」


 お母さんの手が頬から離れると私は部屋を出て玄関へ下りていった。玄関ではお姉ちゃんと私服姿の太一が話をしてた。


「ごめん。待たせて」

「いや、別に――」


 私の声に反応して同時に向けられたお姉ちゃんと太一の視線。

 太一は私を見ると言葉を止め口だけが次の言葉の用意をしていた。


「どうかな?」


 恐々としながら私は両腕を広げて見せた。


「――うん。似合ってると思う」


 その言葉で私の中の不安は綺麗さっぱり消えて無くなり、嬉しさと少しの照れくささがその余白を満たし始めた。


「――ありがと」


 小さなお礼の後、抑えられない分の笑みが零れた。そして私も太一も黙った所為で気まずさを連れた沈黙が静かに近寄って来るのを感じた。


「当たり前じゃない。誰の妹だと思ってるのよ。あと誰が着付けしたと思ってんの」


 だけどそれは私の肩を組むお姉ちゃんの声でどこかへ逃げて行った。


「さすがっすね」


 太一の言葉の後、肩から離れたお姉ちゃんは堂々たる立ち姿で腕を組んだ。


「よーし。もっと褒めなさい」

「美香。あんまり足止めしないの」


 階段の下りる音と共に聞こえきたお母さんの声にお姉ちゃんは腕組を解いた。


「はーい」


 その声を聞きながら私は出しておいた下駄を履こうと上がり框へ。

 すると何も言わなかったけど太一の手が伸びてきて私の腕を掴み体を支えてくれた。そのさりげない優しさに胸が反応するのを感じながら彼の逞しい腕を掴み返しゆっくりと下駄に足を通した。


「二人共気を付けるのよ」

「ちゃんと楽しんで来いよー」

「分かってます。それじゃあ行ってきますね」

「行ってくるね」


 お母さんとお姉ちゃんに一言ずつそう言うと私たちは玄関を出て近くの神社へと向かった。

 そして段々聞こえ始める夏の心地好い喧騒と微かに漂い始める美味しそうな匂い。私の心はそれに合わせ躍り始めた。そんな心とは相反し足を止め少しだけ長い石段を見上げる。そこには来る者を出迎える大きな鳥居とお面を付けた子どもに金魚の入った袋を持った女性や焼き鳥とビールで両手を埋めた男性など。行き交う人々が夏祭りを身に纏っていた。


「今年も賑わってるなぁ」

「そうだね」


 一言だけ言葉を交わし合うと私たちは同時に一段目に足を踏み出した。


「俺もなんか着て来ればよかったかなぁ」


 石段を登りながら太一がふと呟いた。周りの声に紛れそうになりながらも耳へ届いた言葉に私は太一の顔を一瞥した。


「浴衣とか?」

「そう」


 太一の浴衣姿か……。私はそう言えば見た事ないその姿を気が付けば想像していた。きっと似合うに違いない。


「じゃあ来年は二人で揃って浴衣っていうのは?」


 私はさり気なく来年の約束までしようとしていた。まるで保険でもかけるように。


「来年も俺と来るつもりか? 彼氏でもつくってそいつと行けよ。ここよりもっと大きなとこにさ」


 違う、私は太一と来たい。口は開けど言葉は喉に詰まったまま。想いだけがそうじゃないと胸の中で疼く。

 そして私が一人モヤモヤしている間に、石段は終わりをつげ鳥居の足元に着いた。本殿まで伸びた石畳を挟み並ぶ色んな屋台。家族連れや仲睦まじい男女、男グループや女グループ。色々な人がこのお祭りを楽しんでいた。


