その一声で繋がる想い5

 何か話すこともなく動くことも無くただじっとし続ける。動けないというのも中々にキツイけど私にとってはそれよりもすることが無く暇だという事が一番キツかった。

 だから少しでも暇を潰そうと色々な事を考えてると、気が付けば昔のことや太一の事を考えてた。私の家の隣に住んでて昔から家族ぐるみで付き合いがあった同い年の男の子。自然と遊ぶようになって自然と仲良くなっていった。

 そして自然と……。


「前向いて」


 いつの間にか太一を横目で見ていた私は静かな声で注意された。


「ごめん」


 顔を戻し窓外へ視線は向けていたものの視界では見えないものを私は見ていた。ぼーっとするように記憶のアルバムを見ていた。一ページ一ページ捲っていくがそのほとんどが太一との想い出。


「うわっ。めっちゃいいじゃん、その顔」


 その独り言のように小さな声は聞こえていたけど網目をすり抜けるみたいに左から右へ流れていった。気が付けばそれぐらいぼーっとしてた。昔から兄弟みたいに一緒に居て何度も笑顔で私の名前を呼んでくれる。私はその声がその笑顔が好きで、そして……。


「おい。双葉って」


 それは突然の事だった。いつの間にか隣に立ってた太一に私は肩をぽんと叩かれた。同時に掛けられた声。まるで時間が一気に飛んだように私はハッと我に返った。


「え? なに?」


 とりあえずで出した少し腑抜けた声で返事をしながらもまだ現状に頭は置いてけぼり。


「だから今日はもう終わりだって」

「あぁ。もう描けたの?」

「ホント聞こえてなかったんだな。まだだけどもういい時間だし。あと……」


 太一は手に持っていたスマホに視線を落としすと何度か操作してから画面を私の方へ差し出すように向けた。


「家でも続きしたいから写真撮ったけどいいよな?」


 そこには言葉通りソファの上でポーズを取る私の姿があった。客観的に自分のその姿を見るのは違和感と言うか気恥ずかしくむずむずとした感覚に襲われ落ち着かない。しかもその表情が何を考えている時のか分かるし。

 だから私は思わず目を逸らした。


「別にいいけど、終わったらちゃんと消してね。あと誰にも見せないでよ?」

「りょーかい」


 視界の端でスマホを戻した太一はポケットに仕舞うと歩き出し、あの写真が目の前から消えた私はとソファから足を下ろし靴を履いた。

 そして丁度、両方とも履き終えたぐらいで戻ってきた太一から休憩の時に飲んでいたお茶が差し出された。


「ご苦労さん。あと手伝ってくれてありがとな」

「これぐらい別にいいけど」


 私はお茶を受け取るとそのまま蓋をけ一口。その間に太一は片付けを始めていた。

 それから二人で学校を出るのにあまり時間はかからず私たちは並んで帰路に就いた。


「今度なんかお礼でもするわ。何かある?」

「んー。そうだなぁ」


 何かご飯でも奢ってもらおうか。そんなことを考えていると不意に七海との話が頭を過った。まだ達成出来てないアレ。既に私の心の中ではそれを口にするかどうかの葛藤が起きていた。

『じゃないとずっとこのままだよ?』

 まるで自分で自分に言うように七海のその言葉を思い出すと私は横目で太一を見た。そしてそのまま視線を下げ踏み出す足に合わせ揺れる手へ。あの頃と同じように、でもあの頃とは違ってその手を握れたら。

 そんな事を思うと意思より先に足が止まった。遅れて数歩先で立ち止まった太一が振り返る。


「どうした?」


 私は静かに息を吸うと少し駆け足で太一の隣まで行くと、息と共に取り込んだ勇気でその言葉を押し上げた。


「それじゃあ一緒に今度の祭り行こうよ」

「神社で毎年やってるやつ?」

「そう。もしかしてもう約束してた?」

「いや。まだだけど。二人で?」

「八重と樹は二人で行かせてあげたいじゃん。七海は彼氏と行くらしいし、雫と莉玖は予定あるみたいだし」


 雫と莉玖の事は知らないけど七海が何とかしてくれるんだろう。きっと。


「ダメ?」

「いや、別に双葉が良いならいいけど」


 私はその瞬間、不安や緊張や何やらでモヤモヤと落ち着かなかった心が一気に晴れ渡るのを感じた。ただ夏祭りに行こうと誘って、いいよって言われただけなのに一世一代の勝負事に勝利したみたいな気分だった。

 でも今すぐにでも踊り出したいぐらい高ぶるその気持ちを何とか満面の笑みを浮かべる程度に抑え込み、とりあえず私は返事を口にした。


「じゃあ決まりね!」


 それから家までの道のり、私の心では一足先にお祭りが始まっていた。


『夏祭りに太一を誘っちゃった』


 家に帰り夕食もお風呂も済ませた私はベッドに寝ころび未だ喜色を浮かべたままの顔で(もしかしたら人には見せられないニヤけ面になってたかも)七海にラインを送った。少して返事がきたことをスマホが知らせる。


『マジ! おめでと~! もしこのまま誘えず終いだったらアイコン鶏に変えさせるとこだったよ』

『もし誘えなくてもそれはやらない』

『とにかく良かったじゃん! あとは準備だね。浴衣はある?』

『ない。去年みんなとは私服で行ったし』

『じゃあ買いに行かないと。一緒行く?』

『行く』

『じゃあカワイイ浴衣に巾着と下駄と髪飾りも買って』

『七海はあるの?』

『今年は着るからあるよ。――あっ、そうだ。着る時はちゃんとこう胸寄せてさ。アピールしないと』

『いや何言ってんの? そんな事しないって』

『まぁアンタには必要ないか』

『どういう意味?』

『何でも。とにかく買い物に行ける日また後でラインするから』


 私は最後の返事を返しスマホを傍に置くと、改めて帰り道のやりとりを思い出した。まだ少し信じられなくて、でも現実で。

 いつの間にか私は夏祭りに行った時の事を想像してしまってた。二人で屋台の並ぶ石畳を歩いて何か食べたり遊んだり、それから花火を見て、それから……


「告白しちゃって? そのまま……。あぁー!」


 そんな想像に一人枕に顔を埋め悶える私。でも早々に現実に戻ると本当に太一を目の前にこの想いを口に出来るのかと問いかける。


「いやぁー。無理かなぁ」


 だけどそれだとただ昔みたいに幼馴染としてお祭りに行っただけ。結局、何も変わらない。私は一人溜息を零した。

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