その一声で繋がる想い4
「おーい。双葉ー」
聞き慣れた声と共に揺れる体。いや、揺らされてるのか。
私はぼやけた頭でそんな事を考えながらゆっくりと瞳に光を浴びせていく。新たな環境に違和感を覚えるように最初はピントが合わず世界がぼやけてたけど、徐々に私の知ってる世界が姿を見せ始めた。
そこにはネクタイの緩んだ制服姿の太一がいて私の顔を覗き込んでいた。
「疲れてんの?」
「いや、そういう訳じゃないけど。寝ちゃってた」
太一は相槌を打ちながら取り残されたように唯一閉まったままの美術室のカーテンへ手を伸ばした。その間に私はソファの上で寝てしまったてた体を起こす。そう言えばこのソファは美術の先生が持ってきたらしいけど良い物なのか革の肌触りとこの柔らかさは持って帰りたいぐらい最高。正直、自分の事ながらつい寝ちゃうのも納得しちゃう。
そんな事を考えながら体を起こすとカーテンの流れる音が聞こえ差込んだ儚い夕陽がスポットライトのように当てられた。優しく包み込む温もりのような温かさが顔に触れる。まるでそれが合図かのように欠伸が零れ、その後に大きな伸びをした。
「遅くなって悪い」
「別に予定も無いからいいけど」
「そんじゃ、時間も無いしちゃっちゃと始めるか」
太一はそう言うとネクタイを外しシャツを脱いだ。Tシャツ姿になると彼は視線を私の方へ。
「とりあえず、脱いでもらって……」
「えっ! 変態!」
顎に手を当てながら私をじぃっと見下ろす太一に対して私は自分を抱き締めるように腕を交差させ少し大きな声を出した。
「は? いいから脱げよ。靴を!」
「はいはい」
冗談もその反応も楽しめた私はちゃんと言われた通り靴を脱ぎソファの上に足を乗せた。
「そーだな。横向いて左足は伸ばして、右足は曲げてみて」
「――こう?」
「そうそう。――あっ、それいいわ」
ただ楽という理由だけで曲げた膝の上に右腕を乗せ手を口元へ、左腕は伸ばした足に乗せただけだけど太一にとってはこれが良かったらしい。
「それで眩しいかもしれないけど夕日を正面から受けてもらって……そうそう!」
「髪は結ぶ?」
「いや、そのままでいいかな。長い髪がなびく感じで描きたいから。とあえずその状態でよろしく」
「はーい」
私に指示をし終えた太一は急ぎ足で用意されたキャンバスの前へ。そして服を傍に置くと椅子に座り鉛筆を手に取った。
実は太一が久々にちゃんとした絵を描きたいらしくそのモデルを頼まれ登校日である今日、私はこうして美術室にいるってわけだ。
「前向いて。窓外見る感じで」
真剣身を帯びた声にさっき指示された通り顔を窓外に向ける。
「もう少し上向いて――そう。表情は何か考えるみたいな――あぁ、そんな感じ。疲れたらいつでも言ってくれていいから」
その言葉を最後に私はその状態を保ち続け、太一は鉛筆を走らせた。
それからしばらくの間、二人共黙り撫でるような鉛筆の音だけが響き渡った。何もせずじっと同じポーズをとるのは思ったより辛くてどれぐらい時間がったのかは分からないけど、私は鉛筆の音を遮り太一の方を向く。
「ごめん。ちょっと休んでいい?」
「ん? いいよ」
快く返事をした太一は鉛筆を置いて立ち上がり、私は足を下ろし座り直した。
「ほい」
体も頭も背もたれに預け脱力していると太一の声が聞こえ、顔だけを上げるとお茶が差し出されていた。わざわざ買っといてくれたんだろうか。
「ありがと」
それを受け取ると太一は隣に腰を下ろした。横からソファを通じて伝わる振動。少し遅れてペットボトルを開け始めると示し合わせたかのように隣で太一も蓋へ手を伸ばしていた。そしてそのままズレることなくシンクロしながらお茶を一口。
その後、蓋を閉める音が静かに響くと、それからはただ外から部活生の溌剌とした声が沈黙を埋めるように聞こえていた。
だけど少ししてそんな部活生の声を押し退けるように私は口を開く。
「どう? ちゃんと描けてる?」
その声に太一は他所に向けていた顔を私の方へ。
「――まぁ、それなりには」
「でもさ。ほんとに私でよかったの? もっといるじゃん。雫とか八重とか七海とか。モデルに相応しい人は沢山さ。なのに私?」
モデルを頼まれ快く引き受けはしたが私はずっと思っていた疑問を太一に尋ねた。
「ただでさえ面倒な登校日なのに残って手伝ってって言いずれーじゃん。それに七海以外は部活もあるし。しかもずっと同じ体勢でいる楽とは言いえない事を頼む訳だし」
「私はいいわけ?」
「そう。双葉はいい。付き合い長い幼馴染なわけだから、他の奴に比べて頼みやすいし遠慮はほぼないな。それに嫌だったら全然断るじゃん」
「少しは私にも遠慮しろ」
私は太一の腕へ軽く拳を突き出した。握った手に当たる昔より大きく筋肉の付いた腕。幼い頃を知っているからかそれに少し成長と男らしさを感じる。
「今更要らねーだろ」
「まぁ、されたら逆にキモイかも」
「そーゆうこと。――まぁでも、雫とか八重に七海とかは確かにモデルとして良い感じだけど、双葉も全然悪くないと思うけどな。描いてる感じも良い感じだし、描いてても楽しいし」
気が付けばさっきと同じ様に、でもさっきより強めに太一の腕を殴っていた。
「――キモイ」
でも顔は逸らして。だって恥ずかしかったし何よりもし赤面でもしてたら見られたくないし。だけどその他所を向いた顔は密かに抑えきれない分だけ口角を上げていた。
「いや、褒めてんだけど? あの三人もそうだけど双葉も十分可愛――」
「あぁーもう! 急にそんな事言うのがキモイの。もういいからさっさと続き描いて終わらせて」
私ははにかみそうになった自分を隠す為に少し大袈裟に声を上げた。本当はその言葉を聞きたかったけど、でもやっぱりこれ以上は表情を隠す事は出来なさそうだったから。
「へいへい」
太一は私の手からペットボトルを取ると立ち上がり歩き出した。
一方、私は少し熱くなった顔と緩む口元を隠すのに精一杯。スキップするように弾む心臓と共に広がる気恥ずかしさが顔を俯かせる。
「おーい。早くポーズ取ってくれ」
「あぁ、ごめん」
すっかり自分の事で一杯になりモデルはそっちのけになってた私は、すぐにさっきと同じポーズを取ろうとした。
「なにそんなニヤケてんの?」
「え?」
太一に指摘され自分でもまだ口元が緩んでるのを感じた。その瞬間、面映ゆさが一気に私の中を満たし、思わず隠そうと手を口元へ。
「うっさい。ニヤケてないし。つーかこっち見んな!」
既に手遅れだと分ってたけどどうにか隠そうと意識の手が届かないところで口調は少しばかり強さを増していた。
「いや、それは無理だろ。見ないでどーやって描くんだよ」
「知らないわよ。――はい! これでいいでしょ」
相変わらずの口調のまま何とか表情を戻しさっきと同じポーズを取った。
「まぁ、いいけど。――じゃあまた疲れたら言ってくれていいから」
それから同じように私はただじっとして、太一は鉛筆を走らせた。
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