「うわぁ。めっちゃいい匂い。――何か食おうぜ」


 子どものような表情を浮かべた太一の言葉に大きく息を吸ってみると喧噪の中に充満するさっきよりも濃いお腹の減る匂い。私のお腹の虫も鳴き出しそうだった。


「そうだね。何食べたい?」

「やっぱり焼きそばでしょ。そっちは?」

「んー。タコ焼きとかアメリカンドッグとかも食べたいかも。あぁでも唐揚げとポテトのやつもいいかも」


 お腹が空いている所為もあると思うけど考え出したらあれもこれも食べたくなってくる。


「食いしん坊かよ」

「いや、誰も全部食べるっていってないじゃん」

「まぁこんな日ぐらいは食いたいもんを食えるだけ食えばいいんじゃね?」


 太一はそう言うと先に歩き出し一歩遅れ私もその後に続く。

 それから二人で色々な屋台を回っては美味しい物を食べて回ったり(結局匂いに釣られ色々な食べ物を食べてしまった。明日からダイエットしないと)、ゲームして遊んだりと祭りを満喫した。


「――あっ、そう言えばまだラムネ飲んでなかった。やっぱり夏祭りと言えばラムネって感じしない?」

「確かに、俺も何気に毎回飲んでるかも」

「でしょ。これ食べ終わったら買い行こっ」

「じゃあ俺が買ってくるから双葉はここでそれ食って待ってていいよ」

「えっ? いいの?」

「それぐらい全然」

「じゃあ。よろしくお願いいたします」

「はいよ」


 それから丁度、私が残りを食べ終えた頃にラムネを二本持った太一が戻ってきた。


「ありがと」

「それじゃあ、花火そろそろだし移動しとくか」

「うん。そうだね」


 もうそんな時間か。迫りくる終わりを感じながら私は冷たいラムネを片手に太一と花火を見る場所へ移動した。

 緑に彩られた緩やかな坂とその先で休日の朝のようにゆったりと流れる名前も知らない川。右手に架かった橋では少ない交通量の他に浴衣を着た人もちらほら。

 ここはメインの場所じゃないけど(穴場とでもいうのか、でも花火はしっかり見える)それでも人影はそれなりにあった。

 私たちはそんな緩やかな坂に並んで腰を下ろした。


「もう少し時間あるな」

「――はぁ、もう花火かぁ」

「確かにあっという間だったけど、でも楽しみだよな。普通のだったらいつでも見れるけど打ち上げはこういう時にしか見れないわけだし」

「そうだね。夏って言ったら打ち上げ花火って感じするし。でもなんか花火見てたら夏を感じるだけじゃなくてちょっと終わるような気もしない?」

「まぁ、夏の一大イベントだしな。あと大切な夏休みの終わりも感じるかも」

「確かに。はぁー。また学校かぁ」


 私が一人嘆いている隣で太一はラムネを一気に飲み干した。


「――そういえば、他の奴ら抜きで双葉とこうやって花火見んのも祭りに来んのも久しぶりだよな」


 太一は懐古するような笑みを浮かべていた。それに釣られ私も昔の事を思い出した。


「もしかして子どもの頃以来? 去年は七海と八重と雫に樹と莉玖も一緒だったし」

「多分そうかも」


 中学の時も何だかんだ友達も一緒か行かなかった年もあった。だからこうやって来るのはほんとに久しぶり。

 でも私はちゃんと知ってる。二人だけで来たのはこれが初めてだって。


「でも懐かしいね。うちのお父さんに連れられてお姉ちゃんと三人で来てたっけ」

「うわぁー。美香さんにお面を取られて玩具の剣でボコられたの覚えてるわー」


 溜息をつく太一には悪いけど、お姉ちゃんに手も足も出ない太一を思い出して少し笑ってしまった。


「それにひと口って言われて渡した焼きそばが二度と返ってこなかったりね」

「あったわぁ。あの頃の美香さんはマジで女王だったからな。今でも逆らえないけど。――あっ、でもあの時さ。双葉が食べてたポテトと唐揚げのやつ分けてくれたんだよな」

「えっ? そんな事あったっけ?」


 そうは言ったけど正直に言うとしっかり覚えていた。あの時の嬉しそうな太一の表情も分け合ったポテトの味も。全部。


「あった。あった。俺その時、双葉が美香さんの妹って思えなかったからな。美香さんと違って優しかったし」


 それからもお姉ちゃんが異常に金魚掬いが上手いとか、なのに私たちは吃驚するぐらい下手だとか。どれだけ話しても話題は尽きるどころか芋づる式にどんどん次が掘り起こされていった。

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